ヒリキなぼくと

きなり

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仲間なぼくと居場所と佐伯母

一歩進んで、二歩下がって、また…前へ

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 ぼくは車内に乗り込んだ。

 強い直射日光をさえぎる車内は、クーラーがきいていてる。
 
 さっきまでぼくが座っていた座席には光岡が座っていた。文句を言われると思っていたけど、光岡は何もしゃべらない。佐伯ももちろんしゃべらない。クーラーより冷たい空気が、高級車に流れていた。

 うわっ、この空気どうすんだ。そう思っていたら、光岡がいきなり話し始めた。

「もう! あれからもひどかったんだよ」

 光岡は、空気が読めるのか、それとも空気を読まず切り裂くやつなのか。いや、どちらもなにかもしれない…。でも、それで社内の雰囲気は急に変わった。一人でも雰囲気って変えられるのな。

 一方的にがんがん話し始めた。光岡の話が長かったので、要約する。

 あれから、少し近所をぶらぶらして、二人は、先生と合流するために雨宮家に戻った。すぐに帰ろうとしたけど、くそじじいは怒り出すし、くそばばあは引き止めるし、大変だった。ぼくの行方は気になったけど、そのままいられなくて、出た。先生は、健次さんと連絡先を交換して、「何かあれば」とだけ声をかけた。

 ということらしい。
 
 先生が珍しく怒っている。

「ひびき、お前がいなくなってどうするんだ。これは佐伯くんのためにしていることなのに。切れるなんて、らしくないぞ」

 うんざりした。らしくないって何さ。ぼくらしいって何? 冷静でクールなのがぼくなのか? らしくないのも自分だ。みんな色々な面があるんだ。今日、ぼくも初めて知った部分だけど。反論したいところを、ぐっとこらえた。しょうがない。予定を狂わしたのは自分だから。

「すみませんでした。あの、佐伯のお母さんの行方を追っていたので。行方がわかったんです。ヒントだけなんですけど…」
と、言うと、全員がぱっとこちらを向いた。

 先生、運転、運転。あっぶな。

「何だ。それを早く言えよ」

 先生までクレームを入れた。話させてくれなかったのは、誰だよ。

 光岡は「どこにいるわけ」と騒いでいる。佐伯は何も言わず、じっとぼくの顔を見ていた。バツが悪いのか。

「どこか休んで話しませんか? このままだと、なんか事故りそう」

 車は、道路沿いにあるファミレスへと滑りこんだ。

     ◇   ◇

 ファミレスの席についた途端、みんながぼくをじっと見つめ、口を開くのを今か今かと待っている。誰も水さえ持ってこようとしない。エサ待ちの犬か。

 もったいぶりながら、佐伯のお母さんの話をした。みんな喜んでくれた。佐伯以外…。じっと下を向いている。てっきり喜んでいるのかと思いきや、なんか違うっぽい。

 何だよ。足で稼いだレア情報だぞ。喜べよ。

「お母さん見つかりそうなんだよ。喜べよ」
と言うと、佐伯はテーブルにつっぷした。あ、こいつの癖が出た。嫌なことがあると、つっぷすんだよな、佐伯は。

「どうした? 話してごらん。佐伯くんの気持ちを尊重するから」
と、先生が言ってくれた。

 佐伯はテーブルから顔を上げて、申し訳なさそうに言った。

「会わないほうがいいんじゃないかと思い始めてしまって」

 くそじじいと会ってから、佐伯はどんどんどつぼにはまりこんでいる気がする。先生が気持ちを尊重するって言ってたけどさ。必死に探しているぼくたちはどうなるわけ? 佐伯、人の気持ちを考えなさすぎ。まあ、大変なことが続いているから、しょうがないところはあるけど。ここまで来たんだからさあ、行くっきゃないでしょ。行くっきゃ。

 先生は、佐伯の目を見ながら、ゆっくりと話す。

「怖い?」

 少しの間、といっても数分ほどだと思うけど、誰も何も言わなかった。その時間がすごく長いように感じた。ぼくらは、佐伯の返事を待っていた。なんで、佐伯はいつも肝心な時に黙るのだろうか。弱いなあ。ついそう思ってしまった。

 佐伯は、こくんとうなずいた。

「…じいちゃんたちがあんな人たちだって知らなかった。あんな中でお袋は育ってたなんて。それなのに…、会いに行ってもいいのかなって」

 それだけ言うと、またテーブルにつっぷした。

 今日の佐伯は本当に変だ。打ちのめされてる。わかる。わかるけど、このままじゃダメなんだとも思う。前に進まないと。

「会うのをやめるのかい? 同じことを言うけど、それは佐伯くんの自由だよ」

 先生は、おだやかにそう言って、コーヒーを一口飲んだ。優しいけど、どこか冷たい。佐伯に選ぶ選択肢を与えている。つまり、どう選ぼうと自由だけど、失敗したとしても、佐伯の責任だということだ。先生は、正しいのかもしれない。でも…。

「それでいいわけ? お母さんに会って、この先を決めるんじゃなかったの? 私たちだってそのためにここにいるんだよ。何のためなのよ、ねえったらねえ」

 光岡は、責めるように言った。いや、ぼくもそう思うけど、それじゃあ説得できない気がする。佐伯を追い詰めるために、山梨くんだりまで来たわけじゃない。

 先生の静かなやり方も、光岡の責め方も、佐伯を前向きにさせることはきっとできない。説得できるかな。どうすればいい?

その時ふと、佐伯の言葉を思い出した。「やらない後悔よりやる後悔」そうだ。教えてくれたのは、佐伯だ。なぜ自分の言った言葉を忘れるのさ。

「とりあえずやってみたほうがいいって教えてくれたの、佐伯だよ」

 佐伯は、はっとしたような顔をして、ぼくを見た。

「けんかした時にさ、居場所がないって言ってよね。お母さんのところに居場所があるのかはわからない。けど、心配しなくても、居場所はここにあるよ。ぼくたちがいて、ばかを言えればいい。たとえ、どこに行ったとしても、友だちだし、会いに行く。約束する。お母さんに会って、いい返事をもらえなくても、これからどうすればいいか、その先が見えるはずだよ、きっと。だから、会いに行ってみようよ」

 居場所がないっていうなら、ぼくがその居場所を作ってやる。ヒリキだけど、無力だけど、そのくらいはできるはず。傷ついたら、戻ってくればいい。ずっ友だ。たとえ非行少年になってもまともに戻してやるからな、佐伯。

 佐伯は、顔を上げて、ぼくの顔をじっと見た。うっわ、まつげが長い。落ちこんで青白くなった顔に赤みがさしていた。佐伯は何か言いたそうだった。

 そこに注文したメニューが届いた。タイミング悪っ。チョコパフェとマンゴーパフェと桃とマスカルポーネのパンケーキ。

 先生、ありがとう。散財させてるよな。高速代、ガソリン代、お昼代などなど。生きるって、お金がかかるぜ。いつか先生におごれる男になろう。そう決心してみる。

 とりあえずぼくたちは黙々と食べた。ぼくはパンケーキを頼んでいた。山もりになった生クリームの甘さと桃の香りがパンケーキと一緒に口の中にふわっと広がった。うまっ。

 満腹になったら、気分も晴れた。お腹がすいていると、どうしたって下を向いてしまう。やっぱり満腹に勝つ気分アップ方法はないな。
 
 みんなを見た。二人も満足そうな顔をしている。甘いものに満たされた3ばかに敵はいない。おいしいものを食べれば、不安や不満が解消できるくらい、人って、単純なんだと思う。

 空っぽになった皿の前で、佐伯が言った。

「怖くてさ。お袋と暮らせないなら、どうなるんだろうって思って。みんなには安心できる家があるっていいなって思ったら、悔しくて。ごめん」

 甘いものに満たされたせいなのか。落ち着いたせいなのか。それともぼくの説得がきいたのか。佐伯は、謝ってきた。

しょうがない、よな。迷って当たり前だ。

 よくよく考えてみると佐伯はこれでもかってくらいに傷ついているんだ。暴力を受けて、ひどい目にあっている。それなのに謝ってる。まあぼくもイラっとしたけどさ。同じ立場だったらどうだったんだろうか。

 あの時、どなったことを後悔した。ぼくも謝ろう。

「佐伯と会って、友だちになれて、よかったと思ってる。ひどいこと言ったよね。ごめん。でも、生まれた家はしょうがないよ。ぼくだって、光岡の家、いいなって思うもん」

「えっ、そうなの?」

 光岡がつっこみを入れた。いいよな、幸せだと単純に生きられそう。

「そうだよ。光岡の家って、幸せつまってるぜ」

「あのばか兄貴がいて?」

 そうだよ。佐伯に一生懸命ダンスを教えていたいいお兄さんじゃないか。ぼくなんか誰もいない一人っ子なんだぞ。アレの見栄のために、気持ち悪いくらい期待されてる。

「そうだよ。いいお兄さんじゃん。思ったんだ。居場所って、場所じゃなくて、そこにいる人が大事じゃないかなって。だって場所だけあっても、一緒に話してくれる人がいなきゃ、意味ないなって…」

 そう、結局、人なんだ。そして、人だってつきあい方を変えたら、見方も変わる。光岡がいい例だ。

「自分の家のことはもうあきらめたけど、今いる場所を居場所にしたいし、これからもたくさん作っていきたいんだ。だからさ、お母さんに会って、そこが居場所じゃないのなら、次の居場所を探せる準備だと思えばいいよ。とことん付き合うからさ」

 そうだ。失敗しても、支え合える人がいればなんとかなる。そうすれば、最強だ。佐伯には、もうぼくたちがいるじゃないか。

「ありがとう」

 佐伯は言った。そして、

「会ってみる」と言葉を続けた。

 ぼくらは、また一歩前に進んだ。
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