ラムネは溶けた、頭の中に

卵男

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 アキヒコの痣について、学級ではいろいろな噂が飛び交った。高校生と喧嘩したらしいとか、暴走族とやり合ったらしいとか、どれもありきたりな噂だったが、誰も本当のことは知らなかった。ミチオも当然その中の一人だった。
 ミチオがこの痣の真相を知ったのは、随分あとになってからだ。何か大きなきっかけがあったわけではない。それはただの偶然だった。
 ある日、ミチオは塾の帰りにコンビニに寄っていた。毎週買っている漫画雑誌の発売日だったからだ。その漫画雑誌を買ってコンビニを出たところで、アキヒコと遭遇した。
「てめえクソババア、ふざけんじゃねーぞ」
 アキヒコは駐車場で母親と言い争っていた。その腕には、なぜか赤ん坊が抱かれていた。ミチオはあとから知ることになるが、この赤ん坊はアキヒコの妹であった。
「返せよクソガキ!」
 アキヒコの母親は長い金髪を振り乱し、赤ん坊に拳を落とそうとしていた。
「てめーのもんじゃねーだろうが!返せよ!」
「うるせークソババア!」
 アキヒコは赤ん坊を守るように身を引くと、母親の腰あたりを蹴りつけた。
 すると、二人の背後の車から大柄の男が現れ、アキヒコから力ずくで赤ん坊を取り上げた。そして、アキヒコの顔面に躊躇なく大きな拳を打ちつけた。
「てめー、俺の女に何してんだ?あ?ボケが」
 アキヒコは地面に倒れ込んだが、鼻血を出した顔ですぐに立ち上がった。その瞳は怒りと恐怖に満たされ、ぎらぎら、ぎらぎら、と揺れ動いていた。
「うるせー、殺すぞ」
 アキヒコのかすれた声に、また男の拳が振り上げられた。
 瞬間、母親が男の肩に手を置いた。
「ねえ、もういーって!だるいし。つーか、お腹減ったし」
 母親の声に、男は舌を打って車に戻った。
 母親はアキヒコに財布を渡して、その背中を乱暴に押した。
「さっさとなんか買ってこいよ」
 アキヒコは何も言わなかった。母親を罵ることも、鼻血を拭くこともせず、ただ瞳をぎらつかせながら、とぼとぼ歩きだした。このとき初めて、アキヒコとミチオの目があった。
「なに見てんだ」
 アキヒコはミチオに何も言わなかったが、ミチオはそう言われているように感じた。
「大丈夫?」
 ミチオもアキヒコに何も言わなかったが、アキヒコはそう言われているように感じた。
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