ヒリキなぼくと

きなり

文字の大きさ
15 / 22
ヒリキかもしれないぼくとぶどう畑とくそじじい

くそじじいバトル

しおりを挟む
 佐伯母の家の左右には、ぶどう畑が広がっていた。

 ぶどう棚は、そんなに高くない。手を伸ばせば、届くくらいの高さだ。青い網が周囲に張りめぐらされているのは、鳥が食べてしまうからなのかな、なんて思いながら、やけに立派な木製の門をくぐった。そこには、平屋建ての家と、納屋に古ぼけた軽トラと軽自動車が置いてあった。

 ぼくは深く息を吸った。

「すみません」と先生が声をかけたけど、返事がない。引き戸の玄関に手をかけると、そのまま開いた。鍵がかかっていないということは、誰かいる。ドキドキしながら、もう一度大きな声で叫んだ。

「すみません」

「裏にまわってくりょ」という男の声がした。

 くりょって何だ。まわりこんで、家の裏に行くと、ぶどう畑が続いている。

「すみません。雨宮さんですか」

「ほーずら」

 声だけ聞こえる。何語だ? 意味わからん。なまってる。関東近辺だから、なまりなんてないと思ってたけど、まだあるんだ。意味は、たぶん「そうだ」かな? 謎解きだ。

「忙しいんで。うらっかたにおるから、おまん、こっちこうし」

 意味が本当にわからない。うらっかたって、裏のこと? おまんって、お前ってこと? 頭の中にクエスチョンマークがくるくるとまわる。英語より難しいかも。

「たぶん、こっち来いって意味だと思うから、奥に行こう」

 先生は、そう言って、網をくぐった。ぼくたちも続いた。ぶどう棚の中に入っていく。

 今日の主役、佐伯を見ると、緊張した顔で一番後ろにいた。

 反対に、光岡はお気楽にぶどう棚にジャンプしている。届かないけど、楽しそうだ。お前な、観光じゃないぞ。
 
 奥に進むと、遠くのほうで三人の人がはさみを持って、作業をしていた。全員、ぐるっと首元を隠したつばのついた帽子と長袖にアームカバー、軍手に長靴。全然顔がよく見えないから、誰が誰だかわからない。かろうじて、体格から男性か女性かがわかるくらい。

 ピンクの作業着を着ている人がいる。佐伯のお母さんかな。それにしては、背が低いし、腰が少し曲がっているし、太ってる感じだし。いや、佐伯母じゃない。佐伯のお母さんはもっと若いだろ。きっと腰は曲がってない。佐伯のおばあさん? かな。

 佐伯のお母さんはどこにいるのだろうか。

「ほーずら」と言っていたのは、男だった。佐伯のおじいさんだろうか。

「すみません。作業中に。あの雨宮美穂さんにお会いしたくて伺ったのですが、いらっしゃいますか?」

「何だ、おまんら」

 おじいさんが、強い口調でぼくたちに言った。ちょっと圧を感じる。なまりのせいかもしれないが、優しい印象はない。あんまりいい感じの人じゃないかもな。

 先生も、少しむっとしたようで、顔が固くなっているのがわかった。

「なんでえ」

 おじいさんらしき人は大声でなまり全開でしゃべり始めた。何だ、この人は。むちゃくちゃいやな感じ。

「あの、この子たちは?」
 ピンクの作業着の女の人が脇から入ってきた。しゃがれた声だった。やっぱり佐伯のおばあさんのようだった。

「黙ってろし」

 おじいさんは、おばあさんを止めるような仕草をした。何か事情があるのかな。歓迎されていないことだけはよくわかる。

「申し遅れました。小田切と言います。こちらにいる佐伯峻くんの知人です。彼のお母さんは、こちらにいらっしゃいますか?」

 先生はそう言うと、後にいる佐伯に目で合図をした。光岡が佐伯を前に押し出した。佐伯は、だまったまま深くおじぎをした。

「峻ちゃん、峻ちゃんなのね。まあ、大きくなって」

 佐伯のおばあさんが、一歩前に出てようとすると、おじいさんが手で止めた。

「いきやなっちょ。美穂はおらん。離婚してから会っちょらん。おれの顔をつぶして」
 
 何だ、このじじい。自分の孫が来ているんだぞ。せめて、喜べよ。その言い方、何だよ。どんどん腹が立ってくる。とげがささったように胸が痛くなった。

 佐伯を見ると、くちびるをぎゅっと結び、悔しそうにしている。

「すみません。父が」

 後にいた男性が、帽子を取り、前に出てきた。ちょっと感じがよさそうな男の人が出てきた。何とか話せるかも。

「美穂の弟の健次と言います。姉はここにいません。離婚しても、実家には戻ってこなかったんです」

 少し申し訳なさそうに言った。佐伯のおじさん、か。おじいさんよりは、話がわかりそう。

「住所は、ご存じですか?」

 健次さんは首を横にふった。

「知らないんです。音信不通で。連絡は…」

「おまん、美穂のことは、ゆっちょし。だっちもねぇこん、いっちょし」

 おじいさんは、まだ怒っているようで、健次さんの言葉をさえぎった。やっぱり意味がよくわからない。言うなってこと?

「峻ちゃん、元気け?」

 いきなりおばあちゃんらしき人が、佐伯にいきなり抱きついてきた。佐伯はぎょっとした顔をした。

 カオスだ。おじいさんは怒ってるし、おばあさんは佐伯に抱きつくし、佐伯は固まったままだし、おじさんと先生は何か話し始めているし、ぼくと光岡は立ちすくんだままだ。肝心な佐伯のお母さんは、一体どこにいる? 

     ◇   ◇

 佐伯のおじいさんたちは、いったん農作業を止めてくれた。家に上がらせてもらい、とりあえず話をすることになった。

 作業服を脱いだおじいさんは身体が大きく、はげていた。目がぎょろっとしていて、少しおっかない感じ。

 おばあさんは、腰が曲がっていて太っていた。気持ち悪いくらい佐伯をじっと見つめている。

 二人とも佐伯にはあまり似てない。強いて言うなら、怖そうな目かな。おじさんである健次さんは、身体は大きいけど、おじいさんばかり見ていて、態度がおどおどしている。ちょっと頼りない感じがした。

 泥だらけの玄関を上がると、何とも言えない独特のくぐもったにおいがした。どうして知らない人の家って、変なにおいがするんだろう。光岡の家には、そんな感じはしなかったけどな。田舎だからか。

 そして、仏壇に手を合わせ、大きな座卓がある部屋へと移動した。佐伯のお母さんの行方を知らないのに、何を話すのだろう。座るやいなや、おじいさんが。ものすごい勢いで勝手に話し始めた。

「美穂はわからんじんだ。へえいらんから」
 
 へえいらん? どういう意味だ。いらないってこと? 人は物じゃないぞ。

「峻、戻ってこいし。健次に子どもはいねえ。おまんが跡取りだ。養子になりゃあいい」
 
 ぼくたちの話も聞かず、佐伯の都合や気持ちなんておかまいなしに自分の主張をガンガン言い始めた。けっこうひどい。

 佐伯は何も言わず、下を向いていた。いやなことがあると、黙って下を向く癖が、佐伯にはある。

「あんな母親、もう会わんでもええ。どうしようもねえやつだ」
 
 佐伯は、母親の悪口をだまって聞いている。彼の気持ちを無視して、どうして勝手なことをこんなにまくしたてられるんだろう。

「まず、美穂さんとお話しさせていただいてから、色々考えてみたいのですが」
と、先生が、冷静に言った。けれど、その口調からは、いらいらしているように思えた。

「おまん、関係ねえずら。かまっしょし」

 おじいさんは先生の話も聞かずにがんがん一方的に話を進めてきた。

 頭が痛くなってくる。話が通じないんだ。自分の主張をすれば、通ると思っている。そうやって、今まで生きてきた人なのかもしれない。

 おばあさんが、佐伯の隣に寄ってきて、手をいきなり握った。

 佐伯は、びくっとしていた。おばあさんは佐伯の手をがっちり握って離さなかった。

 佐伯は、我慢できなかったのだろう。すごい目で、おばあさんをがっとにらみつけると、「やめてください」とはっきりとした口調で言った。そして、佐伯はその手を振りはらった。

「母さん、手をいきなり握るの、止めたほうがいいよ」
と、健次さんが助け船を出した。

「何をいっちょうちょ。たった一人の孫なんじゃん」
と、かえって反論している。

 すると、健次さんは黙ってしまった。この二人は、自分が良ければ、他人が嫌な気分になってもいいんだ。自分たちの気持ちしか考えていない。

 佐伯の気持ちなんて、完全に無視している。まともだと思った健次さんも、反論されたらすぐに黙りこんでしまった。

 ふと、自分のことを思った。健次さんは、ぼくと変わりない。嫌だと思ったら、ぐっと飲み込んでしまう。ぼくは、他人からこう見えているのかもしれない。そう思うと、胃からぐわっと気持ち悪いものがこみ上げてきた。

 佐伯を見ると、同じように、黙りこんでいる。きれいな顔が青ざめて、無表情のせいか、鬼みたいな顔になっていた。

 おじいさんは怒った顔をしてずっと一人でしゃべっている。「だっちもねえぼこだ」と言い始めた。意味はわからないけど、ずっと悪口を話しているのはわかる。

「佐伯くん、少し疲れたみたいだから、少し外に出てくれば?」
と、先生。

 ラッキー。ぼくもそれに乗ろう。もう我慢の限界まできている。

「そうですね。佐伯くんはちょっと調子が悪そうなので、一度空気にあたってきます」
と、ぼくは、立ち上がりながら、言った。

 すると、おじいさんが、
「峻じゃなく、おまんが孫だったらよかっつら」と急に返してきた。

 意味はわかった。えっ、でもなんで? 佐伯もぼくもほとんど何も話してないじゃん。しいて言うなら、佐伯がおばさんの手を振りほどこうとしていてくらいで? 何、それ。イミフだ。

「あの、何も話してないですよね。なんでそんなことを自分の本当の孫の前で言うんですか?」
と、おじいさんに聞いてみた。

「言うこん聞かん孫なんていらん。おまんの方が言うこん聞くら」

 佐伯よりぼくのほうが言うことを聞きそうだから、ぼくが孫だったらよかったってこと? 勝手すぎないか、じじい。それは佐伯に対する侮辱だ。心の中が嫌悪感でいっぱいになって、頭に血が上った。

「すみませんが、ぼくはこの家の子どもにだけはなりたくありません」
とだけ言った。

 おじいさんは、「なんちゅうぼこだ」と言い始めた。

気にしない。しったこっちゃない。ぼくとまったく関係ないくそじじいになら、何でも言える。自分の家も嫌いだけど、この家よりまだましだ。自分の家のほうがいいなんて思うことがあるなんて、夢にも思ってもみなかった。

 ここにはいられない。ぼくは立ち上がった。

「ここは空気が悪いから、外に行ってきます」
と、捨てゼリフのようにくそじじいに言った。そして、佐伯と光岡に目で合図をして、くそじじいの家を出た。

 怒りで頭が痛くなった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
児童書・童話
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベル、ツギクルに投稿しています。 ※【応募版】を2025年11月4日からNolaノベルに投稿しています。現在修正中です。元の小説は各話の文字数がバラバラだったので、【応募版】は各話3500~4500文字程になるよう調節しました。67話(番外編を含む)→23話(番外編を含まない)になりました。

合言葉はサンタクロース~小さな街の小さな奇跡

辻堂安古市
絵本
一人の少女が募金箱に入れた小さな善意が、次々と人から人へと繋がっていきます。 仕事仲間、家族、孤独な老人、そして子供たち。手渡された優しさは街中に広がり、いつしか一つの合言葉が生まれました。 雪の降る寒い街で、人々の心に温かな奇跡が降り積もっていく、優しさの連鎖の物語です。

処理中です...