1 / 30
都合の良い求婚者
しおりを挟む「ヴィー先生、ご自分をもっと大切にしてください。私たち、ずっと先生の目が覚めるのを待って……」
涙ぐみながら皆の総意を代弁してくれるクラス委員長リィン・ジゼルに反論することは出来なかった。
教師たるもの、教え子たちからの切なる願いを軽く扱うわけにはいかない。
ヴィユ・ヴィンバウムにとって、教職は期間限定の副業のはずだった。
調子のいい親友に人材不足だからと連れてこられたルザルア魔法学園で教鞭をとってから早3年。
単独で魔獣を仕留めるソロ討伐で稼いできた額と比べれば、月々の給金はささやかである。
それでも安定感は半端ないし、やりがいを見つけることもできた。
『辞めちまえよ。ソロ討伐なんて無茶やらなくても贅沢しなけりゃ暮らしていける。貯め込んでた金だって使ってないんだろ』
ルザルア魔法学園の教師としての任期は十年以上。
新しい生き方を示してくれた親友ラザリオは、ヴィユに刹那的な生き方をしてくれるなと度々説教を始める優しい男だった。
久々のソロ討伐は成功したものの、所要時間を詰められなかったし、一歩間違えれば生命が吹き飛んでいた。
治癒師のおかげで目も開けられるし、手足も動くが、魔獣の吐いた炎にやられてどこもかしこもひどい状態だったはずだ。
「授業でおっしゃっていましたよね。自分の力量を過信して一人で突っ込んでいくヤツは長生きできないと。ソロ討伐なら多額の報酬と名声が手に入る。そう聞いて挑戦する方が後を絶たないのは存じています。ですが、ヴィー先生はそのようなものに目がくらむタイプではありませんよね。その……、戦闘で定期的に体力をすり減らさなければ悩まされる『ゆらぎ熱』の件が問題でしたら、私たち全員いつでも模擬戦でお相手をいたしますから!」
種族特有の性質や嗜好のようなものに、無遠慮な対応をするのはタブーとされている。
言葉を選びながら、委員長が気にかけてくれる『ゆらぎ熱』とは発情期の狂乱をマイルドに言い換えた表現である。
三角の耳と尻尾を持つハイミアであるヴィユも繁殖本能に煩わされる時期が来るはずなのだが、オーバーワークで体力気力を削っていればそれを回避できるらしい。
自分の発言に失礼なところはなかったか、不安げにこちら窺う才女は、優しく配慮ができている。
「手加減無しにやれるくらい、お前たちが強くなってくれれば俺もうれしいよ。でも、まあ現実的には十数人束になってかかってきてもらわないとな」
入学当初に比べれば皆強くなったし、試験を突破しただけあって才能はある。
けれど実戦経験がヴィユにはまるで及ばない。
魔法応用学担当で戦闘訓練は行わないラザリオを相手にした方がまだ楽しめるだろう。
優れた脚力と柔軟性。
猫の特性を引き継ぐハイミアは、しなやかで美しい戦い方を得意とする戦闘民族だ。
高難度のソロ討伐をこなしてきたヴィユは自分の強さに自信があったし、もう若くはないとは言え、今後数年は現役を続けられると思い込んでいた。
どんなに優秀な治癒師がいても死んでしまった者は蘇らない。ヴィユが生きているのは奇跡のようなものだった。
「ここにみんなから集めた嘆願書があります。わたくしたちはヴィー先生が今後無茶をしないように誓約をしてもらいたいと思っています」
紙の束を見せて、リィンが微笑む。
もう一人のクラス委員コウロギなら、言いくるめてサインを先延ばし出来ただろうが、彼女相手には通用しない。
優しく気高く、怒らせると怖い。それが学園での彼女の総評である。
肉体の再生のために対象者を若返らせる逆行術式。
ヴィユの身体は一時的に目の前の生徒よりも幼く戻ってしまっている。
高額の治療費はともかく、この奥の手は何度も何度も使えない。
次に同じくらいのダメージを受けた時に、この方法が適合しなければ自分で食事を摂ることさえできなくなるだろう。
回復術に長けた仲間を伴う戦いならともかく単独で敵を討つことはもう難しいだろう。
見た目こそはそれほど変わっていないが三十代に入ってから、努力だけでは払拭されない衰えを感じるようになった。
ここらが潮どきなのかもしれない。
年上で落ち着いた雰囲気を持ちながら、どこか子どもみたいな純粋さも残している学園長にヴィユは密かなあこがれを抱いていた。
穏やかな口調や常に動じない彼のことを誰もが慕っていた。深く考えようとしなかっただけで、ほのかな恋心だったかもしれない。
『人生のパートナーが必要かどうかはその人によるんだろうし、君の判断がすべてだとはわかっているよ。でも、一度だけでいいから彼に会ってみないかい?』
ヴィユに求婚したいという奇特な誰かのために尽力する学園長には善意しかなく、淡い気持ちは打ち砕かれた。
伝えるつもりも成就させるつもりもなかったけれど、はじめての恋の終わりはヴィユを胸をしばらくの間しめつけた。
だから、あの話はそのまま忘れるつもりだったのに、相手の気持ちは変わらずヴィユに向いているらしい。
病室に届けられた花や新鮮な果実はその彼からのプレゼントで、添えられたカードには回復を願うメッセージがつづられていた。
誰彼構わず襲いかかって搾り取る獣になってしまうなら、特定のパートナーを作って定期的に交わる方がマシである。
学園長の知り合いなら、似たタイプだろうと同一視はしないが、彼が勧めてくるならヤバい人間ではなさそうである。
同族ならお互いを分かり合える利点はあるものの、欲を溜め込む暇が無いくらい行為を楽しんできた連中と上手くやれる気はしない。
経験を積む機会がないまま、三十代に突入してしまったヴィユは、彼らの眼中にないだろう。
ルーラント・マフルは、ヴィユの教え子の一人ルウェリン・フルジエの親戚で王立史料館の館長を任されているそうだ。
今年で三十六歳になる彼にとって、ルウェリンは甥にあたる。
生徒と血のつながりがある相手では、いずれ深い仲になる際、躊躇するかもしれない。
ルーラントが性急に身体を求めてくるのなら、それを理由にできる。
使えるカードが手元にある状態なら、お試しで付き合ってみるのも悪くない気がした。
退院が許されても、ヴィユの肉体はまだ実年齢まで戻らず、二十歳前後の若さを維持していた。
向こうがどこを気に入ってくれたのは聞いていない。若返った身体の方が、抱き心地はよいはずだ。
生徒より若くなると未成年となり、相手だって困惑するだろうが、今くらいの姿なら事態を喜んでくれるかもしれない。
そんな風に考えて顔合わせの場を設けてもらったのに、ルーラントという男は逆行術式を使う事態だったことに気づき、自分の想像力の欠如を嘆いた。
「学園長から連絡をもらって浮かれている場合ではありませんでしたね。あなたの療養期間が短かったことを素直に喜んでしまいました」
容姿はルウェリンをそのまま大人にしたような感じなのに、言動が彼と異なるせいか教師としての良心は痛まなかった。
定期的なセックスの相手を見繕うだけだと割り切っていたのに、紳士的な対応をされてしまうと何だか面はゆい。
色味の薄い金の髪は長く、紺のリボンで綺麗に束ねられてる。
薄青色の瞳は優しい色味で、彼の本質を表している気がした。
31
あなたにおすすめの小説
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
嫌われ将軍(おっさん)ですがなぜか年下の美形騎士が離してくれない
天岸 あおい
BL
第12回BL大賞・奨励賞を受賞しました(旧タイトル『嫌われ将軍、実は傾国の愛されおっさんでした』)。そして12月に新タイトルで書籍が発売されます。
「ガイ・デオタード将軍、そなたに邪竜討伐の任を与える。我が命を果たすまで、この国に戻ることは許さぬ」
――新王から事実上の追放を受けたガイ。
副官を始め、部下たちも冷ややかな態度。
ずっと感じていたが、自分は嫌われていたのだと悟りながらガイは王命を受け、邪竜討伐の旅に出る。
その際、一人の若き青年エリクがガイのお供を申し出る。
兵を辞めてまで英雄を手伝いたいというエリクに野心があるように感じつつ、ガイはエリクを連れて旅立つ。
エリクの野心も、新王の冷遇も、部下たちの冷ややかさも、すべてはガイへの愛だと知らずに――
筋肉おっさん受け好きに捧げる、実は愛されおっさん冒険譚。
※12/1ごろから書籍化記念の番外編を連載予定。二人と一匹のハイテンションラブな後日談です。
騎士様、お菓子でなんとか勘弁してください
東院さち
BL
ラズは城で仕える下級使用人の一人だ。竜を追い払った騎士団がもどってきた祝賀会のために少ない魔力を駆使して仕事をしていた。
突然襲ってきた魔力枯渇による具合の悪いところをその英雄の一人が助けてくれた。魔力を分け与えるためにキスされて、お礼にラズの作ったクッキーを欲しがる変わり者の団長と、やはりお菓子に目のない副団長の二人はラズのお菓子を目的に騎士団に勧誘する。
貴族を嫌うラズだったが、恩人二人にせっせとお菓子を作るはめになった。
お菓子が目的だったと思っていたけれど、それだけではないらしい。
やがて二人はラズにとってかけがえのない人になっていく。のかもしれない。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる