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第二章
不安な戦略
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クルトが協力してくれるということに落ち着いたところで、早速フローレンシアが『ヨハネス奪還作戦』を掲げて、作戦会議が始まった。
まずテオドアから現在までのヨハネス捜索についての簡易的な報告があげられたが、こちらは芳しくなく、これといった進捗はなかった。
同じようにディードリヒとフローレンシアも、今までヨハネスに関する情報を集めていたのだが、リディアが襲撃された夜、一人で寝床を抜け出してどこかへ行ってしまったということしかわかっていない。しかし、今となってはこの情報も出所はドレイク、つまりはノルデンドルフ家であり、どこまで本当の事なのか疑わしいところがあった。
「もし……ドレイクがヨハネスを殺すつもりだったとしたら、それはあの夜、私が襲われた時と同じ頃に計画は実行されたはず。それに、彼等がブライスガウの土地を自分達のものにしたいのであれば、嫡男であるヨハネスの死はできるだけ早く公にしたいと考えるはずで、隠す意味がない。となると、あの夜ヨハネスは本当にあの場所から逃げ出した可能性が高いんじゃないかと思うの。もちろん、私個人の希望的観測も入っているかもしれないけれど」
冷えた指先をさすりながらリディアは言う。
「俺も、リディア様の意見は一理あると思います。ブライスガウのお屋敷を尋ねた時、ドレイク殿はどこか苛立っていた様子でした。それに、あのアロイスの怪我……。あれはおそらく誰かに殴られた痕です。そうなると、彼が何か失態をして、それがドレイク殿の怒りを買った。おそらくそれはヨハネス様のことに関わっている可能性が高いと思われます」
さすがディードリヒは物事をよく見ている。
リディアが感心していると、その隣で「うちの騎士はすごいでしょう」と言いたげにフローレンシアが誇らしげな顔をしていた。
「アロイスが、ヨハネス様だけは助けると、あの日俺に言ったんです。あの時のあいつの表情は、嘘をついているようには見えなかった。としたら、あの夜、ヨハネス様を屋敷から逃がしたのはアロイスだとは考えられないでしょうか?」
「アロイスが?でも、どうして?」
「あいつには確か、妹がいたはずです。小さい弟もいて、とても可愛がっていたとよく話していました。しかし弟の方は事故で亡くなっていたとか。そんなあいつがヨハネス様を手にかけるとは考えにくいのです。せめて、ヨハネス様だけは助けようとしたのではないかと……」
アロイスがヨハネスをずいぶん可愛がってくれていると感じたことはあったが、そういった理由があれば、確かに納得がいく。今は亡き弟に重ね合わせていたのかもしれない。
「アロイスの妹さんは、今はどちらにいらっしゃるのかしら」
「たしか、妹は体が弱いので、静養させる為に今は別々に暮らしているそうです。名前はなんだったかな……。すみません、よく覚えていなくて」
「ディードリヒが謝ることなんてないわ。……よく考えたら、私ってアロイスの事を何も知らなかったのね」
アロイスがリディアの騎士になってからまだ半年程度しか経ってないとはいえ、もう少し打ち解けあっておくべきだったとリディアは後悔していた。自分の事ばかりに気を取られすぎて、周りの人々への気遣いが疎かになってしまう。これは、リディア自身も自覚している自分の悪い癖だ。
「アロイスが裏切るなんて、俺には未だに信じられませんよ。きっと何か理由が……」
「ディードリヒ、それ以上はダメよ。どんな理由があるにしろ、あの男はリディアをひどい目にあわせて、その企みに加担することを選んだの。理由がなんであれ、私は決してアロイスを許さないわ」
フローレンシアが厳しい口調でディードリヒを責めた。
「それにしても、もしアロイスがヨハネスを逃したとして、一体どこに逃したのかしら?この状況じゃ、どこかに匿うとしても味方になってくれる貴族なんていなさそうよね?」
これはフローレンシアの言う通りで、リディアにも全く見当がつかなかった。この状況であれば、他の有力貴族はノルデンブルク家の味方をする筈で、ただの騎士の身分であるアロイスに協力する者などどこにもいないだろう。誰も、自らを不利な状況に置きたくないはずだ。
再び行き詰まり、皆が考え込んでいるところで発言したのはクルトだった。
「なぁなぁ、リディアの弟の――ヨハネスだっけ?そいつって貴族の坊ちゃんなんだろ?家出したら、目立ちそうだけどな。ふりふりした高級そうな服着てガキが一人で歩いてたら、すぐに町の悪ガキが盗賊に身ぐるみ剥がされてると思うぜ。俺は金持ちです、ぜひ盗ってくださいって言ってるようなもんだ。オレ、街の悪ガキ達にそういうやつがいなかったか聞いてみるよ。少し、ツテがあるんだ」
思わぬクルトの助け舟に、リディアが驚いていると、フローレンシアは「アンタ、やるじゃないの」と先ほどまでの態度をころっと変えてクルトの背中を叩いていた。
「確かにそれはいい案です。俺たちではそのあたりはよくわかりませんから、えぇっと――」
「クルト」
「では、クルトくんに任せましょうか」
「いいよ、クルトで。君付けとか、なんかむず痒い」
クルトは首元をさすりながらまんざらでもない様子だった。頬がうっすらと紅い。
「それじゃあ、アロイスは私とディードリヒに任せてちょうだい。もう一度ブライスガウに行って、彼と直接話してくるわ」
「もう一度ブライスガウへ行くの?でも、アロイスを直接尋ねたら、あなたが彼に何か聞き出そうとしていると、ドレイクに警戒されてしまうんじゃないかしら……」
「大丈夫、とっておきの手があるの」
不安そうな顔をするリディアに向けて、フローレンシアは長い睫毛を瞬かせてウインクを送る。後ろにいたディードリヒが怪訝な顔つきに変わったのをリディアは見逃さなかった。
まずテオドアから現在までのヨハネス捜索についての簡易的な報告があげられたが、こちらは芳しくなく、これといった進捗はなかった。
同じようにディードリヒとフローレンシアも、今までヨハネスに関する情報を集めていたのだが、リディアが襲撃された夜、一人で寝床を抜け出してどこかへ行ってしまったということしかわかっていない。しかし、今となってはこの情報も出所はドレイク、つまりはノルデンドルフ家であり、どこまで本当の事なのか疑わしいところがあった。
「もし……ドレイクがヨハネスを殺すつもりだったとしたら、それはあの夜、私が襲われた時と同じ頃に計画は実行されたはず。それに、彼等がブライスガウの土地を自分達のものにしたいのであれば、嫡男であるヨハネスの死はできるだけ早く公にしたいと考えるはずで、隠す意味がない。となると、あの夜ヨハネスは本当にあの場所から逃げ出した可能性が高いんじゃないかと思うの。もちろん、私個人の希望的観測も入っているかもしれないけれど」
冷えた指先をさすりながらリディアは言う。
「俺も、リディア様の意見は一理あると思います。ブライスガウのお屋敷を尋ねた時、ドレイク殿はどこか苛立っていた様子でした。それに、あのアロイスの怪我……。あれはおそらく誰かに殴られた痕です。そうなると、彼が何か失態をして、それがドレイク殿の怒りを買った。おそらくそれはヨハネス様のことに関わっている可能性が高いと思われます」
さすがディードリヒは物事をよく見ている。
リディアが感心していると、その隣で「うちの騎士はすごいでしょう」と言いたげにフローレンシアが誇らしげな顔をしていた。
「アロイスが、ヨハネス様だけは助けると、あの日俺に言ったんです。あの時のあいつの表情は、嘘をついているようには見えなかった。としたら、あの夜、ヨハネス様を屋敷から逃がしたのはアロイスだとは考えられないでしょうか?」
「アロイスが?でも、どうして?」
「あいつには確か、妹がいたはずです。小さい弟もいて、とても可愛がっていたとよく話していました。しかし弟の方は事故で亡くなっていたとか。そんなあいつがヨハネス様を手にかけるとは考えにくいのです。せめて、ヨハネス様だけは助けようとしたのではないかと……」
アロイスがヨハネスをずいぶん可愛がってくれていると感じたことはあったが、そういった理由があれば、確かに納得がいく。今は亡き弟に重ね合わせていたのかもしれない。
「アロイスの妹さんは、今はどちらにいらっしゃるのかしら」
「たしか、妹は体が弱いので、静養させる為に今は別々に暮らしているそうです。名前はなんだったかな……。すみません、よく覚えていなくて」
「ディードリヒが謝ることなんてないわ。……よく考えたら、私ってアロイスの事を何も知らなかったのね」
アロイスがリディアの騎士になってからまだ半年程度しか経ってないとはいえ、もう少し打ち解けあっておくべきだったとリディアは後悔していた。自分の事ばかりに気を取られすぎて、周りの人々への気遣いが疎かになってしまう。これは、リディア自身も自覚している自分の悪い癖だ。
「アロイスが裏切るなんて、俺には未だに信じられませんよ。きっと何か理由が……」
「ディードリヒ、それ以上はダメよ。どんな理由があるにしろ、あの男はリディアをひどい目にあわせて、その企みに加担することを選んだの。理由がなんであれ、私は決してアロイスを許さないわ」
フローレンシアが厳しい口調でディードリヒを責めた。
「それにしても、もしアロイスがヨハネスを逃したとして、一体どこに逃したのかしら?この状況じゃ、どこかに匿うとしても味方になってくれる貴族なんていなさそうよね?」
これはフローレンシアの言う通りで、リディアにも全く見当がつかなかった。この状況であれば、他の有力貴族はノルデンブルク家の味方をする筈で、ただの騎士の身分であるアロイスに協力する者などどこにもいないだろう。誰も、自らを不利な状況に置きたくないはずだ。
再び行き詰まり、皆が考え込んでいるところで発言したのはクルトだった。
「なぁなぁ、リディアの弟の――ヨハネスだっけ?そいつって貴族の坊ちゃんなんだろ?家出したら、目立ちそうだけどな。ふりふりした高級そうな服着てガキが一人で歩いてたら、すぐに町の悪ガキが盗賊に身ぐるみ剥がされてると思うぜ。俺は金持ちです、ぜひ盗ってくださいって言ってるようなもんだ。オレ、街の悪ガキ達にそういうやつがいなかったか聞いてみるよ。少し、ツテがあるんだ」
思わぬクルトの助け舟に、リディアが驚いていると、フローレンシアは「アンタ、やるじゃないの」と先ほどまでの態度をころっと変えてクルトの背中を叩いていた。
「確かにそれはいい案です。俺たちではそのあたりはよくわかりませんから、えぇっと――」
「クルト」
「では、クルトくんに任せましょうか」
「いいよ、クルトで。君付けとか、なんかむず痒い」
クルトは首元をさすりながらまんざらでもない様子だった。頬がうっすらと紅い。
「それじゃあ、アロイスは私とディードリヒに任せてちょうだい。もう一度ブライスガウに行って、彼と直接話してくるわ」
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「大丈夫、とっておきの手があるの」
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