金色アンダンテ

弥生なぬか

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1 金色の仲間

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あれ?こんなところにあったかな?店の軒先に少しでているえんじ色の幌に白ぬきの店名がよく映えていた。漆喰の白いかべにはめ込まれた大きな窓越しには席が2つほど見えた。どちらにも客は座っていないようすだ。ふと焦点を手前の窓ガラスに移すと、自分の姿が映る。そこには首元が伸びきって、胸元には大きな唇から舌の出たあの有名なロゴの入った黒いTシャツにブラックのスリムパンツと足元にはプレイボーイの白いサンダルヒールの26歳が猫背で立っていた。不意に、ガラスの右側から左側へ金色のランニングシューズが駆け抜けていった。tempo180と言ったところかな。
よしっと俺は一息ついてそのドアを押し開けた。
郊外の駅近くではあるが、人通りは少ない。時間帯なのかそれとも昔っからなのかはもう覚えていない。ただ、夏を思わせる青空だけが唯一背中を押してくれている気がした。後ろ手でゆっくりとドアをしめた。

音楽で飯を食うことを志しこの街を出たが、東京では鳴かず飛ばずだった。いくつかのライブハウスに出入りしてそれなりに顔見知りもでき、いくつかのバンドを組み、それなりにファンと言われる子たちもついてくれた。昼はいくつかのバイトを掛け持ち、夜はバンド活動。もう何年もそんな生活を続けていた。別にそれが苦だったわけではない。ただ、オーディエンスに迎合する自分にも、自分たちを評価しないレーベルを否定するバンドメンバーにも少し辟易していたのかもしれない。そして俺はこの街に戻ってきた。

ツーブロックでウェリントンのダテメガネ?をした店員が奥から出てきた。
「あれ?もしかて、しょうちゃん?」店長らしき人が、笑顔で話しかけてきた。うつむき加減で店に入っていた俺は、それにビックしてその場で足を止めた。そんな呼ばれ方をしたのは高校以来だったから。
「なんだよ!戻ってきたんなら連絡のひとつくらい入れろよ!」
なんだお前かよ。相変わらずうるせえなあ。ってかお前美容師になったのかあ。思う言葉は後から後から出てくるが、なんと言えばよいか分からずフリーズ。勿論、そんときの俺の反応は薄かったらしく、
「あいかわらずクールだねえ。しょうちゃん。」
って俺はしょうちゃんじゃねえし。ってか、ちゃん付やめろ。てか、そもそも「しょう」じゃなくて「じょう」だろが!ちゃんと承太郎って名前なんだから。っと心の中で突っ込んでいる間に、あれよあれよと2つある席の大きな窓ある方の席に座らされ、カットクロスに手を通され、鏡越しに
「はい。しょうちゃん。今日はどうする?」って笑顔で聞いてきやがる。マイペースか。
「あいかわらずなのは、お前のほうだろうが、けいじろう。」やっと一言言い返してやったけど、自分の右の口角が緩んでいるのを鏡越しに見た。
「へへへ。で?どうする?しょうちゃん。」
そうだなぁ。スタイルを決めていたわけではないので、どうしようかなと悩んでいると、
「高校の時みたいに金髪にしてみる?」
「え?」今更だろう…。俺はもう26だぜ。鳴かず飛ばずだけどね…。
「あの頃のしょうちゃん。かっこよかったからねえ。兄ちゃんも言ってたよ。」
「えっ?及川ちゃんが?」
「まあ。かっこいいとは言ってないけど」
「えっっ?ちがうのかよ。」
「いやいや。あいつの頭の色見てると、あいつの金色に輝く未来に見えてくるんだよって。」
「へえ。」そんなこと言ってくれてたのか。及川ちゃん。あの先生は、俺にとっては、けいじろうの兄貴ってよりは、ちょっと変わった先生だった。生徒からからかわれてもへらへらしてたくせに、俺にだけは「じょうたろう!ちゃんとやってっか?亅って少し上から目線で声をかけてきた。「なんだ?亅って思ってたけど、まぁけいじろうの兄貴だし、「なんすか?」って感じだったかな。
「そういえば、及川ちゃんは元気にしてる?」
「うん。兄貴、元気にしてるよ。なんだったら連絡してみようか?」
「いいよ。平日だろう。先生は学校だろう。」
「・・・」
けいじろうは天井にゆっくり旋回するシーリングファンを、少し寂しそうな目で見ていた。俺は、なんか微妙な空気をかき消すように、
「そうだな。じゃあ。やっちゃって。金髪に。」
「おっしゃ。かっこよくいっちゃうぜ。」
けいじろうは、ハサミやらコームやらの入ったボックスを引き寄せた。こうやって笑うのも久しぶりかもなあ。あの頃はずっとこんな感じでバカ笑いしてたのに。いつから笑わなくなったのかなあ。そんなことを考えながら、けいじろうの小気味良いハサミの音に少しまどろんだ。

「はいよ。しょうちゃん。どうだい?いいっしょ?」鏡にはツーブロックパーマでトップがど金髪のロックな俺がうつっていた。
「おお。金髪。久しぶり。」
あの頃の俺が語りかける。「お前の未来は金色に輝いている亅と。
「しょうちゃん。カット、パーマ、カラーリング。シメて一万五千円だけど。昔のよしみで、一万円でいいや。」
ふっ、センキュ。でも、フリーターに一万はきついなあ。てか、慶次郎。お前、美容師になるっなんて言ってたか?
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