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十回目
第3話 路地裏
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「――さて、これからどうしようか?」
今、俺の目の前にはあいつがいる。
右手には銀色にきらめくナイフを持って、薄笑いを浮かべて。
でも、俺は動けない。
俺の両手は後ろ手に縛り上げられ、口には猿ぐつわのようにタオルを噛まされていた。
この先の展開なんて、もう読めている。
それならいっそ一思いに――。
「……そう簡単に、死ねると思うなよ」
俺の思考を読んだように、あいつが低く囁く。
その声に、思わずビクリと背筋が伸びた。
あいつの手が俺の髪を掴み、乱暴に顔を上へ向かせる。
「目が死んでる」
だから何だ。
そう発したはずの俺の言葉は、もごもごという音にしかならなかった。
「ん?」
あいつは冷ややかな笑みを湛えた目で俺を見下ろす。
「何? 言いたい事があるならちゃんと言いなよ。
……あ、そういえばこれがあったんだっけ」
俺の口に噛ませたタオルを軽く引っ張りながら、あいつは意地悪く嗤う。
俺は、何かの気まぐれを起こして猿ぐつわを外してくれないかと願った。
しかし、そんなに優しい奴ではなかった。
助けを呼ぼうにも、ここは人通りのない狭い路地の奥。
通りかかる人などいるはずもない。
それを狙って、俺はこの道へ入ってきたのだから。
それに、相手は刃物を持っている。
下手に刺激しないに越したことはない。
――と、ナイフが俺の首筋にそっと当てられる。
わかってはいても、背筋が一気に冷たくなった。
「ねえ、死にたいの?」
あいつはいつの間にか俺の後ろへ回っていた。
そのせいで表情がわからない。
俺は、恐る恐る首を横へ振った。
下手な返事をすれば、本当に殺されかねない。
このやり取りは慎重さが鍵だ。
落ち着いて、最善の答えを返さなければ。
「舌を噛み切ろうなんて馬鹿なこと、考えないよね?」
コクリ、小さく頷く。
次の瞬間、口元を圧迫していたタオルが外れた。
急に口の中へ飛び込んできた空気に、思わず咳き込む。
「おっと、安心するのはまだ早いよ?」
あいつは意地悪く言ったかと思うと、そのまま肩に落ちたタオルで俺の首を絞め始めた。
今度は絞殺か――。
薄れゆく意識の中、拘束されたままの腕を大きく振り回した。
「っ……」
俺の手が当たったあいつは、一瞬よろけて遠ざかった。
その隙に俺は首を大きく振ってタオルを振り払う。
そして、そのまま地面へ倒れ込むと新鮮な空気を求めて大きく喘いだ。
「よくもっ……!」
再び立ち上がったあいつが、俺の上に馬乗りになる。
右手にはやはりナイフが握られている。
ここまでか。
俺は反射的に目を瞑った。
「……ああ、こっちの方がいいかな」
振り下ろされるかと思われたナイフは、カランと音を立て投げ捨てられた。
代わりに、どこからか取り出した注射器を見せつけるように目の前でゆらゆらと振る。
押子に指を掛けると、太い注射針の先端から透明な液体があふれ出す。
その雫がぽた、ぽた、と落ちてアスファルトを濡らした。
「これ、注射すると心肺停止になる薬品なんだって。……本当なのかな?」
「……っ!」
あいつが酷く歪んだ笑みを浮かべているのが視界の端に映った。
何とか逃げ出そうともがくが、そんな俺を嘲笑うかのように頭を押さえつけられる。
「暴れないで。……大丈夫、心臓が止まるだけだから」
「あ……っ、やめろ、うわああああ!」
首筋に、ひんやりとしたものが押し当てられた。
ぐっと力を込められ、ゆっくりと注射針が差し込まれていく。
「……ここ、かな」
「いっ……!」
液体が血管へと流れてくる感触が、リアルに伝わってくるようだった。
「あああ……、うう、く……」
次第に呼吸をするのが苦しくなり、ドクン、ドクンと脈打つ心臓の拍動が、弱くなっていく。
苦しい、苦しい。
酸素が上手く回らない。
呼吸をしようと口を開いても、漏れ出るのはカエルのように喘ぐ声だけだった。
「――さよなら」
あいつの言葉を最後に、俺の記憶はぷつりと途絶えた。
今、俺の目の前にはあいつがいる。
右手には銀色にきらめくナイフを持って、薄笑いを浮かべて。
でも、俺は動けない。
俺の両手は後ろ手に縛り上げられ、口には猿ぐつわのようにタオルを噛まされていた。
この先の展開なんて、もう読めている。
それならいっそ一思いに――。
「……そう簡単に、死ねると思うなよ」
俺の思考を読んだように、あいつが低く囁く。
その声に、思わずビクリと背筋が伸びた。
あいつの手が俺の髪を掴み、乱暴に顔を上へ向かせる。
「目が死んでる」
だから何だ。
そう発したはずの俺の言葉は、もごもごという音にしかならなかった。
「ん?」
あいつは冷ややかな笑みを湛えた目で俺を見下ろす。
「何? 言いたい事があるならちゃんと言いなよ。
……あ、そういえばこれがあったんだっけ」
俺の口に噛ませたタオルを軽く引っ張りながら、あいつは意地悪く嗤う。
俺は、何かの気まぐれを起こして猿ぐつわを外してくれないかと願った。
しかし、そんなに優しい奴ではなかった。
助けを呼ぼうにも、ここは人通りのない狭い路地の奥。
通りかかる人などいるはずもない。
それを狙って、俺はこの道へ入ってきたのだから。
それに、相手は刃物を持っている。
下手に刺激しないに越したことはない。
――と、ナイフが俺の首筋にそっと当てられる。
わかってはいても、背筋が一気に冷たくなった。
「ねえ、死にたいの?」
あいつはいつの間にか俺の後ろへ回っていた。
そのせいで表情がわからない。
俺は、恐る恐る首を横へ振った。
下手な返事をすれば、本当に殺されかねない。
このやり取りは慎重さが鍵だ。
落ち着いて、最善の答えを返さなければ。
「舌を噛み切ろうなんて馬鹿なこと、考えないよね?」
コクリ、小さく頷く。
次の瞬間、口元を圧迫していたタオルが外れた。
急に口の中へ飛び込んできた空気に、思わず咳き込む。
「おっと、安心するのはまだ早いよ?」
あいつは意地悪く言ったかと思うと、そのまま肩に落ちたタオルで俺の首を絞め始めた。
今度は絞殺か――。
薄れゆく意識の中、拘束されたままの腕を大きく振り回した。
「っ……」
俺の手が当たったあいつは、一瞬よろけて遠ざかった。
その隙に俺は首を大きく振ってタオルを振り払う。
そして、そのまま地面へ倒れ込むと新鮮な空気を求めて大きく喘いだ。
「よくもっ……!」
再び立ち上がったあいつが、俺の上に馬乗りになる。
右手にはやはりナイフが握られている。
ここまでか。
俺は反射的に目を瞑った。
「……ああ、こっちの方がいいかな」
振り下ろされるかと思われたナイフは、カランと音を立て投げ捨てられた。
代わりに、どこからか取り出した注射器を見せつけるように目の前でゆらゆらと振る。
押子に指を掛けると、太い注射針の先端から透明な液体があふれ出す。
その雫がぽた、ぽた、と落ちてアスファルトを濡らした。
「これ、注射すると心肺停止になる薬品なんだって。……本当なのかな?」
「……っ!」
あいつが酷く歪んだ笑みを浮かべているのが視界の端に映った。
何とか逃げ出そうともがくが、そんな俺を嘲笑うかのように頭を押さえつけられる。
「暴れないで。……大丈夫、心臓が止まるだけだから」
「あ……っ、やめろ、うわああああ!」
首筋に、ひんやりとしたものが押し当てられた。
ぐっと力を込められ、ゆっくりと注射針が差し込まれていく。
「……ここ、かな」
「いっ……!」
液体が血管へと流れてくる感触が、リアルに伝わってくるようだった。
「あああ……、うう、く……」
次第に呼吸をするのが苦しくなり、ドクン、ドクンと脈打つ心臓の拍動が、弱くなっていく。
苦しい、苦しい。
酸素が上手く回らない。
呼吸をしようと口を開いても、漏れ出るのはカエルのように喘ぐ声だけだった。
「――さよなら」
あいつの言葉を最後に、俺の記憶はぷつりと途絶えた。
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