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今日も美味しいご飯を食べる。
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幼い頃のミリーは何かあるとよく俺に泣きついていた。わがままを言うときもあれば、何か嫌なこととか痛いこととかがあった時もそうだった。
俺が流行り病で寝込んだ時も俺に付き添って泣いていた。俺が死ぬんじゃないかって心配してそばから離れようとしなかった。
ただ熱と咳が出るだけの、言ってしまえば風邪の延長線上みたいな病気だったから死ぬことなんてめったにないんだけど。俺が寝込んだのがその時だけだったから、ミリーは殊更に心配をして。
俺が治るまでずっとそばにいたら、今度は自分がうつるなんて誰だってわかるのに。
俺が治るのと交代するように流行り病になって寝込んだミリーを、今度は俺が看病した。「俺なんてほっときゃ治るのに、馬鹿だよなぁ」なんて言ったら、ミリーは弱弱しく俺に告げた。
「君が死んじゃうかもしれないって思ってた時より、今の方が全然マシだよ」
そんなミリーの言葉を聞いた俺は、笑いながら「こんなことで死ぬわけないだろ!」ってミリーの頭を撫でたんだ。
目が覚めると、見慣れた自分の家の天井だった。ベッドに寝かされているらしい俺の体には包帯が巻かれていて、右側の視界がいつもより狭かった。どうやら顔の右側にも巻かれているらしい。
特に痛みはなかった。ただ違和感があった。でもこれくらいなら、冒険者をやっていた時にも何度かあった。
少し違うとすれば、俺のおなかの横くらいに重みと温かみがあって――目を向けるとミリーが腕を枕にしてそこで眠っていた。
閉じられている目の周りには泣き腫らした跡があって、俺はミリーが小さい頃は泣き虫だったことを思い出していた。
目線を動かしたときに、同時に体も少し身じろぎをした。その衝撃で、どうやらミリーも目を覚ましたらしい。
閉じていた目を開けて俺と目線が合うと、目をかっと見開いて飛び起きた。
「――っ! 目が覚めたのね!?」
「……おかげさまで。死にぞこなったらしい」
俺はあの時生きることを諦めていた。モンスターに殺されることを受け入れていた。もうどうにもできないと思っていたんだ。
それが、今こうして生きている。――いや、そういえばモンスターはどうなったんだ?
「なぁ、モンスターは――」
どうしたんだ、と聞こうとしたところで、俺の疑問はミリーの大声にかき消された。
「馬鹿っ! 本当に大馬鹿っ! モンスター相手に戦うなんて! 生きることを諦めるなんて! 何考えてんのよ!」
「……ごめん」
ミリーの剣幕に、俺は謝ることしかできなかった。
思い返せば、今まで生きてきた中でミリーにこんな大声で怒られたのは初めてだった。
「そりゃこの村に冒険者なんていなかったし、そんな経験ある人もあんたしかいなかったけど! だからってろくに武器もないのに、それに――あんな思いして冒険者辞めてきたっていうのに、モンスターと戦ってっ」
「……ごめん」
「村が壊されたって別に作り直せばいいだけなのに。人は死んじゃったらもとに戻らないのに……」
最初は拳を振り上げて俺を責め立てるように怒っていたミリーだったけど、だんだんと声が弱弱しくなっていって、震えてきて……。
「本当に……死んじゃうと思ったんだからぁ……」
そう言って、俺にしがみついて涙を流していた。
「……ごめん」
そんなミリーを見て、俺は再び謝罪の言葉を口にする。
「無茶なことして、ごめん」
「……うん」
俺の言葉に、ミリーが相槌を打ってくれる。
「怖い思いをさせて、ごめん」
「……うん」
俺にしがみついているミリーの頭を撫でる。
「生きるのを諦めて……ごめん」
「……うん」
目が覚めてから、俺は謝ってばっかりだ。でも仕方ない。だって俺がミリーを怖がらせたんだから。
でも、俺だって怖かったんだ。俺だって体を震わせたんだ。
それは死ぬのが怖かったからじゃない。俺が死ぬのなんてその時は受け入れていたんだ。
俺が怖かったのはそんなことじゃないんだ。
「俺も……ミリーが俺をかばってくれた時、本当に怖かった。ミリーが死ぬかもしれないっていうのが、俺が死ぬかもしれないことより、村が壊れることより、他のどんなことより――怖かったんだ」
ああ、そうだ。
ミリーが死ぬかもしれないことが怖かった。俺が死ぬことなんかよりもよっぽど怖かった。村が壊れることよりも、他の村の人が死ぬよりも、そして何より――あのダンジョンで見た光景よりも。
俺は、ミリーが死ぬということが怖かったんだ。
「無茶させてごめん。怖い思いをさせてごめん。生きるのを諦めてごめん。俺もミリーと同じだった。ミリーがこんな事したら、俺だって怒ったと思う。だから、ごめん」
「……ばか」
「そうだな。馬鹿だった。人の気持ちも考えないで、いつもミリーに助けてもらって、そのくせこんなになるまでそんなことにも気づかない馬鹿だ」
「……本当に大馬鹿だよ」
上半身を起き上がらせる。傷が多少痛んだけど動きに支障はなかった。
起き上がった俺に合わせてミリーも体を起き上がらせる。
そんなミリーを俺は抱き寄せた。ミリーは抵抗しなかった。
「ありがとう、ミリー。俺ミリーのおかげで生きてるよ」
「……こっちこそありがと。あなたのおかげで、私も生きてるよ」
ミリーの両腕が俺の背中に回ってくる。お互いの体温を確かめ合うように、俺たちは抱き締めあった。
もう離れないように。相手のことを離さないように――
結局モンスターは町から呼んだ冒険者がとどめを刺したらしい。俺の最後の抵抗でそれなりに弱っていたらしく、そこまで手間でもなかったと冒険者の人から話を聞いた。
俺は右目を怪我したわけではなくて、右目の上の瞼と額、それから腕やら胴やら、いろいろなところを怪我していた。でもまあ、これくらいの怪我なら冒険者をしていたらすることもあったので、そこまで生活に支障はなかった。
数日もしたらいつも通りに動けるようになったし、今ではもう包帯も取れて元通りだ。額から右目の上にかけてぱっくりと割れた傷跡が残ってしまったけど、これはこれで勲章みたいでかっこいいかもしれない、なんて笑ったり。
村はモンスターなんて現れなかったみたいにいつも通りの日常が流れていて、俺にはそれがとても心地よかった。
「旦那様におかれましては、今日はどのような料理をご所望で?」
俺とミリーは、俺の怪我が治ってから籍を入れた。何か特別なきっかけがあったわけじゃない。しいて言うならモンスターが現れたのがきっかけだったけど、本当にそれだけだ。
物語の英雄譚じゃないんだから、誰もが感動するようなラブストーリーなんて俺たちには存在しなかった。
それでも、俺はミリーに一生を捧げてもいいと思っていたし、ミリーも俺と一生を共に過ごしてもいいと言ってくれた。
プロポーズの言葉? そんなの「俺のために毎日料理を作ってくれないか?」に決まってるだろ。
それに対してミリーは「毎日お腹がはちきれるくらい食べさせてあげる」なんて返してくれて。
「ミリーの料理は何でも美味いからなぁ……でもそうだな。今日の気分は――」
俺は今日も幼馴染で――俺の妻になったミリーのごはんを食べる。
歴史に残る英雄なんかじゃない。名前を轟かせる冒険者なんかじゃない。
田舎の農夫で、宿屋の入り婿だ。
でもそれでいいんだ。それが俺の人生なんだ。
毎日美味い料理を作ってくれる幼馴染の妻がいる。
それが幸せだ。俺が手に入れた、一番の幸せなんだ。
「いつもありがとう、ミリー。今日も美味しいよ」
「あたしが作ったんだから当然だよ!」
心が折れた俺、故郷で幼馴染の飯を食う。 おわり
俺が流行り病で寝込んだ時も俺に付き添って泣いていた。俺が死ぬんじゃないかって心配してそばから離れようとしなかった。
ただ熱と咳が出るだけの、言ってしまえば風邪の延長線上みたいな病気だったから死ぬことなんてめったにないんだけど。俺が寝込んだのがその時だけだったから、ミリーは殊更に心配をして。
俺が治るまでずっとそばにいたら、今度は自分がうつるなんて誰だってわかるのに。
俺が治るのと交代するように流行り病になって寝込んだミリーを、今度は俺が看病した。「俺なんてほっときゃ治るのに、馬鹿だよなぁ」なんて言ったら、ミリーは弱弱しく俺に告げた。
「君が死んじゃうかもしれないって思ってた時より、今の方が全然マシだよ」
そんなミリーの言葉を聞いた俺は、笑いながら「こんなことで死ぬわけないだろ!」ってミリーの頭を撫でたんだ。
目が覚めると、見慣れた自分の家の天井だった。ベッドに寝かされているらしい俺の体には包帯が巻かれていて、右側の視界がいつもより狭かった。どうやら顔の右側にも巻かれているらしい。
特に痛みはなかった。ただ違和感があった。でもこれくらいなら、冒険者をやっていた時にも何度かあった。
少し違うとすれば、俺のおなかの横くらいに重みと温かみがあって――目を向けるとミリーが腕を枕にしてそこで眠っていた。
閉じられている目の周りには泣き腫らした跡があって、俺はミリーが小さい頃は泣き虫だったことを思い出していた。
目線を動かしたときに、同時に体も少し身じろぎをした。その衝撃で、どうやらミリーも目を覚ましたらしい。
閉じていた目を開けて俺と目線が合うと、目をかっと見開いて飛び起きた。
「――っ! 目が覚めたのね!?」
「……おかげさまで。死にぞこなったらしい」
俺はあの時生きることを諦めていた。モンスターに殺されることを受け入れていた。もうどうにもできないと思っていたんだ。
それが、今こうして生きている。――いや、そういえばモンスターはどうなったんだ?
「なぁ、モンスターは――」
どうしたんだ、と聞こうとしたところで、俺の疑問はミリーの大声にかき消された。
「馬鹿っ! 本当に大馬鹿っ! モンスター相手に戦うなんて! 生きることを諦めるなんて! 何考えてんのよ!」
「……ごめん」
ミリーの剣幕に、俺は謝ることしかできなかった。
思い返せば、今まで生きてきた中でミリーにこんな大声で怒られたのは初めてだった。
「そりゃこの村に冒険者なんていなかったし、そんな経験ある人もあんたしかいなかったけど! だからってろくに武器もないのに、それに――あんな思いして冒険者辞めてきたっていうのに、モンスターと戦ってっ」
「……ごめん」
「村が壊されたって別に作り直せばいいだけなのに。人は死んじゃったらもとに戻らないのに……」
最初は拳を振り上げて俺を責め立てるように怒っていたミリーだったけど、だんだんと声が弱弱しくなっていって、震えてきて……。
「本当に……死んじゃうと思ったんだからぁ……」
そう言って、俺にしがみついて涙を流していた。
「……ごめん」
そんなミリーを見て、俺は再び謝罪の言葉を口にする。
「無茶なことして、ごめん」
「……うん」
俺の言葉に、ミリーが相槌を打ってくれる。
「怖い思いをさせて、ごめん」
「……うん」
俺にしがみついているミリーの頭を撫でる。
「生きるのを諦めて……ごめん」
「……うん」
目が覚めてから、俺は謝ってばっかりだ。でも仕方ない。だって俺がミリーを怖がらせたんだから。
でも、俺だって怖かったんだ。俺だって体を震わせたんだ。
それは死ぬのが怖かったからじゃない。俺が死ぬのなんてその時は受け入れていたんだ。
俺が怖かったのはそんなことじゃないんだ。
「俺も……ミリーが俺をかばってくれた時、本当に怖かった。ミリーが死ぬかもしれないっていうのが、俺が死ぬかもしれないことより、村が壊れることより、他のどんなことより――怖かったんだ」
ああ、そうだ。
ミリーが死ぬかもしれないことが怖かった。俺が死ぬことなんかよりもよっぽど怖かった。村が壊れることよりも、他の村の人が死ぬよりも、そして何より――あのダンジョンで見た光景よりも。
俺は、ミリーが死ぬということが怖かったんだ。
「無茶させてごめん。怖い思いをさせてごめん。生きるのを諦めてごめん。俺もミリーと同じだった。ミリーがこんな事したら、俺だって怒ったと思う。だから、ごめん」
「……ばか」
「そうだな。馬鹿だった。人の気持ちも考えないで、いつもミリーに助けてもらって、そのくせこんなになるまでそんなことにも気づかない馬鹿だ」
「……本当に大馬鹿だよ」
上半身を起き上がらせる。傷が多少痛んだけど動きに支障はなかった。
起き上がった俺に合わせてミリーも体を起き上がらせる。
そんなミリーを俺は抱き寄せた。ミリーは抵抗しなかった。
「ありがとう、ミリー。俺ミリーのおかげで生きてるよ」
「……こっちこそありがと。あなたのおかげで、私も生きてるよ」
ミリーの両腕が俺の背中に回ってくる。お互いの体温を確かめ合うように、俺たちは抱き締めあった。
もう離れないように。相手のことを離さないように――
結局モンスターは町から呼んだ冒険者がとどめを刺したらしい。俺の最後の抵抗でそれなりに弱っていたらしく、そこまで手間でもなかったと冒険者の人から話を聞いた。
俺は右目を怪我したわけではなくて、右目の上の瞼と額、それから腕やら胴やら、いろいろなところを怪我していた。でもまあ、これくらいの怪我なら冒険者をしていたらすることもあったので、そこまで生活に支障はなかった。
数日もしたらいつも通りに動けるようになったし、今ではもう包帯も取れて元通りだ。額から右目の上にかけてぱっくりと割れた傷跡が残ってしまったけど、これはこれで勲章みたいでかっこいいかもしれない、なんて笑ったり。
村はモンスターなんて現れなかったみたいにいつも通りの日常が流れていて、俺にはそれがとても心地よかった。
「旦那様におかれましては、今日はどのような料理をご所望で?」
俺とミリーは、俺の怪我が治ってから籍を入れた。何か特別なきっかけがあったわけじゃない。しいて言うならモンスターが現れたのがきっかけだったけど、本当にそれだけだ。
物語の英雄譚じゃないんだから、誰もが感動するようなラブストーリーなんて俺たちには存在しなかった。
それでも、俺はミリーに一生を捧げてもいいと思っていたし、ミリーも俺と一生を共に過ごしてもいいと言ってくれた。
プロポーズの言葉? そんなの「俺のために毎日料理を作ってくれないか?」に決まってるだろ。
それに対してミリーは「毎日お腹がはちきれるくらい食べさせてあげる」なんて返してくれて。
「ミリーの料理は何でも美味いからなぁ……でもそうだな。今日の気分は――」
俺は今日も幼馴染で――俺の妻になったミリーのごはんを食べる。
歴史に残る英雄なんかじゃない。名前を轟かせる冒険者なんかじゃない。
田舎の農夫で、宿屋の入り婿だ。
でもそれでいいんだ。それが俺の人生なんだ。
毎日美味い料理を作ってくれる幼馴染の妻がいる。
それが幸せだ。俺が手に入れた、一番の幸せなんだ。
「いつもありがとう、ミリー。今日も美味しいよ」
「あたしが作ったんだから当然だよ!」
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