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第一話:スキル強化はディナーの間に
しおりを挟む《レギオン=アーク・オンライン》
それは、空前の成功を収めたオンラインRPGだった。
美しいグラフィック、無数のスキルツリー、洗練されたバトルサポートAI──
あらゆる面で群を抜き、世界中のプレイヤーたちをその幻想世界へと夢中にさせている。
操作は従来通り。マウスとキーボードでキャラクターを操る、よくあるPCゲームの形式。
だが、ただひとつ──**《レギオン》だけが持つ“何か”**が、プレイヤーたちの心を掴んで離さない。
味方AIはきびきびと戦術をサポートし、NPCは驚くほど滑らかに反応する。
その完成度は、「まるで命を持っているかのようだ」とすら評された。
──もっとも、それは表の話にすぎない。
プレイヤーたちの一部は、ある“噂”を信じている。
《レギオン》の開発当初、「ProjectSE(プロジェクト・エスイー)」という名前の計画が存在したという説だ。
詳細は一切不明。情報も見つからない。
だが、その名を検索した者の一人が、匿名掲示板にこう書き込んだという。
> 「あれは……“生きた頭脳”を使った計画だった」
もちろん、すぐに削除された。
根拠のない都市伝説。冷笑とともに流されていく、無数の与太話のひとつ。
──だがそれでも、ごく一部のプレイヤーは囁く。
**“あのゲームの中には、何かがいる”**と。
真実を知る者はいない。
ただ、今日も世界のどこかで、新しいプレイヤーがログインする。
──そして、そのなかの一人が、ふと気づくかもしれない。
決められた動きしかできないはずのキャラクターが──勝手に、ナイフを投げたことに……
* * *
グレートソードが砂地にめり込む音が、虚しく響いた。
(うぐっ……またかよ……!)
ダイは仰向けに倒れ込み、空を見上げる。鮮やかな二つの月が浮かぶ幻想的な夜空──だが、そんな風情を味わう余裕はない。体力バーはゼロ。ホブゴブリン相手に三撃で沈められたのは、今夜で四度目だ。
──原因は明白。
持ち主がポンコツだからである。
背中に装備された巨大な剣は、明らかに彼の筋力ステータスに見合っていなかった。剣筋はぶれ、スキルは空を切り、回避もできずに即昇天。まさに「育成失敗キャラ」そのもの。
この世界は、超大型MMO《レギオン=アーク・オンライン》
完成度と自由度の高さから、多くのプレイヤーにとっては理想郷と呼ぶにふさわしいゲームだった。
だが、ダイにとっては──ここは地獄に近かった。
(──お願いだ、リカ様……! 筋力に、あと20ポイントは振ってください……! ラックに振る前に!)
そう。ダイには“自我”があった。
これはバグなのか、それとも神の悪戯なのか。とにかく、彼はこのゲーム世界で「生きて」いた。
だがその持ち主、プレイヤー《リカ》がとんでもないキャラビルド音痴だった。
________________________________________
【ステータス】
•筋力:5
•敏捷:5
•知力:5
•体力:5
•ラック:63(!?)
________________________________________
初期ボーナスとレベルアップ分のステータスボーナスは、全てを運(ラック)に振っている狂気の構成。
スキルボーナスも無駄遣いが目立ち、初期技の《突き》はいいとして、地上戦ではスカりやすい《ジャンプ斬り》。加えて、なぜか《料理術(初級)》、《海釣り》、《裁縫》など役に立ちそうにないスキルがいくつか登録されている。
(──なあ、どうやって勝てと?)
本人は「運ゲーってロマンあるよね♪」などと言っていたが、現実は非情だ。クリティカルは出ない。ドロップはゴミ。突撃しては、派手に倒れて終わる。
だが、ダイは諦めなかった。
彼には、ひとつだけ──小さな希望があった。
それは、「リカが席を外す時間」。
トイレ、風呂、ディナータイム。PCの電源さえ落ちていなければ、その間だけは自由に動ける。数分、長ければ数十分。だが、ダイにはそれで十分だった。
その夜、レストエリアのベンチでぽつんと座っていたダイは、周囲の様子を伺い、ステータスウィンドウを確認する。リカのいつもの行動パターンからすると夕食をとるために離席しているようだ。
________________________________________
【スキルポイント:+3(未振り分け)】
________________________________________
──来た……!
レベルアップ後、リカが狂気のラック振りだけしてスキルポイントを使うのを忘れていたらしい。
ダイは静かに立ち上がり、改めて周囲を確認。そして、そっとスキルツリーを開いた。
まずは《体幹強化Ⅰ》──筋力と耐久をわずかに底上げするパッシブに1ポイント。
軸が安定すれば、少しはスカらなくなる……はずだ。
次に、《剣技初歩・構え》に2ポイント。
これでグレートソードの扱いが、少しだけマシになる。
ステータス上は微々たる差でも、彼にはその差が大きい。
──もちろん、装備は変えられない。
見た目が変われば、リカに気づかれてしまう。彼にできるのは、表面化しない内部ステータスや補助スキルの微調整だけ。
だが、それでも。
たとえわずかでも、確実に前進している。
(……俺は、俺の道を切り拓くんだ。意味不明なラック型でも、死にビルドでも──)
そう小さくつぶやいたとき──画面右上のカーソルがぴくっと動いた。
(戻ってきちまったか……)
その瞬間、ダイの身体は操作権を取り戻される。表情も、動作も、再び人形のように硬直していく。
次の戦場へと、オートで走り出す。
だが、その刹那。
ダイの表情には、わずかな笑みが浮かんでいた。
──次は、すぐに倒れることはない。
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