頼ってください!と教え子たちがうるさいので、ソロ討伐を引退した俺をもらってくれる奇特な誰かがいるそうです

波乃宮

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都合の良い求婚者

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「ヴィー先生、ご自分をもっと大切にしてください。私たち、ずっと先生の目が覚めるのを待って……」
 
 涙ぐみながら皆の総意を代弁してくれるクラス委員長リィン・ジゼルに反論することは出来なかった。
 教師たるもの、教え子たちからの切なる願いを軽く扱うわけにはいかない。
 
 ヴィユ・ヴィンバウムにとって、教職は期間限定の副業のはずだった。
 調子のいい親友に人材不足だからと連れてこられたルザルア魔法学園で教鞭をとってから早3年。
 単独で魔獣を仕留めるソロ討伐で稼いできた額と比べれば、月々の給金はささやかである。
 それでも安定感は半端ないし、やりがいを見つけることもできた。
 
『辞めちまえよ。ソロ討伐なんて無茶やらなくても贅沢しなけりゃ暮らしていける。貯め込んでた金だって使ってないんだろ』

 ルザルア魔法学園の教師としての任期は十年以上。
 新しい生き方を示してくれた親友ラザリオは、ヴィユに刹那的な生き方をしてくれるなと度々説教を始める優しい男だった。

 久々のソロ討伐は成功したものの、所要時間を詰められなかったし、一歩間違えれば生命が吹き飛んでいた。
 治癒師のおかげで目も開けられるし、手足も動くが、魔獣の吐いた炎にやられてどこもかしこもひどい状態だったはずだ。
 
「授業でおっしゃっていましたよね。自分の力量を過信して一人で突っ込んでいくヤツは長生きできないと。ソロ討伐なら多額の報酬と名声が手に入る。そう聞いて挑戦する方が後を絶たないのは存じています。ですが、ヴィー先生はそのようなものに目がくらむタイプではありませんよね。その……、戦闘で定期的に体力をすり減らさなければ悩まされる『ゆらぎ熱』の件が問題でしたら、私たち全員いつでも模擬戦でお相手をいたしますから!」

 種族特有の性質や嗜好のようなものに、無遠慮な対応をするのはタブーとされている。
 言葉を選びながら、委員長が気にかけてくれる『ゆらぎ熱』とは発情期の狂乱をマイルドに言い換えた表現である。
 
 三角の耳と尻尾を持つハイミアであるヴィユも繁殖本能に煩わされる時期が来るはずなのだが、オーバーワークで体力気力を削っていればそれを回避できるらしい。

 自分の発言に失礼なところはなかったか、不安げにこちら窺う才女は、優しく配慮ができている。

「手加減無しにやれるくらい、お前たちが強くなってくれれば俺もうれしいよ。でも、まあ現実的には十数人束になってかかってきてもらわないとな」

 入学当初に比べれば皆強くなったし、試験を突破しただけあって才能はある。
 けれど実戦経験がヴィユにはまるで及ばない。
 魔法応用学担当で戦闘訓練は行わないラザリオを相手にした方がまだ楽しめるだろう。
 
 優れた脚力と柔軟性。
 猫の特性を引き継ぐハイミアは、しなやかで美しい戦い方を得意とする戦闘民族だ。
 高難度のソロ討伐をこなしてきたヴィユは自分の強さに自信があったし、もう若くはないとは言え、今後数年は現役を続けられると思い込んでいた。

 どんなに優秀な治癒師がいても死んでしまった者は蘇らない。ヴィユが生きているのは奇跡のようなものだった。

「ここにみんなから集めた嘆願書があります。わたくしたちはヴィー先生が今後無茶をしないように誓約をしてもらいたいと思っています」

 紙の束を見せて、リィンが微笑む。
 もう一人のクラス委員コウロギなら、言いくるめてサインを先延ばし出来ただろうが、彼女相手には通用しない。
 優しく気高く、怒らせると怖い。それが学園での彼女の総評である。

 肉体の再生のために対象者を若返らせる逆行術式。
 ヴィユの身体は一時的に目の前の生徒よりも幼く戻ってしまっている。
 高額の治療費はともかく、この奥の手は何度も何度も使えない。
 次に同じくらいのダメージを受けた時に、この方法が適合しなければ自分で食事を摂ることさえできなくなるだろう。
 
 回復術に長けた仲間を伴う戦いならともかく単独で敵を討つことはもう難しいだろう。
 見た目こそはそれほど変わっていないが三十代に入ってから、努力だけでは払拭されない衰えを感じるようになった。
 ここらが潮どきなのかもしれない。

 年上で落ち着いた雰囲気を持ちながら、どこか子どもみたいな純粋さも残している学園長にヴィユは密かなあこがれを抱いていた。
 穏やかな口調や常に動じない彼のことを誰もが慕っていた。深く考えようとしなかっただけで、ほのかな恋心だったかもしれない。

『人生のパートナーが必要かどうかはその人によるんだろうし、君の判断がすべてだとはわかっているよ。でも、一度だけでいいから彼に会ってみないかい?』

 ヴィユに求婚したいという奇特な誰かのために尽力する学園長には善意しかなく、淡い気持ちは打ち砕かれた。
 伝えるつもりも成就させるつもりもなかったけれど、はじめての恋の終わりはヴィユを胸をしばらくの間しめつけた。

 だから、あの話はそのまま忘れるつもりだったのに、相手の気持ちは変わらずヴィユに向いているらしい。
 病室に届けられた花や新鮮な果実はその彼からのプレゼントで、添えられたカードには回復を願うメッセージがつづられていた。

 誰彼構わず襲いかかって搾り取る獣になってしまうなら、特定のパートナーを作って定期的に交わる方がマシである。
 学園長の知り合いなら、似たタイプだろうと同一視はしないが、彼が勧めてくるならヤバい人間ではなさそうである。

 同族ならお互いを分かり合える利点はあるものの、欲を溜め込む暇が無いくらい行為を楽しんできた連中と上手くやれる気はしない。
 経験を積む機会がないまま、三十代に突入してしまったヴィユは、彼らの眼中にないだろう。

 ルーラント・マフルは、ヴィユの教え子の一人ルウェリン・フルジエの親戚で王立史料館の館長を任されているそうだ。
 今年で三十六歳になる彼にとって、ルウェリンは甥にあたる。
 生徒と血のつながりがある相手では、いずれ深い仲になる際、躊躇するかもしれない。
 ルーラントが性急に身体を求めてくるのなら、それを理由にできる。
 使えるカードが手元にある状態なら、お試しで付き合ってみるのも悪くない気がした。

 退院が許されても、ヴィユの肉体はまだ実年齢まで戻らず、二十歳前後の若さを維持していた。
 向こうがどこを気に入ってくれたのは聞いていない。若返った身体の方が、抱き心地はよいはずだ。
 生徒より若くなると未成年となり、相手だって困惑するだろうが、今くらいの姿なら事態を喜んでくれるかもしれない。

 そんな風に考えて顔合わせの場を設けてもらったのに、ルーラントという男は逆行術式を使う事態だったことに気づき、自分の想像力の欠如を嘆いた。

「学園長から連絡をもらって浮かれている場合ではありませんでしたね。あなたの療養期間が短かったことを素直に喜んでしまいました」

 容姿はルウェリンをそのまま大人にしたような感じなのに、言動が彼と異なるせいか教師としての良心は痛まなかった。
 定期的なセックスの相手を見繕うだけだと割り切っていたのに、紳士的な対応をされてしまうと何だか面はゆい。

 色味の薄い金の髪は長く、紺のリボンで綺麗に束ねられてる。
 薄青色の瞳は優しい色味で、彼の本質を表している気がした。

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