頼ってください!と教え子たちがうるさいので、ソロ討伐を引退した俺をもらってくれる奇特な誰かがいるそうです

波乃宮

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学園では教えていない恋のこと

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 同性の友人や同僚たちと飲食を共にする機会は、これまでも数え切れないほどあった。
 対人スキルが高い親友には敵わないが、ヴィユだって人付き合いの基本くらいは身についている。

 ハイミアは、どんなに食べても脂肪として残らない。それは、狩猟のために引き継がれてきた形質のひとつと言われている。
 
 引き締まった腰とすべらかな肌。踊り子のような身体が人間には蠱惑的に見えるらしい。
 甘い声で啼いてくれるなら、夜が明けるまで楽しませてやるよ。そんな風に興味本位で誘われることが二十代の頃は多かった。

 獣のように発情期がある種族への偏見が完全になくなることはない。
 露出を控えた服装や相手に媚びない態度は護身術と同じだった。
 簡単に身を許すつもりはないけれど、群がってくる虫を追い払うために、若い頃のヴィユは虚勢を張るしかなかった。

 好意が持ってくれた男と2人きりで食事をするなんて初めてのことだ。

『本気にしたのかよ? お前みたいに可愛げのないのは、顔が良くてもごめんだね』

 断られて悪態をつく男はまだいい方である。
 眠り薬や魔法による麻痺で別の場所に連れて行かれそうになったことも一回や二回ではない。
 彼らは普通の青年に見えたし、誘い方だってありきたりなものだった。

 世話焼きの親友と心配性な同僚がいてくれなかったら、持ち帰られてひどい目にあっていただろう。
 人を信用しちゃダメだ。と重ねて説教をしてくれたふたりのおかげで、ヴィユの貞操は今のところ守られている。
 
 戦闘において相手の行動が先読みできるくらいヴィユの感覚は鋭い。
 自分の直感を信じるなら、ルーラントはパートナーとして最適な相手だし、学園長が紹介する人物に胡散臭い経歴はないだろう。
 だから、顔合わせの時に約束した今夜の食事会の件は彼らに報告していなかった。
 
 あの日、時間があるなら昼食を一緒にどうですかと声をかけたが、向こうには予定が詰まっていた。
 館長という立場は色々大変なのかもしれない。
 日を改めて話をしたいですとヴィユから誘うと、ルーラントは喜びで目を輝かせた。
 年上の男性に可愛いなんて思うのは失礼かもしれないが、ヴィユの言葉ひとつに過剰な反応を見せるから仕方ない。
 
 彼の甥ルウェリンは、貴族の子女たちが通うオーヴァン王立学院からルザルアの専科へ特別編入してきた生徒で、ヴィユの担当クラスの子たちより年上の二十歳である。

 年下に囲まれていると落ち着いて見えるし、状況判断が適確なので周りから頼られているが、ルーラントと比べるとまだまだお子様で余裕が感じられない。
 本人に伝えたら、数年後にはひっくり返しますよと嫌そうな顔で宣言するだろう。
 
 綺麗な顔と上品な所作。
 この学園にはあまりいないタイプだったせいか、彼はとにかく敵を作り、諍いの目となった。
 けれど、問題児扱いされたのは最初のうちだけで、彼は自分に対するくだらない先入観をひとつひとつ行動で打ち消してみせた。
 今では学園で屈指の人気者である。

 
『ルウェリンの将来を思うなら、気を持たせるようなことはしてやるな』

 親友からの助言は、いつも正しくて胸を貫く。
 他の生徒ほど年が離れていないという言い訳は通用しない。
 一人の生徒に情をかけ、特別扱いすることは許されなかった。
 
 ルウェリンは気持ちを言葉にはしなかったし、ヴィユだってつけ込む隙は与えないよう心がけている。
 それでも緊張感のただよう関係は、学園長の目をごまかせなかった。
 事実確認に呼ばれたヴィユは、自分たちの正当性を彼に告げる。

『教師に向けるあこがれや好意は一過性のものでしょう。俺は生徒をむやみに傷つけたくないだけです。賭けてもいいですが、彼は卒業より前に、俺のことなんかどうだってよくなりますよ』
 
『君はそうかもしれないが、あの子は真剣に恋をしてる』
 
『青春の一ページに俺がほんの少し入り込むだけです。具体的に何かを求められてもないのに、拒絶する方が罪深いと思いませんか?』

 のらりくらりと返答をしたのは、ささげられた思いが不快なものではなかったからだ。
 会ってすぐ快楽のみを求めてきた下衆とはまるで違う。
 ふわふわしたメレンゲみたいな恋心は、口にふくまなくても甘い匂いを放つ。
 それが近くに存在しているだけで、ヴィユは満たされていた。
 
「ルーラントさん、今日は時間をあけていただいて、ありがとうございます」

 学園長のような包容力とルウェリンとよく似た容姿。
 代役として、これほど理想的な相手はいな
い。
 専攻科を卒業するまで後1年。
 気持ちがそこまで続いたとしても貴族の嫡子が同性の異種族と交際するなんて、家族が許すはずもない。

 うまくいかないなら、手を伸ばすべきじゃない。
 
 討伐でやらかして意識を失う前、庇護すべき相手を諭さず、彼の純粋さを楽しんでいた自分を外側から見た。
 醜悪で、利己的で、とても汚い。
 だから、もう彼を解き放つと決めたのだ。

「どうして、俺なんかを気に入ってくれたんですか?」
 
「ちょっと用があってルザルアに立ち寄った時、君を見かけたんだ。数人の生徒と模擬戦をしている楽しそうな様子に目を奪われてしまってね」
 
「お行儀の良い騎士みたいな戦術なんて習ったことないんです。あなたにはそれが新鮮に見えたんでしょう。でも、意外でした。ソロ討伐をしてる俺ではなく、教師をしてる俺がいいなんて……」

 血縁者は骨格レベルからよく似ている。
 肉体強化や緊急時の体力維持を目的とした成長の魔法は、古くから研究されてきた。
 実用化には至っていないが、最近その分野に動きがあったと聞いている。

「にぎやかな場所ですが、ルーラントさんは大丈夫でしたか? かしこまったレストランより、こっちの方が俺には馴染み深いので勝手に予約を入れてしまいました」
 
「さっきからおいしそうな匂いがしてるのに、ここまで来て楽しまないなんて勿体ない。君と向かい合って食事を楽しめるならどこだって最高だよ」

 ふわっと気の抜けた笑い方は大人のそれで、ルウェリンとは違う。
 彼はヴィユに対して、いつも余裕がなく思い悩んでいるようだった。

 
「ルーラントさんにそう言ってもらえると俺もうれしいです」

 誰かに見られて冷やかされることはあっても、この関係をとがめられることはない。
 教師としての責任感を苛まない恋なら、試してみてもいいのだろう。
 可能なら、本来の年齢に身体が戻ってしまう前にこ仮初の若さを堪能してもらいたい。
 それは、彼に対する申し訳なさから生まれる感情だという自覚はまだなかった。

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