15 / 77
第五巻 Prisoner
第11話「Prisoner」
しおりを挟む
ライブ後、決意が興奮に負けないうちに、セナ君にLINEを送る。
きっと打ち上げがあるかもしれない…… 昨年と同じくらいなら、9時過ぎには帰宅するのかな。
セナ君は私が電車に乗るのを嫌がるけれど、私はライブ後の電車が大好き。
さっきまで同じライブを観ていた女の子たちの声が耳に入ってくる。
同じ幸せを共有させてもらった気分になれるから。
思い返せば……私はセナ君にもらってばかりだったな。
たくさんのプレゼントも、知らない感情も……
私があげられるのなんて、曲くらいだから。
どんな結果になっても、今までと関係が変わってしまっても、私の曲はみんなに。
心は、セナ君に届けたいんだ……
「ライブお疲れ様」
時間はもう23時。帰宅したセナ君を出迎える。
あまり近付くと絶対に抱きしめられてしまう気がして。
そうなるときっと冷静に話ができなくなるのがわかっているから、足早にリビングに戻る。
本当は、抱きしめて欲しいのに。
「……今、夏休みだろ?明日まではいるだろ?」
そんな、いきなり話し始めないで欲しい。
心の準備はずっとしてきたつもりなのに、これが最後かもしれないと思うと、心臓が張り裂けてしまいそうな気がした。
「あの……その前に、話したいことがあって。いいかな?」
「どした?」
決心が鈍らない前に、揺らがない前に、話をしないと……
荷物を置いてソファに座るセナ君の正面、床に座る。
なんとなく……隣に座ると距離が近くなりそうで。
昨年の誕生日にもらったハートのキーリングが付いた、この部屋の合鍵をポケットから取り出す。
「昨年もらった合鍵、返そうと思って」
そう言いながら、鍵をキーリングから外す。
「……は?」
「キーリングだけは、思い出にもらっておいてもいいかな?」
「……お前、何言ってんのかわかってんの?」
わかってる。わかってるよ。
こんな……曖昧な関係のままでいたくないんだよ。
「今のままは良くないと思ったの。今後もみんなの曲は作っていけたらとは思っているけど……」
本当は、返したくなんてない。
「受験もあるし、来年までコンペ参加はお預けかも」
泣くな。絶対に泣かない。
「……オレが聞いてんの、そんなことじゃねぇんだけど」
セナ君の顔が、怒っているように見える。
「何?お前、オレと別れたいってこと?」
「え……?」
別れる……?別れるも何も、付き合っていないのに?
「会ってない4カ月で、オレ以上の男でもいた?」
セナ君は何を言っているんだろう。
私にとってセナ君以上の人なんて、いるわけない。
言葉が出なくて、瞬きをするのも忘れて、セナ君を見つめる。
「オレ以外の男の所に行くなんて許さない。 絶対逃さない!
オレがお前手に入れるために、どんだけ我慢してたと思ってんだよ!」
映画のサンプルで観た演技とも違う、セナ君の言葉……
「お前を彼女にできて、付き合えて嬉しかったのはオレだけなのかよ!」
「え……?」
「絶対別れないし、手放してなんかやらない」
「ちょ……セナ君!?」
彼女にできて……?付き合えて?
突然、セナ君はソファから立ち上がり、私の手首を掴んで引っ張る。
そのまま寝室へ。ベッドの上に押し倒される。
「セ……ナ……君」
「こんなんなら、1年前にとっととオレのもんにしとけば良かったわ」
見上げると、セナ君が自分のシャツをゆっくり脱ぎだした。
襟元から覗いた肌が、部屋の灯りをやわらかく照り返す。
その声と動きから、目が離せない。
肌を撫でるような視線。耳に残る低い声。
「他の男になんて、絶対にやらない」
シャツが床に落ちる音だけが、静かに響いた。
「そんな……っ」
……ちがう、そうじゃない。
言いかけた言葉は、塞がれていた。
重なる唇。震える指先。
唇の奥から、彼の鼓動が伝わってくる。
「セナ君……待って」
「待たない。だってお前、オレのこと捨てようとしてんじゃん」
捨てるなんて……そんなこと、あるわけない。
あのとき、セナ君が私を見つけてくれた。
光り輝く景色を見せてくれて、私はまたピアノに向き合えた。
知りたくなかった感情にも、たくさん出会った。
嫉妬、欲望、独占したい気持ち。
全部、全部、セナ君が私に教えてくれた。
捨てられるわけないよ……
「違うよ……私は……セナ君の“ちゃんとした彼女”になりたいんだよ」
縋るように、願うように、気持ちが口からこぼれ落ちる。
言った瞬間、胸が熱くなった。
「キスしたり、抱きしめられたりするの、嬉しかったけど……
軽井沢で『好き』って言われたきりで、この関係が何なのか、わからなくて」
「オレが……お前をどんだけ好きだと思ってんだよ……」
あの時の“ちゃんと好き”が、もし否定されてしまったら。
そう思うと、怖くて返事が聞けなかった。
目が合った瞬間、冷たい指先が頬に触れる。
「……だって……」
「オレが奏のこと、どんな目で見てたか、まだわかんねぇの?」
だって……こんな人が、私を好きになるなんて、想像できなかった。
「……セナ君」
「ってかクリスマスから、彼氏になったつもりでいたんだけど」
「え!?」
「はぁぁぁー……くっそだせぇ」
さっき掴まれた腕に、そっと彼の手が触れる。 宝物みたいに、大切に。
「わり……さっき乱暴にした……痛くない?」
「うん……ちょっと驚いたけど」
唇が重なる。
さっきまでの怒りも、戸惑いも、すべてを溶かすようなキス。
「オレだって……彼氏になりたかったよ。
初めて会ったときから、ずっと、ずーっと、そう思ってた」
低く震える声。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
あの冬の夜、冷たい指先で私の手を止めてくれたこと。
軽井沢で、不器用に「好き」って言ってくれたこと。
ひとつひとつの記憶が、心の奥で静かに光り出す。
「なんでも言えよ……」
私を見つめる目が、切なそうに揺れている。
逃げ場なんて、もうどこにもない。
息が詰まる。
こんなにも真っ直ぐに見つめられたら、嘘なんてつけない。
「奏が……オレの彼女じゃなかったら、オレ、なんなんだよ」
そっと頬に触れる手。
冷たいのに、どうしようもなくあたたかい。
その指先に、今までの時間が全部宿っている気がした。
「オレは……どうやったって、お前を諦められねーんだよ」
震える声が落ちるたび、心の奥で何かがほどけていく。
張り詰めていた糸が切れて、涙が溢れそうになる。
「ごめんなさい……」
嗚咽に変わる寸前の声。
彼の目がわずかに揺れる。
「ごめんじゃなくて、他には? オレは奏が好き。……なんだけど?」
その言葉が、胸にまっすぐ刺さる。
ずっと欲しかった答え。
夢の中で何度も願った言葉が、今、現実の音になって届いた。
いいのかな。
彼女になりたいって、望んでも。
心臓が痛いほど鳴っている。
それでも、ちゃんと伝えなきゃ。
「……私も、セナ君が……好きです」
言った瞬間、世界が静まり返った。
息をするのも忘れるほどの沈黙。
そのあと、ふっと息を吸ったセナ君の瞳が揺れて、
あたたかい光が宿るのが見えた。
怖くて、届くはずがないと思っていたのに。
目の前の彼は、ずっと変わらず私を見てくれていた。
「……オレの彼女になってよ」
その言葉に、視界がにじむ。
涙で滲んだ世界の中、彼の顔だけがはっきり見えた。
光の粒が、ゆっくりと二人の間を漂うように見える。
この瞬間だけは、永遠に続いてほしいと思った。
「……はい」
気づけば、飛びつくように抱きついていた。
セナ君はしっかり受け止めてくれて、苦しいくらい強く、抱きしめてくれた。
その胸の奥で響く鼓動が、私の鼓動と重なる。
まるで名前を呼ばれているみたいに、優しく、確かに。
ようやく同じ場所に辿り着けたんだ。
「我慢してたんだよ、ずっと。
奏が“まだ”だってわかってたから、焦らないようにしてた」
キス。頬に、耳に、唇に…… 逃がさないように、何度も。
彼の手が私の髪を撫で、首筋に触れる。
その熱に、息が詰まりそうになる。
「……脱がすよ。イヤだったら、止めて」
囁かれた声に、心臓が跳ねた。 でも私は、首を横に振らなかった。
……いいよ。そう言う代わりに、そっと頷く。
ゆっくりと、セナ君が私のシャツのボタンを外していく。
一つずつ、丁寧に。 私の視線に気づいたのか、ふっと口元が緩む。
「そんな顔すんな。余計、我慢できなくなる」
ベッドに倒され、見上げる視界に映るのは、上半身を脱いだ彼の身体。 淡いライトの影が、美しく浮かび上がる。
「……触ってみる?」
「えっ……!?」
「……ウソ。今はオレが触りたい」
その言葉とともに、肩にそっと触れられる。
服の上から、優しく、確かに。
「全部、奏のタイミングでいいから」
そう言って、額に優しくキスを落とした。
「好きだよ、奏。……ずっと、オレだけの“彼女”でいて」
夜がゆっくりと更けていく。
部屋の明かりが柔らかく揺れて、カーテンの隙間から月の光がこぼれる。
言葉を交わさなくても、伝わる想いがそこにあった。
セナ君の指が髪を梳き、頬を撫でるたび、
胸の奥があたたかく満たされていく。
触れるたびに、心の距離がなくなっていくのがわかる。
その夜、どんな夢を見たのかは覚えていない。
ただ、彼の腕の中で眠ったことだけを、きっと一生忘れない。
ふと目を覚ますと、カーテン越しの光がまだ薄い。
静かな朝。窓の外から、遠くの鳥の声が聞こえる。
「おはよ」
隣には、微笑むセナ君。
上半身を少し起こし、朝日に照らされて……裸!?
「わっ……!」
自分の状態に気づいて、慌てて布団を被り、少しだけ顔を覗かせて尋ねる。
「……ひょっとして……見た?」
「寝顔、な。他は昨晩じっくり見たし?」
「!!!!意地悪……!」
思わず反対側を向いて、布団に潜りこむ。
……あれ?
ふと右手が、ほんのり重い。
目を向けた瞬間、心臓が止まりそうになった。
……キラキラと輝くリング。右手の薬指に。
「……な、に……これ」
「気に入らなかった?」
後ろから抱きしめられ、振り向く。
声はほとんど息で、震えていた。
「そんなことない!!けど、なんで?」
「別に、意味とかまだないけどさ」
“まだ”ってなに……
「これは普通に誕プレ。こっちは空けとけよ」
左手に指を絡めながら、薬指に唇が触れる。
「うん……」
セナ君の隣で目覚める朝も、これからの未来も、たぶんもう、ひとりじゃない。
そう思った瞬間、頭を撫でるような感触と、小さな囁き声が降ってきた。
「……なに考えてる?」
「え?」
目を開けると、セナ君がニヤニヤしてこちらを見ている。
「にやけてた。絶対なんか考えてたろ?」
「ちがうもんっ!」
「んー……まさか、もうオレの苗字で名前呼ぶ練習とかしてた?」
「名字?諏訪……奏ってこと?」
ニヤけていたセナ君が、みるみる真っ赤に。
「……おまえの……そーいう不意打ち……やばいんだって」
「?セナ君こそ、なにを想像したの?」
そう言うと、セナ君は嬉しそうに笑って私を抱きかかえ……
「オレの彼女は可愛いなって」
「……もう……」
彼はいつもの優しい顔で、ふわっと囁く。
「ちゃんと“彼女”って呼んだからな。逃げんなよ?」
「……うん」
少しだけ照れながら。でも、嬉しくて。
私はその胸に、そっと顔をうずめた。
……ねぇ、セナ君。 何度でも言うよ。
私の気持ちは今もこの先も……きっと、変わらないよ。
薄いカーテンの向こう、朝の光が静かに差し込んでくる。
白いシーツの上に、ふたつの影。
指先には、昨日まではなかった小さなリングが光を受けて、きらりと瞬いた。
その輝きが、まるで“これから”を祝福しているみたいで、胸の奥があたたかく満たされていく。
セナ君の寝息が、そっと隣で重なる。
同じ時間を吸って、同じ空気を吐いて、
こんなにも近くで、朝を迎えたのは初めてだった。
きっと打ち上げがあるかもしれない…… 昨年と同じくらいなら、9時過ぎには帰宅するのかな。
セナ君は私が電車に乗るのを嫌がるけれど、私はライブ後の電車が大好き。
さっきまで同じライブを観ていた女の子たちの声が耳に入ってくる。
同じ幸せを共有させてもらった気分になれるから。
思い返せば……私はセナ君にもらってばかりだったな。
たくさんのプレゼントも、知らない感情も……
私があげられるのなんて、曲くらいだから。
どんな結果になっても、今までと関係が変わってしまっても、私の曲はみんなに。
心は、セナ君に届けたいんだ……
「ライブお疲れ様」
時間はもう23時。帰宅したセナ君を出迎える。
あまり近付くと絶対に抱きしめられてしまう気がして。
そうなるときっと冷静に話ができなくなるのがわかっているから、足早にリビングに戻る。
本当は、抱きしめて欲しいのに。
「……今、夏休みだろ?明日まではいるだろ?」
そんな、いきなり話し始めないで欲しい。
心の準備はずっとしてきたつもりなのに、これが最後かもしれないと思うと、心臓が張り裂けてしまいそうな気がした。
「あの……その前に、話したいことがあって。いいかな?」
「どした?」
決心が鈍らない前に、揺らがない前に、話をしないと……
荷物を置いてソファに座るセナ君の正面、床に座る。
なんとなく……隣に座ると距離が近くなりそうで。
昨年の誕生日にもらったハートのキーリングが付いた、この部屋の合鍵をポケットから取り出す。
「昨年もらった合鍵、返そうと思って」
そう言いながら、鍵をキーリングから外す。
「……は?」
「キーリングだけは、思い出にもらっておいてもいいかな?」
「……お前、何言ってんのかわかってんの?」
わかってる。わかってるよ。
こんな……曖昧な関係のままでいたくないんだよ。
「今のままは良くないと思ったの。今後もみんなの曲は作っていけたらとは思っているけど……」
本当は、返したくなんてない。
「受験もあるし、来年までコンペ参加はお預けかも」
泣くな。絶対に泣かない。
「……オレが聞いてんの、そんなことじゃねぇんだけど」
セナ君の顔が、怒っているように見える。
「何?お前、オレと別れたいってこと?」
「え……?」
別れる……?別れるも何も、付き合っていないのに?
「会ってない4カ月で、オレ以上の男でもいた?」
セナ君は何を言っているんだろう。
私にとってセナ君以上の人なんて、いるわけない。
言葉が出なくて、瞬きをするのも忘れて、セナ君を見つめる。
「オレ以外の男の所に行くなんて許さない。 絶対逃さない!
オレがお前手に入れるために、どんだけ我慢してたと思ってんだよ!」
映画のサンプルで観た演技とも違う、セナ君の言葉……
「お前を彼女にできて、付き合えて嬉しかったのはオレだけなのかよ!」
「え……?」
「絶対別れないし、手放してなんかやらない」
「ちょ……セナ君!?」
彼女にできて……?付き合えて?
突然、セナ君はソファから立ち上がり、私の手首を掴んで引っ張る。
そのまま寝室へ。ベッドの上に押し倒される。
「セ……ナ……君」
「こんなんなら、1年前にとっととオレのもんにしとけば良かったわ」
見上げると、セナ君が自分のシャツをゆっくり脱ぎだした。
襟元から覗いた肌が、部屋の灯りをやわらかく照り返す。
その声と動きから、目が離せない。
肌を撫でるような視線。耳に残る低い声。
「他の男になんて、絶対にやらない」
シャツが床に落ちる音だけが、静かに響いた。
「そんな……っ」
……ちがう、そうじゃない。
言いかけた言葉は、塞がれていた。
重なる唇。震える指先。
唇の奥から、彼の鼓動が伝わってくる。
「セナ君……待って」
「待たない。だってお前、オレのこと捨てようとしてんじゃん」
捨てるなんて……そんなこと、あるわけない。
あのとき、セナ君が私を見つけてくれた。
光り輝く景色を見せてくれて、私はまたピアノに向き合えた。
知りたくなかった感情にも、たくさん出会った。
嫉妬、欲望、独占したい気持ち。
全部、全部、セナ君が私に教えてくれた。
捨てられるわけないよ……
「違うよ……私は……セナ君の“ちゃんとした彼女”になりたいんだよ」
縋るように、願うように、気持ちが口からこぼれ落ちる。
言った瞬間、胸が熱くなった。
「キスしたり、抱きしめられたりするの、嬉しかったけど……
軽井沢で『好き』って言われたきりで、この関係が何なのか、わからなくて」
「オレが……お前をどんだけ好きだと思ってんだよ……」
あの時の“ちゃんと好き”が、もし否定されてしまったら。
そう思うと、怖くて返事が聞けなかった。
目が合った瞬間、冷たい指先が頬に触れる。
「……だって……」
「オレが奏のこと、どんな目で見てたか、まだわかんねぇの?」
だって……こんな人が、私を好きになるなんて、想像できなかった。
「……セナ君」
「ってかクリスマスから、彼氏になったつもりでいたんだけど」
「え!?」
「はぁぁぁー……くっそだせぇ」
さっき掴まれた腕に、そっと彼の手が触れる。 宝物みたいに、大切に。
「わり……さっき乱暴にした……痛くない?」
「うん……ちょっと驚いたけど」
唇が重なる。
さっきまでの怒りも、戸惑いも、すべてを溶かすようなキス。
「オレだって……彼氏になりたかったよ。
初めて会ったときから、ずっと、ずーっと、そう思ってた」
低く震える声。
胸の奥が、じわりと熱くなる。
あの冬の夜、冷たい指先で私の手を止めてくれたこと。
軽井沢で、不器用に「好き」って言ってくれたこと。
ひとつひとつの記憶が、心の奥で静かに光り出す。
「なんでも言えよ……」
私を見つめる目が、切なそうに揺れている。
逃げ場なんて、もうどこにもない。
息が詰まる。
こんなにも真っ直ぐに見つめられたら、嘘なんてつけない。
「奏が……オレの彼女じゃなかったら、オレ、なんなんだよ」
そっと頬に触れる手。
冷たいのに、どうしようもなくあたたかい。
その指先に、今までの時間が全部宿っている気がした。
「オレは……どうやったって、お前を諦められねーんだよ」
震える声が落ちるたび、心の奥で何かがほどけていく。
張り詰めていた糸が切れて、涙が溢れそうになる。
「ごめんなさい……」
嗚咽に変わる寸前の声。
彼の目がわずかに揺れる。
「ごめんじゃなくて、他には? オレは奏が好き。……なんだけど?」
その言葉が、胸にまっすぐ刺さる。
ずっと欲しかった答え。
夢の中で何度も願った言葉が、今、現実の音になって届いた。
いいのかな。
彼女になりたいって、望んでも。
心臓が痛いほど鳴っている。
それでも、ちゃんと伝えなきゃ。
「……私も、セナ君が……好きです」
言った瞬間、世界が静まり返った。
息をするのも忘れるほどの沈黙。
そのあと、ふっと息を吸ったセナ君の瞳が揺れて、
あたたかい光が宿るのが見えた。
怖くて、届くはずがないと思っていたのに。
目の前の彼は、ずっと変わらず私を見てくれていた。
「……オレの彼女になってよ」
その言葉に、視界がにじむ。
涙で滲んだ世界の中、彼の顔だけがはっきり見えた。
光の粒が、ゆっくりと二人の間を漂うように見える。
この瞬間だけは、永遠に続いてほしいと思った。
「……はい」
気づけば、飛びつくように抱きついていた。
セナ君はしっかり受け止めてくれて、苦しいくらい強く、抱きしめてくれた。
その胸の奥で響く鼓動が、私の鼓動と重なる。
まるで名前を呼ばれているみたいに、優しく、確かに。
ようやく同じ場所に辿り着けたんだ。
「我慢してたんだよ、ずっと。
奏が“まだ”だってわかってたから、焦らないようにしてた」
キス。頬に、耳に、唇に…… 逃がさないように、何度も。
彼の手が私の髪を撫で、首筋に触れる。
その熱に、息が詰まりそうになる。
「……脱がすよ。イヤだったら、止めて」
囁かれた声に、心臓が跳ねた。 でも私は、首を横に振らなかった。
……いいよ。そう言う代わりに、そっと頷く。
ゆっくりと、セナ君が私のシャツのボタンを外していく。
一つずつ、丁寧に。 私の視線に気づいたのか、ふっと口元が緩む。
「そんな顔すんな。余計、我慢できなくなる」
ベッドに倒され、見上げる視界に映るのは、上半身を脱いだ彼の身体。 淡いライトの影が、美しく浮かび上がる。
「……触ってみる?」
「えっ……!?」
「……ウソ。今はオレが触りたい」
その言葉とともに、肩にそっと触れられる。
服の上から、優しく、確かに。
「全部、奏のタイミングでいいから」
そう言って、額に優しくキスを落とした。
「好きだよ、奏。……ずっと、オレだけの“彼女”でいて」
夜がゆっくりと更けていく。
部屋の明かりが柔らかく揺れて、カーテンの隙間から月の光がこぼれる。
言葉を交わさなくても、伝わる想いがそこにあった。
セナ君の指が髪を梳き、頬を撫でるたび、
胸の奥があたたかく満たされていく。
触れるたびに、心の距離がなくなっていくのがわかる。
その夜、どんな夢を見たのかは覚えていない。
ただ、彼の腕の中で眠ったことだけを、きっと一生忘れない。
ふと目を覚ますと、カーテン越しの光がまだ薄い。
静かな朝。窓の外から、遠くの鳥の声が聞こえる。
「おはよ」
隣には、微笑むセナ君。
上半身を少し起こし、朝日に照らされて……裸!?
「わっ……!」
自分の状態に気づいて、慌てて布団を被り、少しだけ顔を覗かせて尋ねる。
「……ひょっとして……見た?」
「寝顔、な。他は昨晩じっくり見たし?」
「!!!!意地悪……!」
思わず反対側を向いて、布団に潜りこむ。
……あれ?
ふと右手が、ほんのり重い。
目を向けた瞬間、心臓が止まりそうになった。
……キラキラと輝くリング。右手の薬指に。
「……な、に……これ」
「気に入らなかった?」
後ろから抱きしめられ、振り向く。
声はほとんど息で、震えていた。
「そんなことない!!けど、なんで?」
「別に、意味とかまだないけどさ」
“まだ”ってなに……
「これは普通に誕プレ。こっちは空けとけよ」
左手に指を絡めながら、薬指に唇が触れる。
「うん……」
セナ君の隣で目覚める朝も、これからの未来も、たぶんもう、ひとりじゃない。
そう思った瞬間、頭を撫でるような感触と、小さな囁き声が降ってきた。
「……なに考えてる?」
「え?」
目を開けると、セナ君がニヤニヤしてこちらを見ている。
「にやけてた。絶対なんか考えてたろ?」
「ちがうもんっ!」
「んー……まさか、もうオレの苗字で名前呼ぶ練習とかしてた?」
「名字?諏訪……奏ってこと?」
ニヤけていたセナ君が、みるみる真っ赤に。
「……おまえの……そーいう不意打ち……やばいんだって」
「?セナ君こそ、なにを想像したの?」
そう言うと、セナ君は嬉しそうに笑って私を抱きかかえ……
「オレの彼女は可愛いなって」
「……もう……」
彼はいつもの優しい顔で、ふわっと囁く。
「ちゃんと“彼女”って呼んだからな。逃げんなよ?」
「……うん」
少しだけ照れながら。でも、嬉しくて。
私はその胸に、そっと顔をうずめた。
……ねぇ、セナ君。 何度でも言うよ。
私の気持ちは今もこの先も……きっと、変わらないよ。
薄いカーテンの向こう、朝の光が静かに差し込んでくる。
白いシーツの上に、ふたつの影。
指先には、昨日まではなかった小さなリングが光を受けて、きらりと瞬いた。
その輝きが、まるで“これから”を祝福しているみたいで、胸の奥があたたかく満たされていく。
セナ君の寝息が、そっと隣で重なる。
同じ時間を吸って、同じ空気を吐いて、
こんなにも近くで、朝を迎えたのは初めてだった。
4
あなたにおすすめの小説
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
いい加減な夜食
秋川滝美
恋愛
ハウスクリーニングのバイトをして学費を稼ぐ大学生、谷本佳乃。ある日彼女が、とある豪邸の厨房を清掃していたところ、その屋敷の使用人頭が困り顔でやってきた。聞けば、主が急に帰ってきて、夜食を所望しているという。料理人もとっくに帰った深夜の出来事。軽い気持ちで夜食づくりを引き受けた佳乃が出したのは、賞味期限切れの食材で作り上げた、いい加減なリゾットだった。それから1ヶ月後。突然その家の主に呼び出されたかと思うと、佳乃は専属の夜食係として強引に雇用契約を結ばされてしまい……。ひょんなことから始まる、一風変わった恋物語。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる