18 / 22
仲間なぼくと居場所と佐伯母
ぼくたちが受けてきたことの名前
しおりを挟む
これから横浜にという話になった。キングスクエアって、横浜だよね。どのくらいかかるんだろう。スマホで検索していた時、先生が急に言った。
「どうしても、これだけは言っておかなくちゃいけないことがあるんだ。佐伯くんが受け続けてきた暴力についてだ」
いきなり真剣な目で言い始めたからびっくりした。暴力か…。嫌な言葉だ。でも、この急いでいる時に話すことなの、かな。
「ぼくは、大学でそういうことを研究しているんだ。君たちから聞いてわかったことをきちんと言葉にして、きちんと理解しなきゃいけないと思うようになった。じゃないと、だから、ここでその話をしたいと思う」
なんだか大ごとになってきている。先生の言い方は、塾で受ける授業みたいだった。
「暴力は、自分を無力で何もできない人間だと認識させるんだ。佐伯くんが受けていた肉体的な暴力、ひびきのネグレクトに近い精神的な暴力、どんな暴力も受けていた人の心や肉体を破壊できる。無力化する。つまり何をしたってダメだって気になってしまう」
ぼく…も? 佐伯だけじゃなくて? ぼくも虐待されていたってこと? ちょっとびっくりした。アレにいい学校行けと言われてるし、まあご飯もほとんどレンチンだけど、これが虐待…なのか? こういう状態について、名前があるんだ。知らなかった。ネグレクトって何だろう。先生に聞いてみる。
「放任ってことかな。つまり助けなきゃいけない相手を助けないで、ほうっておくってことだ。けど、ひびきの場合、お母さんは学校や塾に関して、一応連絡してるし。軽いネグレクトと軽いモラハラってとこだな。あ、モラハラは、言葉や態度の虐待ってことね」
モラハラ。ネグレクト。あまり聞いたことがない言葉だけど、自分がされてきたこと、なのか。自分のこととして考えると、あまり実感がもてない。でも、そういう言葉にされると、そうなんだと実感はできるような気がした。
「ひびきが軽いと言ったのは、完全なネグレクトの場合、ご飯の用意もしないし、お風呂も入れない。学校にも行かせない」
何だ、それ。そんなことってあるのか。あ、でも佐伯はそうだよね。だって洋服とかもほとんどないし。それに比べれば、アレはましってことなのか。けれど、そこにいるぼくにとっては重い。簡単に軽いとは言いきれない。
「あ、あと教育的な虐待ってのもあるな。当事者の意思に関係なく、強制的に勉強させるっていう。おれも親から強制的に勉強させられていたから、教育的な虐待の被害者かな」
ああ、それだ。ぼくがここ数年受けてきたのは、これ。初めて自分が受けてきたことが、一つの言葉になって、ぼくに流れ込んでくる。あの正体は…。だから、自分のヒリキや無力を実感していたのか。名前がわかった。すると、なぜだか気持ちがすっとした。
先生もそうなんだ。
「二人がそうだとして、これからどうなるんですか? どうすればいいんですか?」
光岡も真剣な顔をして、聞いている。
「暴力の連鎖という言葉を知ってる?」
さっき思った『つながってる』と思った答えは、このことなのか。光岡は「知りません」と答えた。
「暴力を受けた人は、他の人に暴力で返す人が多いんだ。自分が無力じゃないと思いたくて、暴力をふるう。偉いって思いたいんだ。専門用語で言えば、認知能力のゆがみってやつ。わかるかな。自分の心の傷を人になすりつけて、なかったことにしたがるんだ」
「親父を殺したい」と佐伯が言ったことを思い出した。そして、時々怖い目をする佐伯。あれは、そういう意味を持った行動なのか。
じゃあ、ぼくも大人になったら、子どもに勉強させて、いい学校に行かすことだけを考えるような大人になるのかな。それは嫌だ。
「その傷は根本的には治らない。特に感情面では、難しいと思う」
急に佐伯は立ち上がった。
「じゃあ、おれは、おれは、親父みたいになるってことなんですか!」
佐伯は、絶叫した。びっくりした。店にいる人たちがいっせいにこちらをふりむいた。店員さんが「お客様のご迷惑に…」と言ってきた。
すみません。気をつけます。だけど、周りに気をつかう余裕なんてないです。佐伯にしてみれば、一番嫌っているお父さんと同じようになるのは耐えがたいんだ。ぼくも母親のようになりたくない。先生は、冷静に言葉を続けた。
「それを決めるのは、これからの佐伯くんの考え方次第だな。これから自分の感情や心をきちんと見る訓練を受ける必要はあるね。自分が受けてきた暴力を感情的にではなく、客観的に見る。そして、心の中にある色々な気持ちをきちんと言葉にして、自分を受け止めるってことが大切なんだ」
「そうすれば、親父みたいにならないってことですか」
佐伯は、ふりしぼるような声を出した。先生は首を横にふった。
「それはわからない。傷はどこかに残る。きちんと暴力を理解して、断ち切っていく必要があるんだ。そのために今、自分やひびき、光岡さんが、手助けしているんだ。大丈夫。ずっとサポートしていくから。そう決心した。ひびきが言ったように居場所はここにあるよ」
先生は、真剣な顔で佐伯を見つめた。もう一度、改めて決心する。佐伯を助けていく。簡単じゃないと思う。どのくらいかかるんだろう。わからない。
ぼくは、ヒリキで無力かもしれないけど、ぼくとつながっている人たちのくさりを外そう。そして、ぼく自身のくさりも。
「がん、ばります」
先生が首を横に振った。
「がんばらなくていいんだよ。心の暴力という装置を外すには、断ち切るのではなく、客観的に見て、抜けることが必要なんだ。違う方法を見つけるんだ。これには時間がかかる。治ったと思っても急に行動に出ることもある。一つずつ考えていこう。時間はたっぷりあるんだから」
そっか、心の傷をいやすって、簡単なことじゃないんだ。原因を取りのぞいて、問題を解決したら、全部がOKってわけじゃないのか。だよね。もしアレが変わって、光岡のお母さんみたいになったら、許せるかな。…無理、だな。佐伯なんて、きっとぼくより難しいに違いない。これから先、心の中にくさりがひっかかり続けるのかもしれない。どうすればいいんだろう。
人って、人の心って複雑だ。ふと母親が酔っぱらった時のことを思い出す。嫌な人だけど、あの時、すごく弱い人のように感じた。人って、色々な面があるのかもしれない。
ぼくがクールだって思われていたことも、きっとそうなんだ。佐伯だって、光岡だって、先生だって、きっとそう。自分に何ができるのだろうか。できることがまだわからない。けれど、少しずつ探していくことぐらいはできるはず。そう思うしかなかった。
「少しずつだ。ゆっくりでいいから」
ぼくと光岡はうなずいた。佐伯は、まだぼう然としている。
先生が立ち上がった。
「じゃあ行くか、キングスクエア。レッツらゴーだ」
レッツらゴーって…。何だ。聞いたことないぞ。光岡と二人でつっこんだ。
ぼくたちも笑いながら、立ち上がった。佐伯もぎこちないけど、やっと笑った。
笑えるってことは、余裕があるってことだ。よかった。心から思った。
◇ ◇
車に乗り込むと、どっと力が抜けた。
少しずつ何が必要なのかが、わかってきたのかも。まだよくわからないところもあるけど…。今までの人生の中で、一番中身が濃い3日間な、気がする。
ずっとつらいと思っていた原因に名前があると知った。そして、同じ場所に佐伯と立っている。仲間がいる。それだけでなんだかやっていけそうな気がした。
甲府からまた横浜まで高速で行く。一度、下道に下りる。めまぐるしい。
佐伯と光岡は寝てしまった。つかれたんだな。先生は危ない運転、言いすぎた。慣れない運転をしながら、ぼくたちに付き合ってくれる。寝られない。それに、今、言っておかなきゃ。
「先生、ありがとう。お金も時間もかけさせちゃって、ごめんなさい」
本来、先生がぼくたちの面倒をみる必要はない。でも助けてくれた。ありがたかった。
「ひびき、本来このことは、まわりの大人がやるべきことなんだ。それをやってない。だから、おれはその人たちの代わりをしているだけなんだよ」
と、言った。
わかる、かも。けれど、言葉で言うほど、簡単なことではないと思う。
「それに、楽しくってさ」
楽しい? こんな大変なことが? ぼくが目をむいていると、続けて言った。
「小学生の時、友だちがいなくってね。ひびきと似ている状況だったんだよ。親はいい学校に行かせることしか考えてないしさ。逃げるのが大変だった。だからさ。今は、大人の知識はあるし、お金もそこそこある。小学生に戻って、ひどい大人とたたかって、佐伯くんを守るのは、小学生時代の自分へのリベンジみたいなものかな」
自分へのリベンジって何だろう。確かリベンジの意味は、仕返しや復讐って意味。先生は、誰にリベンジしたいんだろう。
「ひびきに声をかけて、ほんの2週間だ。たったそれだけの時間なんだけど、な。だけど、おれも仲間なんじゃないかなって勘違いしそうになるよ。おれはもう成人しちゃってるけどさ。なんだか小学生に戻って、冒険してる気分なんだ。自分の経験や勉強が君たちの役に立って、サポートできる大人になったのが、むしょうに嬉しいんだ。だから、お礼はいらないんだよ」
ふと、光岡が佐伯を助ける理由について聞いてきたことを思い出した。先生は過去の自分にリベンジをしたい。光岡は正義感から。じゃあ、ぼくはどう思って、手伝っているんだろうか。佐伯をほうっておけないだけじゃないのかもしれない、たぶん。
「今の学部に入ったのも、自分みたいな子どもをサポートしたいって思ったからなんだけどね。だから本望。親? 自分の思いどおりにならないってあきらめたみたいだけどね」
先生が、教育学部だということをこのドライブ中に知った。そういう勉強や仕事もいいなと、ちょっと思った。
「それじゃあ、4ばかですね」と言ったら、「仲間入りさせてくれるんだ」と、先生が嬉しそうに言った。
「塾でひびきを見ていて、どこかアンバランスだなって、ずっと思ってたんだ。色々な知識があって、頭もいい。でも、表情がね、なんだかさみしそうで心配だったんだ」
「そう、なんですか」
自分では全然気がつかなかった。
「そっ。やることはそつなくこなすんだけど、冷めているっていうか表情がなくってさ。だから『MIYA』で見かけた時、こんな表情をするんだと思って嬉しかった。さっきのけんかも、おっ、成長してるなって思ったよ」
なんだか恥ずかしくなって「ありがとうございます」とだけつぶやいた。
「自分が成長している過程をもう一度見ているような気がするんだよね」
ぼくは先生じゃないぞと思ったけど、言わなかった。先生がぼくの親だったら、よかったのにと思う。人生、やり直したいな。なんだかそう思ってしまった。
先生は、それから何も言わず運転を続けた。ぼくもなんだか眠くなってきた。車から、ゆったりとした音楽が流れてきて、ぼくは目をつぶった。
少しずつ夕闇が濃くなる中、車はじょじょに横浜へと進んでいった。
「どうしても、これだけは言っておかなくちゃいけないことがあるんだ。佐伯くんが受け続けてきた暴力についてだ」
いきなり真剣な目で言い始めたからびっくりした。暴力か…。嫌な言葉だ。でも、この急いでいる時に話すことなの、かな。
「ぼくは、大学でそういうことを研究しているんだ。君たちから聞いてわかったことをきちんと言葉にして、きちんと理解しなきゃいけないと思うようになった。じゃないと、だから、ここでその話をしたいと思う」
なんだか大ごとになってきている。先生の言い方は、塾で受ける授業みたいだった。
「暴力は、自分を無力で何もできない人間だと認識させるんだ。佐伯くんが受けていた肉体的な暴力、ひびきのネグレクトに近い精神的な暴力、どんな暴力も受けていた人の心や肉体を破壊できる。無力化する。つまり何をしたってダメだって気になってしまう」
ぼく…も? 佐伯だけじゃなくて? ぼくも虐待されていたってこと? ちょっとびっくりした。アレにいい学校行けと言われてるし、まあご飯もほとんどレンチンだけど、これが虐待…なのか? こういう状態について、名前があるんだ。知らなかった。ネグレクトって何だろう。先生に聞いてみる。
「放任ってことかな。つまり助けなきゃいけない相手を助けないで、ほうっておくってことだ。けど、ひびきの場合、お母さんは学校や塾に関して、一応連絡してるし。軽いネグレクトと軽いモラハラってとこだな。あ、モラハラは、言葉や態度の虐待ってことね」
モラハラ。ネグレクト。あまり聞いたことがない言葉だけど、自分がされてきたこと、なのか。自分のこととして考えると、あまり実感がもてない。でも、そういう言葉にされると、そうなんだと実感はできるような気がした。
「ひびきが軽いと言ったのは、完全なネグレクトの場合、ご飯の用意もしないし、お風呂も入れない。学校にも行かせない」
何だ、それ。そんなことってあるのか。あ、でも佐伯はそうだよね。だって洋服とかもほとんどないし。それに比べれば、アレはましってことなのか。けれど、そこにいるぼくにとっては重い。簡単に軽いとは言いきれない。
「あ、あと教育的な虐待ってのもあるな。当事者の意思に関係なく、強制的に勉強させるっていう。おれも親から強制的に勉強させられていたから、教育的な虐待の被害者かな」
ああ、それだ。ぼくがここ数年受けてきたのは、これ。初めて自分が受けてきたことが、一つの言葉になって、ぼくに流れ込んでくる。あの正体は…。だから、自分のヒリキや無力を実感していたのか。名前がわかった。すると、なぜだか気持ちがすっとした。
先生もそうなんだ。
「二人がそうだとして、これからどうなるんですか? どうすればいいんですか?」
光岡も真剣な顔をして、聞いている。
「暴力の連鎖という言葉を知ってる?」
さっき思った『つながってる』と思った答えは、このことなのか。光岡は「知りません」と答えた。
「暴力を受けた人は、他の人に暴力で返す人が多いんだ。自分が無力じゃないと思いたくて、暴力をふるう。偉いって思いたいんだ。専門用語で言えば、認知能力のゆがみってやつ。わかるかな。自分の心の傷を人になすりつけて、なかったことにしたがるんだ」
「親父を殺したい」と佐伯が言ったことを思い出した。そして、時々怖い目をする佐伯。あれは、そういう意味を持った行動なのか。
じゃあ、ぼくも大人になったら、子どもに勉強させて、いい学校に行かすことだけを考えるような大人になるのかな。それは嫌だ。
「その傷は根本的には治らない。特に感情面では、難しいと思う」
急に佐伯は立ち上がった。
「じゃあ、おれは、おれは、親父みたいになるってことなんですか!」
佐伯は、絶叫した。びっくりした。店にいる人たちがいっせいにこちらをふりむいた。店員さんが「お客様のご迷惑に…」と言ってきた。
すみません。気をつけます。だけど、周りに気をつかう余裕なんてないです。佐伯にしてみれば、一番嫌っているお父さんと同じようになるのは耐えがたいんだ。ぼくも母親のようになりたくない。先生は、冷静に言葉を続けた。
「それを決めるのは、これからの佐伯くんの考え方次第だな。これから自分の感情や心をきちんと見る訓練を受ける必要はあるね。自分が受けてきた暴力を感情的にではなく、客観的に見る。そして、心の中にある色々な気持ちをきちんと言葉にして、自分を受け止めるってことが大切なんだ」
「そうすれば、親父みたいにならないってことですか」
佐伯は、ふりしぼるような声を出した。先生は首を横にふった。
「それはわからない。傷はどこかに残る。きちんと暴力を理解して、断ち切っていく必要があるんだ。そのために今、自分やひびき、光岡さんが、手助けしているんだ。大丈夫。ずっとサポートしていくから。そう決心した。ひびきが言ったように居場所はここにあるよ」
先生は、真剣な顔で佐伯を見つめた。もう一度、改めて決心する。佐伯を助けていく。簡単じゃないと思う。どのくらいかかるんだろう。わからない。
ぼくは、ヒリキで無力かもしれないけど、ぼくとつながっている人たちのくさりを外そう。そして、ぼく自身のくさりも。
「がん、ばります」
先生が首を横に振った。
「がんばらなくていいんだよ。心の暴力という装置を外すには、断ち切るのではなく、客観的に見て、抜けることが必要なんだ。違う方法を見つけるんだ。これには時間がかかる。治ったと思っても急に行動に出ることもある。一つずつ考えていこう。時間はたっぷりあるんだから」
そっか、心の傷をいやすって、簡単なことじゃないんだ。原因を取りのぞいて、問題を解決したら、全部がOKってわけじゃないのか。だよね。もしアレが変わって、光岡のお母さんみたいになったら、許せるかな。…無理、だな。佐伯なんて、きっとぼくより難しいに違いない。これから先、心の中にくさりがひっかかり続けるのかもしれない。どうすればいいんだろう。
人って、人の心って複雑だ。ふと母親が酔っぱらった時のことを思い出す。嫌な人だけど、あの時、すごく弱い人のように感じた。人って、色々な面があるのかもしれない。
ぼくがクールだって思われていたことも、きっとそうなんだ。佐伯だって、光岡だって、先生だって、きっとそう。自分に何ができるのだろうか。できることがまだわからない。けれど、少しずつ探していくことぐらいはできるはず。そう思うしかなかった。
「少しずつだ。ゆっくりでいいから」
ぼくと光岡はうなずいた。佐伯は、まだぼう然としている。
先生が立ち上がった。
「じゃあ行くか、キングスクエア。レッツらゴーだ」
レッツらゴーって…。何だ。聞いたことないぞ。光岡と二人でつっこんだ。
ぼくたちも笑いながら、立ち上がった。佐伯もぎこちないけど、やっと笑った。
笑えるってことは、余裕があるってことだ。よかった。心から思った。
◇ ◇
車に乗り込むと、どっと力が抜けた。
少しずつ何が必要なのかが、わかってきたのかも。まだよくわからないところもあるけど…。今までの人生の中で、一番中身が濃い3日間な、気がする。
ずっとつらいと思っていた原因に名前があると知った。そして、同じ場所に佐伯と立っている。仲間がいる。それだけでなんだかやっていけそうな気がした。
甲府からまた横浜まで高速で行く。一度、下道に下りる。めまぐるしい。
佐伯と光岡は寝てしまった。つかれたんだな。先生は危ない運転、言いすぎた。慣れない運転をしながら、ぼくたちに付き合ってくれる。寝られない。それに、今、言っておかなきゃ。
「先生、ありがとう。お金も時間もかけさせちゃって、ごめんなさい」
本来、先生がぼくたちの面倒をみる必要はない。でも助けてくれた。ありがたかった。
「ひびき、本来このことは、まわりの大人がやるべきことなんだ。それをやってない。だから、おれはその人たちの代わりをしているだけなんだよ」
と、言った。
わかる、かも。けれど、言葉で言うほど、簡単なことではないと思う。
「それに、楽しくってさ」
楽しい? こんな大変なことが? ぼくが目をむいていると、続けて言った。
「小学生の時、友だちがいなくってね。ひびきと似ている状況だったんだよ。親はいい学校に行かせることしか考えてないしさ。逃げるのが大変だった。だからさ。今は、大人の知識はあるし、お金もそこそこある。小学生に戻って、ひどい大人とたたかって、佐伯くんを守るのは、小学生時代の自分へのリベンジみたいなものかな」
自分へのリベンジって何だろう。確かリベンジの意味は、仕返しや復讐って意味。先生は、誰にリベンジしたいんだろう。
「ひびきに声をかけて、ほんの2週間だ。たったそれだけの時間なんだけど、な。だけど、おれも仲間なんじゃないかなって勘違いしそうになるよ。おれはもう成人しちゃってるけどさ。なんだか小学生に戻って、冒険してる気分なんだ。自分の経験や勉強が君たちの役に立って、サポートできる大人になったのが、むしょうに嬉しいんだ。だから、お礼はいらないんだよ」
ふと、光岡が佐伯を助ける理由について聞いてきたことを思い出した。先生は過去の自分にリベンジをしたい。光岡は正義感から。じゃあ、ぼくはどう思って、手伝っているんだろうか。佐伯をほうっておけないだけじゃないのかもしれない、たぶん。
「今の学部に入ったのも、自分みたいな子どもをサポートしたいって思ったからなんだけどね。だから本望。親? 自分の思いどおりにならないってあきらめたみたいだけどね」
先生が、教育学部だということをこのドライブ中に知った。そういう勉強や仕事もいいなと、ちょっと思った。
「それじゃあ、4ばかですね」と言ったら、「仲間入りさせてくれるんだ」と、先生が嬉しそうに言った。
「塾でひびきを見ていて、どこかアンバランスだなって、ずっと思ってたんだ。色々な知識があって、頭もいい。でも、表情がね、なんだかさみしそうで心配だったんだ」
「そう、なんですか」
自分では全然気がつかなかった。
「そっ。やることはそつなくこなすんだけど、冷めているっていうか表情がなくってさ。だから『MIYA』で見かけた時、こんな表情をするんだと思って嬉しかった。さっきのけんかも、おっ、成長してるなって思ったよ」
なんだか恥ずかしくなって「ありがとうございます」とだけつぶやいた。
「自分が成長している過程をもう一度見ているような気がするんだよね」
ぼくは先生じゃないぞと思ったけど、言わなかった。先生がぼくの親だったら、よかったのにと思う。人生、やり直したいな。なんだかそう思ってしまった。
先生は、それから何も言わず運転を続けた。ぼくもなんだか眠くなってきた。車から、ゆったりとした音楽が流れてきて、ぼくは目をつぶった。
少しずつ夕闇が濃くなる中、車はじょじょに横浜へと進んでいった。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】
猫都299
児童書・童話
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。
「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」
秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。
※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記)
※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記)
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベル、ツギクルに投稿しています。
※【応募版】を2025年11月4日からNolaノベルに投稿しています。現在修正中です。元の小説は各話の文字数がバラバラだったので、【応募版】は各話3500~4500文字程になるよう調節しました。67話(番外編を含む)→23話(番外編を含まない)になりました。
合言葉はサンタクロース~小さな街の小さな奇跡
辻堂安古市
絵本
一人の少女が募金箱に入れた小さな善意が、次々と人から人へと繋がっていきます。
仕事仲間、家族、孤独な老人、そして子供たち。手渡された優しさは街中に広がり、いつしか一つの合言葉が生まれました。
雪の降る寒い街で、人々の心に温かな奇跡が降り積もっていく、優しさの連鎖の物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる