虜囚 〜セイレーンの家後日談〜

まへばらよし

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卓朗君も柊子さんも今は悩んでいません

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 柊子はかつて、ミニマリストさながらの生活をしていた。美しいもの、可愛らしいもの、心を揺さぶるものを手にするのが怖かったからだ。
 愛着があるものは、いつか消えてしまう。それでも、一緒に過ごした記憶は、柊子が忘れなければいい。
 そう思えるようになってから、柊子は徐々に、好きなものを手元に置くようになった。アクセサリーや、ぬいぐるみや、鮮やかな絵はがき、色々なもの。
 心を華やかにしてくれる、繊細な下着もそうだった。これまでは無味乾燥なものを使っていたが、卓朗が柊子の呪縛を解いてくれてから、柊子は美しいデザインの下着に興味を持ち、それを身に着けるようになった。
 今、卓朗が熱心に見ているのはそれだ。
「……もったいない」
「え?」
「脱がすのが、勿体ない」
 クレマチスをモチーフにした、クリーム色の地に青い花が咲いているセットの下着を、卓朗は触れずにまだ見つめている。
「気に入ってくれたなら、また身に着けるわ」
「え」
 何故か、意表を突かれたように、卓朗は意外だとニュアンスの入った反応をした。
「だから、脱がして」
 しばらくして、やっと柊子の言葉を理解したようで、卓朗はふっと笑った。半身を起こしている柊子の背に手を回し、卓朗はブラのホックを外した。開放感と、これから始まることへの期待で、柊子は口元を綻ばせた。
 うなじに挿し入れられた手は強く、簡単に柊子の頭が固定される。首筋には触れるだけの口付けを何度も受け、現れた乳房はきつく吸われた。痕が残るかもしれない。それを後日、着替えや入浴の際に見つけ、蜜のような時間があったことを反芻する。最近の、柊子のお気に入りの秘めたひとときを、卓朗が知っているかどうかは分からない。卓朗は、二人にしか分からない場所に印を残し、柊子もそれを喜んで受け入れているから、敢えてしているのかもしれない。
 胸の先を舐められ転がされ、柊子は掠れた声を漏らした。
 卓朗は柊子の左足を挟むように、体を重ねている。彼の昂ぶりは、二人のからだのあいだで挟まれて、なおどくどくと鼓動を刻んでいる。
「たくろうさん……」
「なに?」
「私、下着を……ショーツも脱ぎたい、……その、……前に」
 どう表現したらいいのか。はっきりと濡らしてしまう前に、と言うのは恥ずかしい。ふさわしい婉曲表現をひねり出せずにいると、卓朗が柊子の下着を片手でずらした。するすると手触りのいい下着が脱がされていく。柊子の膝まで下ろされたとき、卓朗は口角を上げた。
「間に合わなかったみたいだ」
 柊子が何を心配していたのか、卓朗に知られてしまった。柊子は眉尻を落とした。
「はずかしい……」
 ショーツはブラの上に落とされた。
「柊子」
 耳に届いたくぐもった声と、息、触れた彼の唇、その全てが、柊子を狂わせていく。
 魚のように跳ねたからだの反動に乗って、柊子のからだは開かれた。脇腹をつうと指で撫でられ、反ったからだの、下腹に、卓朗の手が伸びる。茂みから陰核を探し出し、撫でられ、柊子は息を上げながらシーツを掴んだ。
「……あ」
 卓朗がゆっくり、腰を進めてきた。柊子のなかに、少しずつ、確実に。彼を欲し餓えていた場所が、彼の存在で満たされていく。
「あ……あ、あっ……」
 卓朗の動きが止まった。荒い息を繰り返し、時々、息を飲んで、大きく吐いている。卓朗の息使いの音、それだけで十分、柊子を善がらせる。
 彼の僅かな動きも、繋がった場所を通し、柊子にも伝わった。
 卓朗が膝を立てようとしている。柊子も、卓朗の手にいだかれ支えられながら同じように膝をついた。卓朗は柊子の背に手を回し、からだを持ち上げ、柊子を抱きしめた。
 卓朗はしばらく、柊子のお尻を弄ぶことを楽しんでいた。柊子は夫のからだに腕を回し、ぴたりとくっついている。乳房が、卓朗と合わせた固い胸板に押され形を変えている。ツンと立ち上がった、胸の赤い蕾も押さえられ、体内からジワジワとせり上がってくる感覚がした。
「……ンッ」
 寄せる波が際を越えた。柊子のしなる内腔はさらに敏感になり、卓朗の存在を鮮明にさせる。卓朗は柊子の衝動が落ち着くまで、妻のからだを抱きしめていた。
 波が小さくなった。からだに力が入らない。柊子はくたりと卓朗にもたれかかっていたが、彼はまだ固いまま、柊子のなかにいる。卓朗がゆっくり、柊子を抱きしめた格好でベッドに伏せた。だんだんと繋がりが浅くなっていく。柊子の中で去っていた波がまた、徐々に大きくなっていくのを、肢体の隅々で感じた。
 柊子がベッドに完全に背を預けると、二人の繋がりは解けてしまった。卓朗は柊子の足を開き、もう一度、柊子の秘裂を割って侵入した。
 柊子が快感に背を反らせ、さらに奥深くまで卓朗が潜る。うっすら、目を開けると、卓朗と視線が合った。卓朗は柊子の肩の外側に肘をついて、じっと柊子を見つめている。何かの合図を待っているように感じた。柊子は両腕を伸ばし、卓朗の首と肩に手を回し、彼を抱きしめた。
「あ……い」
 伝えたいことが言葉にできない。それでも、伝わったのだろうか。
 柊子は一度、ぎゅっと抱きしめられた。腕を離されたのち、彼はもう一度、柊子の両肩の外に肘をついた。
 私を捕らえる、檻のよう。
 快楽を覚えた柊子のからだは、卓朗の欲共々に昇華を促そうとしている。彼は強くなった締め付けに抗いたいのか、自らの肉欲の証にさらに血を送る。
 卓朗は動き出した。腰を進め、引く、その繰り返しが激しくなり、柊子が再び越えたとき、卓朗も同じく、柊子の中で光白の世界を見た。


 私は怪物。
 浮世から異端とされた怪物だ。だから囚われた。だが望んで囚われた。捕らえた相手が、己の希望だったから。
 今、愛している男の、腕の中という檻に囲われ、彼の軛で繋がれている。
 そうした監禁を喜んで受ける。一生、このままでいいとさえ望む。
 私は怪物。隔離を望み、外部を拒み、囚われていたい怪物。


「うあ。ごめん」
 息が整ったころ、卓朗はおもむろに柊子に謝った。
「なにが?」
「アレを使わなかった」
 避妊具のことだ。柊子は微笑んだ。
「明日は日曜だから、大丈夫」
 卓朗は柊子が妊娠できないにもかかわらず、情事の際に避妊具を使おうとする。二人のあいだにあった壁が消え、頻繁に愛を交わすようになっても、卓朗はそれを用意していた。その意味が分からず理由を尋ねると、彼も「自分も使わずに行為に及んだことがないから分からない」と前置きした。実際にどうなるのか、やったほうがお互い分かりやすいかと彼は言い、その日、二人は初めて何も介さず夜を共にした。卓朗が配慮してくれていた理由は翌日に知れた。
 今、二人は卓朗のベッドの上で、向かい合って横になっている。申し訳程度に薄い掛布を纏っているが、慎みを保てているとは言えない。
 卓朗は片手で頬杖をついて横になっていて、柊子は仰向けで、彼をほんの少し見上げている状態だ。
「避妊具を使わない方が、男の人は気持ちがいいって何かで読んだことがあるけど」
「専門書か論文でなく、フィクションの創作か、ネットに転がっている都市伝説みたいなやつだろう? 少なくとも俺はそこまで繊細なイチモツを持ち合わせていない。俺もゴムを使わないでセックスをした相手は柊子しかいないけど、あろうがなかろうが、どっちも事の最中は理性がないから、事後に気持ちよさの数値化をしてくれと言われても無理だ。フィクションでのそれなら好きに解釈すればいいと思うけど、現実でそれが正しいと主張したいなら根拠を出せと俺は言いたい」
 直で性交するほうが気持ちいいと言うなら、その数値化を定義してからデータを抽出すべきだと、卓朗はのたまった。いつもより雄弁だと柊子が驚いていると、卓朗はそのあと、ふと視線を上にした。
「性交時にゴムのあるなしで脳内の物質に変化が出たとか、脳の一部の反応に変化が出たとか。そういう論文が出たら、俺も含めて世界中の男は読むだろうけどな」
 主語が大きいうえ、偏っている。多分、一部の女性も読んでみたいだろう。現に柊子もそんな論文があるなら読んでみたい。
「できるの?」
「紹介した俺の友人の一人に神経外科が専門の奴がいただろう。そいつなら何かしらやってくれそうな気もする」
 確かにいたが、神経外科医への期待値の方向性の違いで交渉は成立しなさそうだ。
 ピロートークに相応しい内容かどうかは分からないものの、柊子はくすくすと笑った。
「柊子は正面から抱かれるのが好き?」
 唐突に正しい(?)事後の話を持ち出され、柊子は目を見張った。
「え」
「好き?」
「ど、どうか、しら」
 柊子の狼狽え方で、卓朗に伝わったようだ。
「いろんな体位をやってみたけど、柊子がいくのは俺と向かい合っているときが今のところ一番多い」
「データを取っているの!?」
「ああ。俺は自分のアレが繊細か否かより、柊子が何を気に入っているかをはっきり知りたい」
 卓朗はもしかして、情事の翌朝に「正」の字で回数を記録していたりするのだろうか。それが記録できるなら、避妊具の有り無しの差分も記録できそうな気もするが、男性の生理は分からないので言及はやめよう。
「好き?」
 卓朗は柊子の足に自分の腿を乗せ、さりげなく柊子の逃げ場を狭くした。
「……すき。卓朗さんに、囚われたみたいになるから」
 卓朗はニヤニヤ笑っていたが、その笑みを消し、目を見張った。
「え……え?」
「卓朗さんに組伏されて、……卓朗さんという檻の中で、……あなたが、私の中に入ったとき、私は卓朗さんの……軛で繋がれてる怪物みたいで、でもここにいてあなたに繋がれていることが大好きな、私は、どうしようもない怪物なんだけど」
 柊子は目を閉じた。言葉にしたら余計に意味が分からなくなってしまったし、多分卓朗は引いた……と思ったのだが
「柊子は怪物でなくて、……ええと、ああ、アレだ。精霊」
 セイレイ?
「せいれいって……なに? あ、生き霊?」
「そっちじゃない。水とか木とか、ファンタジーの物語に出てきそうな方の精霊」
 柊子の脳内には?のマークが沢山並んだ。卓朗の表現の根拠が分からないのに、柊子の与太話そのものは伝わっているようなのが、不思議でならない。
 卓朗を見上げた柊子に対して、卓朗は少々ながらバツの悪そうな顔をして、柊子から視線を逸らせた。
「それにしても、なんというか……すごい表現をするんだな」
 ただ、まあ……と、場つなぎの言葉を足した。
「俺は俺で、水の精をこの家の中だけで捕らえていたい、と思うときはある」
「……はあ」
 間抜けにも柊子は、卓朗が他ならぬ柊子のことを指して言っていると気付かず、ぽかんと夫を見上げた。志穂が見ていたら「松井先生が哀れにもほどがある」と嘆いたろう。
 卓朗は頬杖を解き、首を下げ、柊子にちょいと可愛らしい口付けをした。
「もう一回、いい?」
「え、は、……で、でも、卓朗さん、出張から帰ったばかりで……」
「午後はほとんど寝かせてもらえたから、俺は今、頭がガンガンに冴えてる。もう一回激しい運動をさせてくれたほうが、時差ボケを治すにも有難い」
「そういうことなら……はい」
「俺を気遣って肯定してないか?」
 卓朗は、やや厳しい顔をしていた。
「俺は柊子に無理強いをしたくない」
 柊子は、卓朗の両頬に手を添え、さらに背中に滑らせ、彼を抱きしめた。
「卓朗さんのいない二週間、あなたが恋しくて泣いたの……一度だけだけれど」
「……うん」
「恋しくて空いちゃったところを、卓朗さんに埋めてほしい」
 柊子の願いはまず、甘い口付けから開始された。
「柊子の下着」
 卓朗は口付けの合間に熱っぽく囁く。
「メーカーと商品一覧を俺にも見せてくれ。もちろん俺が買うから」

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