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第二章 動き出す
師匠と姉弟子
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弟子二人が帰ってこない。
日はもう暮れ始め、キリコは扉の前をウロウロとさ迷っている。カリアは椅子に腰掛け外を見ていた。
キリコは不安げにカリアに言う。
「ねぇ、やっぱりこんな日が落ちたのに帰ってこないのはおかしくない?何かあったんじゃない?」
「……うん。ライハはともかくアウソはサグラマに何回も来ている。いくらアウソが軽い方向音痴気味といっても何かあれば人に助けを求めて連絡くらいはしてくるはずよ」
「そうよね、どうしよう。サグラマだったらと思ってアウソに任せたけど、何か想定外の事が起きたのかしら…」
アウソはカリアの弟子になって3年だが、それよりも前からキリコと一緒に付いて回っていた。キリコのついでにとアウソも鍛えていたから余程の事がない限りはやられるはずはない。だが、それでもただの人間。魔法や不意討ちでやられてしまうこともある。
暫《しば》し考えてカリアが立ち上がった。
「取り合えずギルドに行くよ。何か情報があるかもしれない」
宿の人に万が一の為にとお金を払いギルドへと向かう。
ギルドは日が沈み、二刻(約2時間)もしない内に閉まってしまう。しかも今は豊作祭真っ只中だ、職員の気分次第では一刻以内に閉まる可能性もある。間に合ってくれと祈りながら二人は走った。
「はい、確かお二人はとある人物の居場所を探しておられました」
何とか閉まる前にギルドへ辿り着き職員から二人の情報を聞き出すことが出来た。
「その人の居場所を知りたいのです」
そう言ってカリアはその職員にライハ達に所属照明印とお金が入っている小袋を手渡した。
「緊急なんです。私、カリア個人として、お願いします」
真剣にカリアが職員に頼み込む。
職員と客の立場としては、他人の情報を大量に手渡すことは違反になる。だが、個人としてのお願い、それに伴う労力としての報酬を払うことによって、その行為は個人の取引として処理されるのだ。
ただ、それは双方の合意によって為されるものだ。
カリアはお金を職員が受け取る事を願った。
「………」
職員はカリアと机に置かれた物を見詰め、チラリと目で周りを確認してから自然な動作で印板を手に取りながら小袋を袖の中へと仕舞い込んだ。
「分かりました。ギルド職員ではなく、私、ショーン個人として貴女のお願いを受けます。少しお待ちください」
そうして職員は一旦後ろへと下がって何かを探し始めた。
ーーニャー……
「!」
どこからか聞き覚えのある鳴き声がする。
キリコがその声を追ってギルドの外へと出てみると、壁と壁の間から、ライハの黒猫がヨロヨロとした足取りで出てきた。
「お前、ねこか!師匠!ライハのねこが!!」
キリコがねこを抱き抱え辺りを見渡すが、ライハの気配もアウソの気配も無い。
「ん?」
微かな甘い臭いがする。キリコが猫の体から漂う臭いに気付き、記憶を巡らせると昔嗅いだことのある臭いだと思い出した。
迫る巨大な爪に、煌めく短剣が赤く染まっていく光景。幼い頃、鷲の爪で見世物にされていた記憶が甦り、思わず眉間にシワがよった。
「師匠、ねこから眠り香の臭いがする。あいつらにやられたのかも知れない」
「くそ、やっぱりあの時徹底的に潰しておけばよかったよ。ショーン、最近このサグラマの中で人が消えていないですか?」
「お待たせしました。行方不明者ですか?そうですね、豊作祭《ハーレーン》の少し前辺りから10件ほど捜索届が出ていますね」
やはり、とカリアは思った。
最近、鷲ノ爪の動きが活発だと、ユラユで遭遇した仲間に聞いた。拐われる人数がジワジワと増え始め、今までは村人や浮浪者、孤児、単独の冒険者が主で、パーティ所属の人を襲うのも極少数だった。それは報復許可が国から下りるからだ。
見境がなくなっているとしか思えない。
「ショーン、ギルドに捜索申請と、後、念の為に報復許可を頂きたいのですが、間に合いますか?」
「うーん、それは個人としての頼みなら高く付きますよ?」
「構いません。二月分のマヌムンや希少価値の素材を無償でギルドに賞与します。と、伝えて頂きませんか?」
「二月分……、分かりました。何とか連絡をつけて説得します。ではこちら、探されていた人物の居場所と分かる範囲の情報です。こちらにはどれ程で戻られますか?」
「三刻以内には」
「分かりました。それまでに。では、行ってらっしゃいませ」
職員の資料を元にリベルターを探す。
だが、指定されている場所が場所の為に普通に行ったんでは時間が掛かりすぎる。
「魔法屋、いや、占い屋?このリベルターって人情報があまり無いわね、流れ者なのかしら」
「さあ、でもリベルターがその関係で少し助かったよ。力のある人なら助けになってくれるかもしれない」
「そうね、そう願うわ」
二人は塀を踏みつけ高く跳び、屋根へと着地するとそのまま駆けていく。日はもう完全に沈み月が顔を出していた。
キリコの腕の中で猫が苦し気に呼吸をしていた。眠り香は動物や獣人等の鼻の良く利くものには辛いものだ。鼻が利く分遠くからでもその臭いを嗅ぎ取り強烈な眠気を誘う。だが、眠るという行為は自分の隙を見せるという行為であり、獣人は特にその眠気に抵抗する。抵抗すればするほど頭の痛みは増す一方だ。
「ウ"ーー…」
この猫は動物だが、よく耐えていた。本当はすぐにでも意識を手放したいだろうに。
キリコもこの臭いは辛いものがあるが、慣れと半竜人特有の魔力の強さで何とか相殺しているだけに過ぎない。
「もうそろそろよ」
資料にある店の目印を見付け屋根から飛び降りると、リベルターらしき女性が資料にある目印の店の前にいて、道に下りたカリア達を真っ直ぐ見ていた。
女性はキリコの抱えた猫を見て、「あー、忠告したのに…」と言った。ということはやはりこの女性がリベルターなのだろう。
「貴女がリベルター?」
「そうよ。そして、もしや貴女達は黒髪の子と茶髪の子と繋がりのある人かしら」
「師匠と、姉弟子です」
これは話が早そうだとカリアが思った。
「ねこ?」
猫がキリコの腕の中から飛び出す。猫はリベルターの元へヨロヨロしながらも歩いていき、リベルターを見上げて「ニャー」と鳴くと、頭を下げた。
今まで見たことの無い猫の行動に驚く二人とは対照的に、リベルターは柔らかく微笑んでしゃがみ、猫の頭を一撫でした。
「ええ、良いわ。じゃあ一つ貸しにしてあげる」
「?」
猫の頭に手を乗せ、リベルターが目をつぶる。
ふわりと周囲から冷たい風が起こり、魔力が風と共に猫へと集まっているのが分かる。
風がおさまりリベルターが目を開けると、心なしか猫の毛艶が良くなっていた。
「ついでにこれも貸してあげるわ。無くしちゃダメよ」
リベルターは自身の腕から金の腕輪を取ると、猫の首に嵌めてやった。そうしてからようやくリベルターが立ち上がりカリアへと向き直った。
「リベルター、貴女は占いをしていると聞きました」
「分かってるわ、二人の情報を知りたいのね。金ではなく対価が要るけど良いかしら?」
「構いません」
「分かったわ」
リベルターは目をつぶり、息を吸ってから目を開ける。瞳が漆黒に水色のラメを散らした不思議な色彩に変わっていた。
「…………、檻の馬車、朱麗馬が四頭。小兎の女が筆頭。印は無いわね。単独の拐い屋なのかしら。色んな種類の人が眠らされてる。森のなかを進んでいるけど、サグラマの外ね、どうやって出たのかしら」
「二人の怪我とかは大丈夫?」
キリコが心配そうに訊ねた。
「今のところは、ん?でも茶髪の方が小さい火傷の跡があるわ。火で負ったわけじゃない、電気?取り合えず森の中を隠れるようにして月が出ている方向に進んでいるわ。今の私に見えるのはこれくらいね…」
カリアとキリコが月の位置を確認した。東の方向。朱麗馬がいるならば早く駿馬を飛ばさなければ見失ってしまう。
リベルターがもう一度目を閉じ、開けたときには瞳は元の色彩へと戻っていた。
「十分よ、グルァシアス。対価はどうすれば」
「そうねぇ」
リベルターは顎に手を当てカリアをじっと見つめると、「あっ」と声をあげてカリアの頭を指差した。
「対価はその髪飾りよ」
カリアの髪を高く結い上げた紐と一緒に付いている御守りだと細かく装飾がなされた小さな髪飾り。リベルターはそれを指差していた。
「これですか。わかりました」
この髪飾りはカリアの師匠から贈られた大切なものだったが、致し方無い。髪飾りを取り、リベルターに手渡した。
「確かに。ああ、そうそう。多分あの馬車は途中道を変える可能性があるけど、こっちには切り札があるから馬車の行方は気にしなくて良いわよ」
「どういう事ですか?」
リベルターは足元で毛繕いをしている猫を抱き抱えカリアへと手渡す。
「あとは、この子が道を教えてくれるわ」
日はもう暮れ始め、キリコは扉の前をウロウロとさ迷っている。カリアは椅子に腰掛け外を見ていた。
キリコは不安げにカリアに言う。
「ねぇ、やっぱりこんな日が落ちたのに帰ってこないのはおかしくない?何かあったんじゃない?」
「……うん。ライハはともかくアウソはサグラマに何回も来ている。いくらアウソが軽い方向音痴気味といっても何かあれば人に助けを求めて連絡くらいはしてくるはずよ」
「そうよね、どうしよう。サグラマだったらと思ってアウソに任せたけど、何か想定外の事が起きたのかしら…」
アウソはカリアの弟子になって3年だが、それよりも前からキリコと一緒に付いて回っていた。キリコのついでにとアウソも鍛えていたから余程の事がない限りはやられるはずはない。だが、それでもただの人間。魔法や不意討ちでやられてしまうこともある。
暫《しば》し考えてカリアが立ち上がった。
「取り合えずギルドに行くよ。何か情報があるかもしれない」
宿の人に万が一の為にとお金を払いギルドへと向かう。
ギルドは日が沈み、二刻(約2時間)もしない内に閉まってしまう。しかも今は豊作祭真っ只中だ、職員の気分次第では一刻以内に閉まる可能性もある。間に合ってくれと祈りながら二人は走った。
「はい、確かお二人はとある人物の居場所を探しておられました」
何とか閉まる前にギルドへ辿り着き職員から二人の情報を聞き出すことが出来た。
「その人の居場所を知りたいのです」
そう言ってカリアはその職員にライハ達に所属照明印とお金が入っている小袋を手渡した。
「緊急なんです。私、カリア個人として、お願いします」
真剣にカリアが職員に頼み込む。
職員と客の立場としては、他人の情報を大量に手渡すことは違反になる。だが、個人としてのお願い、それに伴う労力としての報酬を払うことによって、その行為は個人の取引として処理されるのだ。
ただ、それは双方の合意によって為されるものだ。
カリアはお金を職員が受け取る事を願った。
「………」
職員はカリアと机に置かれた物を見詰め、チラリと目で周りを確認してから自然な動作で印板を手に取りながら小袋を袖の中へと仕舞い込んだ。
「分かりました。ギルド職員ではなく、私、ショーン個人として貴女のお願いを受けます。少しお待ちください」
そうして職員は一旦後ろへと下がって何かを探し始めた。
ーーニャー……
「!」
どこからか聞き覚えのある鳴き声がする。
キリコがその声を追ってギルドの外へと出てみると、壁と壁の間から、ライハの黒猫がヨロヨロとした足取りで出てきた。
「お前、ねこか!師匠!ライハのねこが!!」
キリコがねこを抱き抱え辺りを見渡すが、ライハの気配もアウソの気配も無い。
「ん?」
微かな甘い臭いがする。キリコが猫の体から漂う臭いに気付き、記憶を巡らせると昔嗅いだことのある臭いだと思い出した。
迫る巨大な爪に、煌めく短剣が赤く染まっていく光景。幼い頃、鷲の爪で見世物にされていた記憶が甦り、思わず眉間にシワがよった。
「師匠、ねこから眠り香の臭いがする。あいつらにやられたのかも知れない」
「くそ、やっぱりあの時徹底的に潰しておけばよかったよ。ショーン、最近このサグラマの中で人が消えていないですか?」
「お待たせしました。行方不明者ですか?そうですね、豊作祭《ハーレーン》の少し前辺りから10件ほど捜索届が出ていますね」
やはり、とカリアは思った。
最近、鷲ノ爪の動きが活発だと、ユラユで遭遇した仲間に聞いた。拐われる人数がジワジワと増え始め、今までは村人や浮浪者、孤児、単独の冒険者が主で、パーティ所属の人を襲うのも極少数だった。それは報復許可が国から下りるからだ。
見境がなくなっているとしか思えない。
「ショーン、ギルドに捜索申請と、後、念の為に報復許可を頂きたいのですが、間に合いますか?」
「うーん、それは個人としての頼みなら高く付きますよ?」
「構いません。二月分のマヌムンや希少価値の素材を無償でギルドに賞与します。と、伝えて頂きませんか?」
「二月分……、分かりました。何とか連絡をつけて説得します。ではこちら、探されていた人物の居場所と分かる範囲の情報です。こちらにはどれ程で戻られますか?」
「三刻以内には」
「分かりました。それまでに。では、行ってらっしゃいませ」
職員の資料を元にリベルターを探す。
だが、指定されている場所が場所の為に普通に行ったんでは時間が掛かりすぎる。
「魔法屋、いや、占い屋?このリベルターって人情報があまり無いわね、流れ者なのかしら」
「さあ、でもリベルターがその関係で少し助かったよ。力のある人なら助けになってくれるかもしれない」
「そうね、そう願うわ」
二人は塀を踏みつけ高く跳び、屋根へと着地するとそのまま駆けていく。日はもう完全に沈み月が顔を出していた。
キリコの腕の中で猫が苦し気に呼吸をしていた。眠り香は動物や獣人等の鼻の良く利くものには辛いものだ。鼻が利く分遠くからでもその臭いを嗅ぎ取り強烈な眠気を誘う。だが、眠るという行為は自分の隙を見せるという行為であり、獣人は特にその眠気に抵抗する。抵抗すればするほど頭の痛みは増す一方だ。
「ウ"ーー…」
この猫は動物だが、よく耐えていた。本当はすぐにでも意識を手放したいだろうに。
キリコもこの臭いは辛いものがあるが、慣れと半竜人特有の魔力の強さで何とか相殺しているだけに過ぎない。
「もうそろそろよ」
資料にある店の目印を見付け屋根から飛び降りると、リベルターらしき女性が資料にある目印の店の前にいて、道に下りたカリア達を真っ直ぐ見ていた。
女性はキリコの抱えた猫を見て、「あー、忠告したのに…」と言った。ということはやはりこの女性がリベルターなのだろう。
「貴女がリベルター?」
「そうよ。そして、もしや貴女達は黒髪の子と茶髪の子と繋がりのある人かしら」
「師匠と、姉弟子です」
これは話が早そうだとカリアが思った。
「ねこ?」
猫がキリコの腕の中から飛び出す。猫はリベルターの元へヨロヨロしながらも歩いていき、リベルターを見上げて「ニャー」と鳴くと、頭を下げた。
今まで見たことの無い猫の行動に驚く二人とは対照的に、リベルターは柔らかく微笑んでしゃがみ、猫の頭を一撫でした。
「ええ、良いわ。じゃあ一つ貸しにしてあげる」
「?」
猫の頭に手を乗せ、リベルターが目をつぶる。
ふわりと周囲から冷たい風が起こり、魔力が風と共に猫へと集まっているのが分かる。
風がおさまりリベルターが目を開けると、心なしか猫の毛艶が良くなっていた。
「ついでにこれも貸してあげるわ。無くしちゃダメよ」
リベルターは自身の腕から金の腕輪を取ると、猫の首に嵌めてやった。そうしてからようやくリベルターが立ち上がりカリアへと向き直った。
「リベルター、貴女は占いをしていると聞きました」
「分かってるわ、二人の情報を知りたいのね。金ではなく対価が要るけど良いかしら?」
「構いません」
「分かったわ」
リベルターは目をつぶり、息を吸ってから目を開ける。瞳が漆黒に水色のラメを散らした不思議な色彩に変わっていた。
「…………、檻の馬車、朱麗馬が四頭。小兎の女が筆頭。印は無いわね。単独の拐い屋なのかしら。色んな種類の人が眠らされてる。森のなかを進んでいるけど、サグラマの外ね、どうやって出たのかしら」
「二人の怪我とかは大丈夫?」
キリコが心配そうに訊ねた。
「今のところは、ん?でも茶髪の方が小さい火傷の跡があるわ。火で負ったわけじゃない、電気?取り合えず森の中を隠れるようにして月が出ている方向に進んでいるわ。今の私に見えるのはこれくらいね…」
カリアとキリコが月の位置を確認した。東の方向。朱麗馬がいるならば早く駿馬を飛ばさなければ見失ってしまう。
リベルターがもう一度目を閉じ、開けたときには瞳は元の色彩へと戻っていた。
「十分よ、グルァシアス。対価はどうすれば」
「そうねぇ」
リベルターは顎に手を当てカリアをじっと見つめると、「あっ」と声をあげてカリアの頭を指差した。
「対価はその髪飾りよ」
カリアの髪を高く結い上げた紐と一緒に付いている御守りだと細かく装飾がなされた小さな髪飾り。リベルターはそれを指差していた。
「これですか。わかりました」
この髪飾りはカリアの師匠から贈られた大切なものだったが、致し方無い。髪飾りを取り、リベルターに手渡した。
「確かに。ああ、そうそう。多分あの馬車は途中道を変える可能性があるけど、こっちには切り札があるから馬車の行方は気にしなくて良いわよ」
「どういう事ですか?」
リベルターは足元で毛繕いをしている猫を抱き抱えカリアへと手渡す。
「あとは、この子が道を教えてくれるわ」
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※30話程で完結します。
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