愛玩動物(ペット)な人生では終わりません! ~ネコによるネコのためのネコ生改善計画~

蟻と猿の糸つむぎ

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6皿目:知らずば人に問え

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 スープを嘔吐した生き物に慌てたボガードだったが、教会に駆け込み、老神父の話を聞いてやっと落ち着きを取り戻した。

 知らない人族に抱かれて怖かったのだろう。
 ロザリーの腕の中で生き物は盛大に小便を漏らし、その後しばらくボガードにしがみついて離れなかった。
 しかしロザリーがいそいそと食べ物を持ってくると、生き物は顔を覗かせ、ボガードの腕を握る手はそのままに、もう片方の手で器用に果物を摘まんだり引っ搔いたりし始めた。


「ああ~~、かわいいわねぇぇえ」

「やっぱり肉にゃ食いつかんなぁ。猫は肉食じゃけど、この子は草食か雑食か……マング以外は何をやったんじゃ?」

「オーニンやニギ類はダメな動物が多いと書いてあったから、それ以外の野菜とイノシシの肉を煮込んで薄いスープにした。あとは、生のカブラとケール、トマム、バナン」

「そんなら、あとぁ魚と……ロザリー、小麦のパンをミルクに浸けて持ってきとくれや。味はつけんでええから」

「はいよ。すぐもってきちゃるでのぉ」

 老神父によると、歯の形からいって生き物は雑食動物ではないかとのことだった。

 柔らかく煮たスープを吐いたことから、肉も嫌いなのかもしれないが、そもそも胃が弱っていて食事をうけつけなかった可能性が高い。

 人族であれば、弱っている時こそ胃袋に何か入れなければと考えるものだが、ひ弱な生き物にはままあることらしい。

 とはいえ、食事がなければこの先の療養にも差しさわりが出てくるだろうからと、老神父がロザリーに頼んで小さく切った様々な食材を並べ、様子を見てくれている。


 生肉は気に入らなかったようで、早々にテーブルから蹴り落とされてしまった。
 野菜や果物類は興味を持っているようだが、今のところ口にする気配はない。

 バナンの皮を破ろうとしているのを見て手を貸してやっていると、ロザリーが戻ってきて生き物のそばにそっと皿を置いた。
 軽く火を通しただけの魚と、ミルクに浸けられたパンだ。


「おちびちゃん。ミルクはどうかね?温かくてうまいぞぉ」


 ロザリーは皿を置いてしばらく笑顔で生き物を見つめていたが、生き物が警戒してボガードの懐に戻ろうとしたため、慌てて後ろへと下がっていった。


 ――ゥウ?……ナァァ……!

 生き物は、新たに置かれた2つの皿を覗くと、ひと声鳴いて腕の毛を離した。
 両手でミルクの入った皿を持とうとするが、少し重たいようで、手こずっている。

「ミルクが好きか?……かしてみろ」

 老神父にティースプーンを借りてミルクを掬ってやると、生き物はスプーン1杯のミルクを一口で飲み干した。底に残ったパンの欠片まで手で摘まんで食べている。

 ロザリーが両手を胸の前で握って満面の笑みを浮かべ、老神父もにっこりとほほ笑む。

 もっと食べられるかと差し出した2杯目のミルクは、半分ほど残してしまったが、ミルクとパンは生き物の好みに合ったらしく、皿をしっかりと掴んでナァァと機嫌良さげに鳴いている。
 さらに隣に置かれた魚の皿にも手を伸ばし、一切れを摘まむと、こちらは舐めただけだったが、パンの皿と一緒に腕に抱え込んでナァァァともう一度鳴いた。

「ほほほっ。気に入ったんじゃね。おちびちゃん、魚も食べたいんか?わしのもんじゃって言うとるわよぉ。かんわいいわぁ~~!」

 押し殺しきれなかったロザリーの笑いにビクッと体を震わせた生き物が、魚とパンを抱えたまま及び腰になった。

 エサをもらっただけではまだ心は許せないのだろう。
 ボガードはそんな生き物に微笑ましさを覚えながら、ミルクは煮沸してあげるようにとのロザリーの助言に素直にうなずいて礼を言った。


 その後、ボガードは老神父とロザリーから生き物の飼い方についてのレクチャーを更に受け、町に行かなければ買えない物資があると気づいて少し迷った。

 生き物は、怪我の回復も進んでおり、まだ走り回るほどではないが、何かあれば暴れたり隠れたりできる程度の元気が戻っている。

 町に行くとなると急いでも半日はかかる。
 この状態の生き物を長時間1匹で留守番させていて大丈夫だろうか。


 老神父に相談すると、木箱の中を元通りに整えて中に入れて置けば良いと言ってくれた。
 ボガードがいないと不安にはなるだろうが、木箱の中で誰にも邪魔されずにいられるなら、そのうち緊張も解けるだろう。
 1匹で家に置いて何か起こるよりは、よほど安全である。


 ボガードは出来るだけ急いで出発し、日が落ちる前にどうにか教会へと戻ってきた。

 何種類かパンを買い、臭みが少ない分少し高級な牛のミルクも調達している。
 荷物が多くなってしまったので、帰りは借りた荷車に物資と生き物の入った木箱を乗せて帰った。

 最初は慣れない震動に鳴き声を上げていた生き物だったが、しばらくすると慣れたのか、蓋を少し押し上げて周りをきょろきょろと見回している。

 ボガードのいなかった数時間。
 生き物は木箱の中で誰にも邪魔されずにいられるはずだったが、ロザリーが耐え切れずに度々様子を見に行って「ちびちゃん、ちびちゃん」と声をかけていたらしい。

 ミルクを与えすぎて下痢してしまった、と老神父とロザリーの2人から謝られ、ついでに、ちびちゃんと呼ぶと振り向くようになったのだと、喜びを隠しきれない表情で報告を受けたのだった。

 生き物の名前をまだ決めていなかったボガードは、特にこだわりもなかったので、そのまま生き物を「チビ」と呼ぶことにした。

 ボガードが「チビ」と呼ぶと、チビはパッと振り返って不思議そうに首を傾げ、その後ナァウと鳴いて体を摺り寄せてきた。

 ボガードの声に、チビが初めて反応した瞬間である。ボガードは、生き物が目覚めた時に感じたのと同じような高揚感を覚えたのだった。



 夕日が沈み切る前に家に着き、ボガードが荷車を振り返ると、チビは顔を覗かせるのをやめて毛布の中に包まって眠っていた。

 病み上がりの上に初めての環境。
 パニックにもなったし下痢もしたしで、大分疲れたのだろう。

 小さなイビキまでかいてすっかり寝入っている様子に、ボガードは起こすのが可哀想になって、木箱からは移さずにそのまま居間に置いて、一晩寝かせてやることにした。

 購入してきた小さなクッションを頭の下に入れてやると、吸い付くようにしがみ付いて気持ちよさそうに寝返りをうつ。
 木の箱では体が痛くなるかもしれないので、洗い替え用に買ってあったクッションももう一つ入れてやった。


 購入した物資を手早く片付け、ボガードも自分の身支度を整える。

 昨日解体したイノシシの干し肉があるのを思い出し、購入した生魚をしまうついでにと、貯蔵庫に行って乾燥状態を確認する。
 小さく切った干し肉をひっくり返していると空腹を思い出して、少し遅い夕食をとることにした。


 昨日作ったスープが、まだ残っている。
 チビがいつ起きても良いように、ボガードもチビも食べられるようにと作ったスープだった。

 結局、肉はよくないらしいと分かったので、明日は野菜と魚を柔らかく煮こんで食べさせてやろうと、計画を練りながら残り物を食べる。



 ――これまでは、森と家とを行き来するだけの平凡な毎日だった。


 ボガードが猟師という道を選んだのは、単に村の中でも胆力があり、狩りが好きだったからだ。

 他の若者のように、町に出て華やかな人生を送りたいという希望も特にない。


 村の中心にほど近い実家は、気安く賑やかで飽きないが、兄夫婦が跡を継いでからは自然と村はずれに住みたいと思った。
 気が向けば山まで出ていって狩りをし、たまに現れる魔獣を倒し、村と森の境界を守るにはここが一番便利である。


 コミュニケーションが嫌いという訳ではないが、口下手で強面に見られやすい。

 用事がある時にたまに町や村に出向く程度なら、わざわざ誰かに気を使って話をする必要もなかった。

 兄達のように嫁を貰ったほうがいいかとは思ったこともあるが、わざわざ好かれようと努力するのは、無駄で面倒なことに感じる。

 ボガードは、こんな性格の自分が何かと一緒に暮らせるとは、露ほども思ってはいなかった。


 チビを拾ったのは、ただ奇妙な生き物が少し人族に似ていたからである。

 ツルンとした手足に大きな黒い瞳。
 これだけ愛らしい風貌をしているのだから、もしかしたら貴族に飼われていたペットなのかもしれない。
 そう思い至っても、飼い主を探す気にはならない。
 ボガード自身がこの生き物の挙動に目を奪われ、ついつい構ってやりたくなってしまうからだ。


 腹が減っていればいくらでも飯を食わせてやりたい。

 怖がっていれば抱き込んで撫でてやりたい。

 自分以外の人族がこの生き物にどんな扱いをしていたかは知らないが、きっと我が物顔で現れた貴族がチビを虐げでもしようものなら、ボガードはどんな手段をとってでもチビを取り返し、相手を跪かせたくなるだろう。


 もはや、無条件に手放すことなど出来まい。
 ボガードは、自分がこんなに情深く生き物を想うことができるとは思っていなかった。



 食事を終えたボガードは、テーブルを片付けて町で購入した本を広げた。

 それは、この世界全土で確認されている生き物を網羅した図鑑である。
 少し値が張ったが、立ち読みする時間もなかったので、取る物もとりあえず購入してきたものだ。


 チビを飼育するにあたって、必要な情報が少なすぎるのが当面の課題であった。

 ただでさえペットなど飼ったことのないボガードは、飼いやすいと評判の猫でさえ、上手に飼育する自信がない。
 ましてや未知の生き物となれば、情報は得られるだけ得たほうが良いだろう。



 チビのイビキが小さく空気を震わせるのを感じながら、ボガードはランタンの火が細く途切れるまで、ゆっくりとページをめくった。
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