愛玩動物(ペット)な人生では終わりません! ~ネコによるネコのためのネコ生改善計画~

蟻と猿の糸つむぎ

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5皿目:生きながらえば恥多し

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 こてこてスープはその後速やかに撤去され、不知火はホッとしてまた布団に体をうずめた。

 不知火が口をつけた果物と水差しは、そのまま床の隅に移動しておかれ、いつでも食べられるようにな
っている。

 エサと水の配置の仕方、寝床が寝室でなく床に設置されているところに、不知火は実家で飼っていた犬や猫を思い出す。

 今の俺は、人間ではない。
 この化け物にとっては、ペットか家畜か、そのあたりなのだろう。



 ――ここが地球でないことは、目の前で皿を片付けている化け物の存在からしても、まず間違いないだろう。

 家の外には森が広がっていて、丸腰の人間では到底かなわないような獣達がうろついている。
 家の中から出なければ安全だが、この家にいられるかどうかは家主である化け物の意向次第だ。

 不知火の扱いは、ペットか家畜。
 しかも、怪我をしていたから保護しただけで、怪我が治れば放逐される可能性がある。
 この化け物に家族はいるのか、その家族はペットOKな人達なのか、その辺も分からない。


 ――ガルゥ、グググオオオオウゥゥル

「ん、なに?どっか行くの?」

 あれこれと考えている間に、片づけを終えたらしい化け物が戻ってきて、不知火は毛布ごと片手で抱えあげられた。

 食事が終わったので、てっきりトイレか風呂かだと思ったのだが、違うらしい。
 化け物は左手に持っていた木箱にごわごわした布を入れると、続いて毛布に包まれた不知火もひょいと中に入れて、あっという間に蓋を締めてしまった。


「……って、あれ?これってやばくない!?」


 慌てて木箱の蓋を開けようとするが、ただでさえ重い蓋は、少し開けたところで気づいた化け物に上から押さえつけられてしまった。

 ――ァァゴゴォ、ググルルゥ

「いやいや分かんないけど、とりあえず開けて?監禁なの?誘拐なの?っていうかさっそく捨てられるやつじゃないかこれ!?」

 ――ガォゥウ……グアアォ……グアアォ

「いやいやポンポンとか木箱の上からしたって落ち着かないからね!?……ちょっとどこ行くの!?ダメダメ、持ってっちゃダメーー!!」

 いくら叫んでも暴れても痛くもかゆくもなさそう化け物は、不知火の言葉など無視して家を出てしまった。
 木箱の中は真っ暗というわけではなく、ところどころに指1本入る程度の隙間が空いている。
 その隙間から差し込む光の量が増え、森独特の澄んだ空気が入り込んできた。
 以前迷い込んだ夜の森は恐ろし気な様子だったが、昼間の森は緑豊かで長閑な雰囲気を醸し出していた。

「……でも、俺は騙されないぞ。こんな所に置いていかれたら死ぬ。何かの動物に捕まって、絶対に死ぬんだ」


 なにせ、森の木々からして不知火の知っているものとは比べ物にならない大きさだ。

 ーー不知火は気づいていた。

 以前襲われたあの犬のような何か。あれを犬だと断定できなかったのは、不知火の知っている犬科の動物に比べて、段違いに大きかったせいなのだ。
 ここは、化け物の世界……巨大な物だらけで世界が構成されている、猛者たちの世界なのではないか。

 ここでは普通サイズの物が、不知火にとってはどれも巨大で……いや、この世界の住人からしたら、不知火のほうが小人なのだろう。

 この世界では、子ウサギですら不知火の強敵になり得る……いまの段階では知っている情報が少なすぎるが、そんな気配がひしひしとしていた。


「………………なぁー、化け物さん。化け物さん。……俺をこんな所に置いていっちゃ、ダメだよ~?せっかく世話したのに、死んじゃうからねー?俺、森にいたけど、野生動物じゃないんだからねぇ?俺、泣いちゃうよぉ?……ねぇねぇ、化け物さぁ~~~~~ん!」


 蓋ごしに見えない化け物に精一杯の猫なで声で訴えてみる。

 語尾を伸ばして舌足らずに、弱弱しい声で訴えるのがポイントだ。言葉が伝わらないのがもどかしいが、こういう時、可哀想な声を出されると飼い主はペットが可哀想でたまらなくなる事を不知火は経験上知っていた。

 ――どうだ可愛いだろう?可愛いと思え、思うんだ。そして俺を捨てられなくなるんだ!


 25歳の成人男性がかわい子ぶるなんてキモイとかいうのはこの際なしだ。
 可愛いと思ってもらえなきゃ死ぬ。化け物から見たら、人間は小さくて可愛い生き物なのだと仮定して、種族として可愛い生き物枠に入っているのなら、成人男性のカワイイだって通じるはずなのだ。

「なぁ~~~~化け物さーん。森の中なんて怖いんだよぉ~はやく帰ろうよぅ~~ねぇねぇ~」

 実家の猫を真似して蓋をガリガリしていたら、爪が痛かったので諦めてゴンゴンと叩く。
 すると化け物がようやく気付いてくれたようで、薄っすらと蓋を開けてこちらをのぞき込んできた。

 ――……ガァル。グルオオオオオオオ……グアァォン

「いや、撫でて欲しい訳じゃないんだけど……やっぱり帰りはしないのな?意思は固いの?家族に内緒で連れて帰ってきて、怒られでもしたの?」

 手が差し込まれたのでとりあえずじゃれついてやりつつ、緩まない歩調に不知火はため息をついた。

 おぼろげな記憶の中だが、化け物の家に他の誰かが住んでいた気配はなかったと思う。
 だが、仮に家族がいて反対しているとかではなくても、あの家が賃貸であるとか、そもそもペットを飼う意思がないだとか、自分をずっとは置いておけない事情があるのかもしれない……。


 ポンポン、と宥めるように腹の上を動く指を恨めしく思いながら、不知火は木箱の隙間から化け物の進む道順を出来るだけ覚えようと慎重に観察した。



 ーーどのぐらい歩いただろうか。

 森が開け、化け物の家と同じような建物がいくつもある場所に到着した。


 ……色んな場所から、轟音と地響きが発生している。
 鍬と籠を担いで通り過ぎようとした化け物がこちらに向かって「ボガアアァァア!」と咆えたせいで、不知火は飛び上がって驚き、木箱の蓋に勢いよく頭をぶつけた。

 ――ルグググオォ、ガオォォオォ

 ――グァ?グルグゴオオオォ!ァオガァアルグァァ!

 何か言い合っているが、もちろん不知火には理解できない。
 ただ、不知火を助けた化け物の声が比較的低く落ち着いた地割れのような地響きであるのに対し、相手の化け物の声は大地が爆撃を受けているかのような激しい感じの地響きである。

 人間の声がそれぞれ違うように、化け物の声にもそれぞれ特徴があるということだろう。


 途中、何人かの化け物に声をかけられたが、そのたび、不知火は動きを止めてじっと毛布の中に包まっていた。
 他の化け物たちに見つかりでもしたら大変だ。
 「何それ?食べていい?」なんてヒョイ、パクッとされてしまうかもしれない。
 万が一逃げることができても、一体どこに逃げられるというのだろう。前門の化け物、後門の森。どちらにしても美味しく頂かれてしまう。


 ――グオ。ルォオゥ……ォオゴゴゴグゥルゥ


 化け物は、一軒の大きな建物の前で止まった。

 宥めるように不知火の木箱を軽く撫でてから、ドアノッカーをゴウンゴウンと大きく鳴らす。しばらくすると、化け物よりも一回り背の小さな化け物が中から現れ、化け物と木箱を交互に見たあとに何事かを叫んで奥へとひっこんだ。

 不知火は急な叫び声をあげた小さな化け物に驚いて箱の中で転げていたが、化け物が小さな化け物について中へ入ったので、慌てて体制を立てなおしてそっと外の様子をうかがった。


 ーーそこは、薄暗く静かな廊下だった。建物全体が石か何かで出来ているらしく、ひんやりとした空気が感じられる。小さな化け物は奥の扉を開けて誰かに声をかけると、こちらを振り返ってグァゴゴゴゴ!と咆えた。

 ――グルォアアグゥ、ゴルググウゥゥオ

 ――グオオガルゥ、ガオゥウルグァ


 中にはまた化け物がいて、こちらは体全体の毛が白髪交じりなので、老体なのだろう。通りすがりの化け物や、案内をしてきた小さな化け物よりは、小さく落ち着いた声なので安心感がある。
 地響きに安心感も何もないのだが、ここへ来てから震動と轟音との連続で、不知火の神経も麻痺しかけているようだ。


 不知火の入った木箱が真ん中のテーブルに置かれ、化け物たちの視線が集中する。
 そんな緊張状態では決して開けて欲しくなかった蓋が、無情にも化け物の手によってすんなりと開けられてしまった。


 ――ァグ、ガオォゥガォォオォオガァ!

「え?ぎゃあああああッ!」

 最初に動いたのは、ここまで案内をしてくれた小さな化け物だった。
 素早い動作で掴み上げられた不知火は、なす術もなく毛布をめくられて化け物たちの面前にさらされる。小さな化け物の口が目の前でパカッと大きく開けられたため、不知火は思わず絶叫した。


 手足を無我夢中で動かすと、小さな化け物は少しよろめいたようだったが、握力は強く、抜け出せない。
 そのうちに白髪の化け物も不知火の体を抑えにかかり、不知火はいよいよ恐慌状態に陥った。

 体中ががくがくと震えだし、あっ、と思った時には遅く、下半身から黄色い水が噴き出す。
 空中に4本の腕で押さえつけられたままだったせいで、大きく弧を描いた液体は木箱にも床にもテーブルにも大きな飛沫を上げて降り注いだ。

 ビシャビシャと音を立てて放たれる尿はやけに長く続き、不知火を押さえつけている小さな化け物も白髪の化け物も、少し離れて立っていたいつもの化け物も、ただ無言でそれを眺めていた。

「あーーっ……はぁッ、はぁ、はあ、はあ…………ッ」

 ようやく放尿が止まった時、木箱の置かれたテーブルはぐっしょりと濡れそぼり、石の床には染み込み切れない黄色い水たまりが出来ていた。

 小さな化け物の履いていた布巻にも黄色い染みができ、白髪の化け物の毛皮には、尿の飛沫が丸い粒になってくっついている。

 まだ心臓はばくばくいっているが、空中に押さえつけられたままでの放尿という思わぬ事態にびっくりしすぎて、不知火の恐慌状態は放心状態へと変わっていた。


「…………あああ、あー……あの、すみません…………」

 訳が分からなくなり、ひとまず小さく謝った不知火に対し、声を上げたのはいつもの化け物である。
 グオオォ、とひと声上げたあとにそっと不知火を己の腕の中に取り戻し、それを見た小さな化け物がさっきよりは大分落ち着いた声でグルウル……と鳴いて棚にあった布を化け物に手渡した。

 拭いてやれ、と言ったのだろうと不知火にも分かったので、不知火は化け物の毛皮が尿で濡れるのも構わずガッシリとしがみついていた腕をかすかに緩めた。


 ――ガアォァ。ゴグォオグゥアアゴオゥ

 ――ァアオ、ゴアルオォゴゴゴオォゥルガァ

 ――ガァウ?ガアアォオ、ウウゥアウグゥ!

 その後も化け物たちは何やら話し合っていたが、不知火は何をどう言われても決して化け物の腕を離すことはなく、白髪の化け物が顔を寄せてきた時には出来る限りの力で飛び蹴りをお見舞いして拒絶を示したのだった。
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