3 / 27
ぼっちと幼女
養う事を決意する
しおりを挟む
今、俺の脚には幼女が二人、がっちりとしがみ付いている。
正直な話、理解が追いついていない。
ついさっきまで、二人に襲いかかった魔物を瞬殺して、血抜きして、今日は熊鍋だな~なんて呑気に考えていた。
その直後にこれだ。
細い腕がふるふると震えながら、俺の脚にしがみ付いている。
純真無垢な四つの眼が、まっすぐ俺に突き刺さる。
――助けて。――行かないで。――ここにいて。
そんな言葉が聞こえてきそうな、必死で縋る瞳だった。
……やめろっ! 俺をそんな目で見るな……!
そんな事されたら――この二人が捨て子なら――養うしかないじゃないか!
「仕方ないな」
口から漏れた言葉は、観念にも似たため息混じりの一言だった。
これも運命か……。
俺は腕をスッと降ろし、幼女二人の頭にそっと手を置いて、ゆっくりと優しく頭を撫でた。
突然頭に触れられたせいか、二人はびくっと肩を竦めたが、すぐに撫でられていることに気づいたようだ。
固くこわばっていた肩の力が抜け、表情がふにゃりと溶ける。
にへぇー、と破顔して笑い、二人とも俺の太ももに頬をこすりつけてきた。
……お前らは猫か。
細い頬が擦れる感触と、くすぐったさと、胸の奥がじんわり温かくなる感覚。
この子たちが一人で生きていけるまで育てよう――と決意した瞬間でもあった。
「よし! お前ら、今日はご馳走だぁー!」
「「――――!」」
言葉は通じていないはずだが、俺の声の調子や雰囲気で何かを察したのか、
二人はぱっと顔を輝かせて、小さく声を上げた。
熊の死体を魔法で浮かし、拠点に向けてすいっと飛ばす。
空中を泳ぐように運ばれていく黒い巨体は、知らない奴が見たらホラーだろう。
二人は雰囲気で俺の言っていることが伝わったのか、器用にしがみ付いたまま、前に突き出した手でポーズを決めている。
何のポーズなのかは分からないが、テンションが高いのだけは伝わる。
……俺の腰に巻いてる布は落とさないでね、教育によろしくないブツが晒されちゃうから。
お願い、引っ張らないで。
俺が動き出すと、幼女たちは本能的にそれを察したのか、腰布を引っ張るのをぴたりと止めた。
とはいえ、この状態で歩くのは色々と危険なので、二人を俵担ぎにして拠点に向かう事にした。
「――!」
「――――!」
肩にひょいと担ぎ上げると、二人はくすぐったそうに、そして嬉しそうに短く笑った。
小さな手が俺の肩や頭にちょこんと添えられ、そこから伝わる体温がなんともくすぐったい。
自然と俺の頬も釣りあがって、笑顔になる。
この二人が捨て子であろうと、世間から拒絶された存在であろうと、内に膨大な魔力を秘めていようが関係ない。
今日から俺の娘だ。
そう決めたならば、やることをやらないとな。
二人の魔力の波長を感知して、ゆっくりと流動させる。
魔力を体外に放出しておかないと、この世界に来た時の俺みたいに爆発四散してしまうからな。
意識を深く沈め、二人の体内にある「魔力の海」に指先で触れるように意識を集中する。
そこから、余剰分を外へ導くように、優しく、慎重に魔力の流れを整えていく。
……波長を感知するときに分かったんだが、二人の魔力、多いな。
俺がこの世界に来た時のを十とすると、その一億倍ぐらいはくだらないだろう。
常識的に考えれば、即座に爆発してもおかしくない量だ。
だから、魔力の排出無しでも生きていられたのか。
ただ、ここの魔力が濃すぎるから、放っておけば三十分も持たないだろう。
助けられて良かった……。
そんなことを考えていると、白髪――いや、銀髪の子の方が、何かを訴えかけるかのように小さな拳で俺の背中をぽすぽすと叩いてきた。
……俵担ぎが苦しいのだろうか?
やや体勢を変えて、銀髪の子を肩に座るような感じに移動させると、気に入ったのか、こつんと俺の頭にもたれかかってきた。
むにっと頬が頭頂部に当たって、ちょっとくすぐったい。
俵担ぎのままの翠髪の子の方を見ると、無言で訴えかけてくるような視線が突き刺さった。
……ああ、うん。自分もそうしてほしいのだろうな。
同じように肩に座るような感じにすると、翠髪の子も真似をするように、同じく俺の頭にもたれかかった。
――このまま寝たりしないよな……?
両肩に幼女、頭の両サイドにはふにふにほっぺ。
バランスを崩されたら、俺の首が先に逝きそうだ。
◇ ◇ ◇
家に着いたので、二人をそっと下に降ろす。
降ろした途端、幼女たちは再び俺の足にしがみついて、するすると登ってこようとしたので、
手で頭を押さえて、膝より上に登れないようにストップをかける。
「そこまで。膝上は有料席だからな」
もちろん伝わってはいないが、軽口を叩きながら、俺は足に幼女を装備しながら――少しばかり――いや、非常に歩きにくい状態で扉を開ける。
中は木造建築で、落ち着いた感じの部屋だ。
木の香りがほんのりと鼻に届き、長年住み慣れた拠点特有の安心感が胸に広がる。
床には、二百年ぐらい前に狩った異様に強かった犬野郎の毛皮が敷いてある。
すっごいもふもふで、二百年経った今でも毛並みが落ちず、汚れもしていない。すごい。
まあまあ強かった記憶がある。
当時はそれなりに苦戦したはずなのに、今では「まあまあ」で済むあたり、俺の成長もなかなかだ。
「今日からここが二人の家だぞ」
そう幼女たちに告げると、幼女たちは――足にしがみついたまま――こてんと首を傾げた。
自分たちが捨てられ、拾われたことを知っているかのような、どこか不思議そうな目だ。
すると銀髪の方の幼女が、足から離れて犬畜生の毛皮を触りに行った。
しゃがんで手を置いて、もふもふを確かめているようだ。
小さな指が毛並みを撫でるたびに、もふっ、と音が聞こえてきそうなほど気持ちよさそうにしている。
「――――――!」
目からキラキラと効果音が出そうなくらい、そのもふもふ感を実感したのだろう。
瞳を輝かせながら、毛皮に頬ずりし始めた。
翠髪の幼女が、向こうに行きたそうにこちらを見ている。
目だけで「行ってもいい?」と聞いているのが分かる。
「好きに遊んでいいんだぞ」
そう声をかけると、翠髪の幼女はこくりと頷き、銀髪の幼女の元へと駆けて行った。
あれ? もしかしなくても俺の言葉伝わってる?
俺が向こうの言葉を理解できてないだけ??
なぜ言葉が理解できないのか悩んでいると、さっきまで騒がしかった幼女たちの声が聞こえなくなった。
何事かと思って前を向いたら、二人とも大の字になって寝ていた。
毛皮の上で、全身を投げ出して、幸せそうにすーすーと寝息を立てている。
寝顔マジ天使。
銀髪の子は口を少し開けて、ほっぺたはほんのり桜色。
翠髪の子は眉をゆるく下げて、微笑んでいるような表情で眠っている。
このまま二千年くらい寝顔を拝んでいたいが、そうは問屋が卸さないだろう。
「よーし、美味しいご飯作っちゃうぞー」
ぽん、と両手を打ち鳴らして、自分に気合を入れる。
二人には、もうちょっと肉付きが良くなってほしい。
幼女といったらプニッとした感じが一番だと思う、異論は認める。
可愛いを通り越してリアル天使な娘たちに、栄養満点の料理を作るべく、
俺は冷蔵庫――といっても、魔法で冷却状態を保っている箱だが――の中身を見て、今日の献立を考え始めた。
ふむ……。
あの熊を狩った時は、熊鍋でいいかと思ったけれども、初めての食事が鍋ってのもなぁ……。
そうだ、ハンバーグにしよう。
子供は皆ハンバーグが好きなはずだ。俺も好きだった。
「熊肉をふんだんに使ったゴロゴロハンバーグだな」
浄化で手を綺麗にして、ハンバーグのタネを作る準備をする。
外の空間魔法で拡張して、時属性魔法で時間を止めてある倉庫にぶち込んだ熊を、
魔法で操り、ひき肉と小さなブロック状の肉にする。
ゴロゴロってのは、肉の塊がゴロゴロしているって感じをイメージしてみた。
ボウルの中で、ひき肉と具材をこねる。
指の間からむにむにと肉が逃げる感触が、不思議と心を落ち着かせてくれる。
順調にハンバーグのタネができてきたので、フライパンに魔力を流す。
これは俺が錬金術で作った魔導加熱式フライパンだ。
流した魔力に応じてフライパンが温まる最高傑作である。
焼き過ぎの心配も、火加減調整もいらない優れものだ。
そこに油を引いて、形を整えたハンバーグのタネを乗せる。
じゅわぁ、と肉の焼ける心地の良い音が聞こえてくる。
肉の焼ける音って犯罪的だよね、わかる。
耳だけで腹が減ってくる。
魔法を駆使して、肉汁が外に漏れでないように中で留める。
表面だけこんがり、中はふっくらジューシーを目指して、火加減――というか魔力加減を微調整する。
肉の焼ける美味しい匂いが部屋中に拡散される。
少しだけ甘く、香ばしいその匂いに、俺の胃袋も本気を出し始めた。
良い感じの焼き加減になってきたので、ひっくり返す。
「あー……腹減るな、これ」
「「――!」」
いつの間にか起きていた幼女二人が、俺の腰布を掴んでこくこくと頷いている。
かわいい。
俺の顔を見るのに上を向かないといけないので、必然的に上目遣いになっているのが、もう最高に堪らん。
「もうすぐできるからテーブルの前で待っててくれ」
「「――――!」」
満面の笑みで両手を挙げて、わたわたとテーブルの近くに行った。
幸いにも椅子は四つあるため、人数的な問題はない。
焼ける音が変わり始めたので、ハンバーグをフライパンから離し、ソース作りに取り掛かった。
単純にデミグラスソースでいいだろう。シンプルイズベストだ。
あまり凝ったものを作るより、定番の方が子供には喜ばれる。
ソースも作り終わったので、皿に移して盛り付けをする。
別の皿に炊きたての白米をこんもりと乗せて、二人のハンバーグには小さな旗を刺す。
取り合いにならないように同じ旗にしておいた。
ちょっとしたお子様ランチみたいな感じになったな。
テーブルの方を見ると、すでに着席して料理を待っていた。
足をぶらぶらさせながら、じっと皿の置かれる場所を見つめている。
二人とも口の端から少し涎が垂れている。かわいい。
ハンバーグとライスを置き、ナイフとフォークを並べる。
これは調理中に作ったお子様用のナイフとフォークだ。
銀や鉄ではなく木材でできており、安全性を考慮した感じになっている。
「さて、食うか」
自分の分のハンバーグにフォークを刺して押さえ、ナイフで切り込みを入れると、
中から肉汁がこれでもかというくらい溢れてくる。
それを食べやすい形に切って、ソースをたっぷり付けて口に入れる。
そして、すかさずライスを口に放り込む。
うむ……うまい!
我ながら会心の出来だ。
ジューシーさと肉の旨味、熊肉特有のコク、それをソースがうまくまとめてくれている。
ふと前に座っている二人を見てみると、食べずにこちらをじっと見ていた。
「ん? 食べて良いんだぞ?」
「―――――」
何かを小さな声で言ったが、やはり意味は分からない。
なるほど、わからん。
あれか、残り物しか食べさせてもらえてなかった感じか?
せっかく目の前に準備して置いてあるのに、食べるのを禁じられて、
大人たちの食べ残しだけが自分たちの分、みたいな。
もしそれが本当ならば、この二人にそんな仕打ちをしていた奴をボッコボコにしないと気が済まなくなっちゃうぞ。
「それはお前たちの分だ。誰にも取られないし、誰も取らない。食べたくないって言うんだったら話は別だが、せっかく作ったんだ。食べてくれると嬉しいな」
ゆっくり、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
意味が伝わるかどうかは分からないが、「これは君たちのものだ」という気持ちだけは込めたつもりだ。
それを聞くと、二人はぽろぽろと大粒の涙を流し、静かに頷いた。
ナイフとフォークを手に取り、俺がやっていたことを見様見真似で、ハンバーグを一口サイズにして口に放り込んだ。
ひと噛み、ふた噛みして、顔を上げた。
そして満面の笑みで。
「「――――!」」
何かを言った。
それは言葉が理解できていない俺でも、どんな事を言ったのか容易に想像できた。
――『美味しい』
だろう。
「そうか、美味いか。しっかり食えよ? お代わりはあるからな」
そう言うと、二人は笑顔のままこくこくと頷き、顔を見合わせて、せかせかと食べ始めた。
ちいさなフォークが忙しなく動き、ハンバーグがみるみるうちに減っていく。
その様子を眺めながら、俺は心の中でそっと思う。
――ああ、悪くないな、こういうのも。
正直な話、理解が追いついていない。
ついさっきまで、二人に襲いかかった魔物を瞬殺して、血抜きして、今日は熊鍋だな~なんて呑気に考えていた。
その直後にこれだ。
細い腕がふるふると震えながら、俺の脚にしがみ付いている。
純真無垢な四つの眼が、まっすぐ俺に突き刺さる。
――助けて。――行かないで。――ここにいて。
そんな言葉が聞こえてきそうな、必死で縋る瞳だった。
……やめろっ! 俺をそんな目で見るな……!
そんな事されたら――この二人が捨て子なら――養うしかないじゃないか!
「仕方ないな」
口から漏れた言葉は、観念にも似たため息混じりの一言だった。
これも運命か……。
俺は腕をスッと降ろし、幼女二人の頭にそっと手を置いて、ゆっくりと優しく頭を撫でた。
突然頭に触れられたせいか、二人はびくっと肩を竦めたが、すぐに撫でられていることに気づいたようだ。
固くこわばっていた肩の力が抜け、表情がふにゃりと溶ける。
にへぇー、と破顔して笑い、二人とも俺の太ももに頬をこすりつけてきた。
……お前らは猫か。
細い頬が擦れる感触と、くすぐったさと、胸の奥がじんわり温かくなる感覚。
この子たちが一人で生きていけるまで育てよう――と決意した瞬間でもあった。
「よし! お前ら、今日はご馳走だぁー!」
「「――――!」」
言葉は通じていないはずだが、俺の声の調子や雰囲気で何かを察したのか、
二人はぱっと顔を輝かせて、小さく声を上げた。
熊の死体を魔法で浮かし、拠点に向けてすいっと飛ばす。
空中を泳ぐように運ばれていく黒い巨体は、知らない奴が見たらホラーだろう。
二人は雰囲気で俺の言っていることが伝わったのか、器用にしがみ付いたまま、前に突き出した手でポーズを決めている。
何のポーズなのかは分からないが、テンションが高いのだけは伝わる。
……俺の腰に巻いてる布は落とさないでね、教育によろしくないブツが晒されちゃうから。
お願い、引っ張らないで。
俺が動き出すと、幼女たちは本能的にそれを察したのか、腰布を引っ張るのをぴたりと止めた。
とはいえ、この状態で歩くのは色々と危険なので、二人を俵担ぎにして拠点に向かう事にした。
「――!」
「――――!」
肩にひょいと担ぎ上げると、二人はくすぐったそうに、そして嬉しそうに短く笑った。
小さな手が俺の肩や頭にちょこんと添えられ、そこから伝わる体温がなんともくすぐったい。
自然と俺の頬も釣りあがって、笑顔になる。
この二人が捨て子であろうと、世間から拒絶された存在であろうと、内に膨大な魔力を秘めていようが関係ない。
今日から俺の娘だ。
そう決めたならば、やることをやらないとな。
二人の魔力の波長を感知して、ゆっくりと流動させる。
魔力を体外に放出しておかないと、この世界に来た時の俺みたいに爆発四散してしまうからな。
意識を深く沈め、二人の体内にある「魔力の海」に指先で触れるように意識を集中する。
そこから、余剰分を外へ導くように、優しく、慎重に魔力の流れを整えていく。
……波長を感知するときに分かったんだが、二人の魔力、多いな。
俺がこの世界に来た時のを十とすると、その一億倍ぐらいはくだらないだろう。
常識的に考えれば、即座に爆発してもおかしくない量だ。
だから、魔力の排出無しでも生きていられたのか。
ただ、ここの魔力が濃すぎるから、放っておけば三十分も持たないだろう。
助けられて良かった……。
そんなことを考えていると、白髪――いや、銀髪の子の方が、何かを訴えかけるかのように小さな拳で俺の背中をぽすぽすと叩いてきた。
……俵担ぎが苦しいのだろうか?
やや体勢を変えて、銀髪の子を肩に座るような感じに移動させると、気に入ったのか、こつんと俺の頭にもたれかかってきた。
むにっと頬が頭頂部に当たって、ちょっとくすぐったい。
俵担ぎのままの翠髪の子の方を見ると、無言で訴えかけてくるような視線が突き刺さった。
……ああ、うん。自分もそうしてほしいのだろうな。
同じように肩に座るような感じにすると、翠髪の子も真似をするように、同じく俺の頭にもたれかかった。
――このまま寝たりしないよな……?
両肩に幼女、頭の両サイドにはふにふにほっぺ。
バランスを崩されたら、俺の首が先に逝きそうだ。
◇ ◇ ◇
家に着いたので、二人をそっと下に降ろす。
降ろした途端、幼女たちは再び俺の足にしがみついて、するすると登ってこようとしたので、
手で頭を押さえて、膝より上に登れないようにストップをかける。
「そこまで。膝上は有料席だからな」
もちろん伝わってはいないが、軽口を叩きながら、俺は足に幼女を装備しながら――少しばかり――いや、非常に歩きにくい状態で扉を開ける。
中は木造建築で、落ち着いた感じの部屋だ。
木の香りがほんのりと鼻に届き、長年住み慣れた拠点特有の安心感が胸に広がる。
床には、二百年ぐらい前に狩った異様に強かった犬野郎の毛皮が敷いてある。
すっごいもふもふで、二百年経った今でも毛並みが落ちず、汚れもしていない。すごい。
まあまあ強かった記憶がある。
当時はそれなりに苦戦したはずなのに、今では「まあまあ」で済むあたり、俺の成長もなかなかだ。
「今日からここが二人の家だぞ」
そう幼女たちに告げると、幼女たちは――足にしがみついたまま――こてんと首を傾げた。
自分たちが捨てられ、拾われたことを知っているかのような、どこか不思議そうな目だ。
すると銀髪の方の幼女が、足から離れて犬畜生の毛皮を触りに行った。
しゃがんで手を置いて、もふもふを確かめているようだ。
小さな指が毛並みを撫でるたびに、もふっ、と音が聞こえてきそうなほど気持ちよさそうにしている。
「――――――!」
目からキラキラと効果音が出そうなくらい、そのもふもふ感を実感したのだろう。
瞳を輝かせながら、毛皮に頬ずりし始めた。
翠髪の幼女が、向こうに行きたそうにこちらを見ている。
目だけで「行ってもいい?」と聞いているのが分かる。
「好きに遊んでいいんだぞ」
そう声をかけると、翠髪の幼女はこくりと頷き、銀髪の幼女の元へと駆けて行った。
あれ? もしかしなくても俺の言葉伝わってる?
俺が向こうの言葉を理解できてないだけ??
なぜ言葉が理解できないのか悩んでいると、さっきまで騒がしかった幼女たちの声が聞こえなくなった。
何事かと思って前を向いたら、二人とも大の字になって寝ていた。
毛皮の上で、全身を投げ出して、幸せそうにすーすーと寝息を立てている。
寝顔マジ天使。
銀髪の子は口を少し開けて、ほっぺたはほんのり桜色。
翠髪の子は眉をゆるく下げて、微笑んでいるような表情で眠っている。
このまま二千年くらい寝顔を拝んでいたいが、そうは問屋が卸さないだろう。
「よーし、美味しいご飯作っちゃうぞー」
ぽん、と両手を打ち鳴らして、自分に気合を入れる。
二人には、もうちょっと肉付きが良くなってほしい。
幼女といったらプニッとした感じが一番だと思う、異論は認める。
可愛いを通り越してリアル天使な娘たちに、栄養満点の料理を作るべく、
俺は冷蔵庫――といっても、魔法で冷却状態を保っている箱だが――の中身を見て、今日の献立を考え始めた。
ふむ……。
あの熊を狩った時は、熊鍋でいいかと思ったけれども、初めての食事が鍋ってのもなぁ……。
そうだ、ハンバーグにしよう。
子供は皆ハンバーグが好きなはずだ。俺も好きだった。
「熊肉をふんだんに使ったゴロゴロハンバーグだな」
浄化で手を綺麗にして、ハンバーグのタネを作る準備をする。
外の空間魔法で拡張して、時属性魔法で時間を止めてある倉庫にぶち込んだ熊を、
魔法で操り、ひき肉と小さなブロック状の肉にする。
ゴロゴロってのは、肉の塊がゴロゴロしているって感じをイメージしてみた。
ボウルの中で、ひき肉と具材をこねる。
指の間からむにむにと肉が逃げる感触が、不思議と心を落ち着かせてくれる。
順調にハンバーグのタネができてきたので、フライパンに魔力を流す。
これは俺が錬金術で作った魔導加熱式フライパンだ。
流した魔力に応じてフライパンが温まる最高傑作である。
焼き過ぎの心配も、火加減調整もいらない優れものだ。
そこに油を引いて、形を整えたハンバーグのタネを乗せる。
じゅわぁ、と肉の焼ける心地の良い音が聞こえてくる。
肉の焼ける音って犯罪的だよね、わかる。
耳だけで腹が減ってくる。
魔法を駆使して、肉汁が外に漏れでないように中で留める。
表面だけこんがり、中はふっくらジューシーを目指して、火加減――というか魔力加減を微調整する。
肉の焼ける美味しい匂いが部屋中に拡散される。
少しだけ甘く、香ばしいその匂いに、俺の胃袋も本気を出し始めた。
良い感じの焼き加減になってきたので、ひっくり返す。
「あー……腹減るな、これ」
「「――!」」
いつの間にか起きていた幼女二人が、俺の腰布を掴んでこくこくと頷いている。
かわいい。
俺の顔を見るのに上を向かないといけないので、必然的に上目遣いになっているのが、もう最高に堪らん。
「もうすぐできるからテーブルの前で待っててくれ」
「「――――!」」
満面の笑みで両手を挙げて、わたわたとテーブルの近くに行った。
幸いにも椅子は四つあるため、人数的な問題はない。
焼ける音が変わり始めたので、ハンバーグをフライパンから離し、ソース作りに取り掛かった。
単純にデミグラスソースでいいだろう。シンプルイズベストだ。
あまり凝ったものを作るより、定番の方が子供には喜ばれる。
ソースも作り終わったので、皿に移して盛り付けをする。
別の皿に炊きたての白米をこんもりと乗せて、二人のハンバーグには小さな旗を刺す。
取り合いにならないように同じ旗にしておいた。
ちょっとしたお子様ランチみたいな感じになったな。
テーブルの方を見ると、すでに着席して料理を待っていた。
足をぶらぶらさせながら、じっと皿の置かれる場所を見つめている。
二人とも口の端から少し涎が垂れている。かわいい。
ハンバーグとライスを置き、ナイフとフォークを並べる。
これは調理中に作ったお子様用のナイフとフォークだ。
銀や鉄ではなく木材でできており、安全性を考慮した感じになっている。
「さて、食うか」
自分の分のハンバーグにフォークを刺して押さえ、ナイフで切り込みを入れると、
中から肉汁がこれでもかというくらい溢れてくる。
それを食べやすい形に切って、ソースをたっぷり付けて口に入れる。
そして、すかさずライスを口に放り込む。
うむ……うまい!
我ながら会心の出来だ。
ジューシーさと肉の旨味、熊肉特有のコク、それをソースがうまくまとめてくれている。
ふと前に座っている二人を見てみると、食べずにこちらをじっと見ていた。
「ん? 食べて良いんだぞ?」
「―――――」
何かを小さな声で言ったが、やはり意味は分からない。
なるほど、わからん。
あれか、残り物しか食べさせてもらえてなかった感じか?
せっかく目の前に準備して置いてあるのに、食べるのを禁じられて、
大人たちの食べ残しだけが自分たちの分、みたいな。
もしそれが本当ならば、この二人にそんな仕打ちをしていた奴をボッコボコにしないと気が済まなくなっちゃうぞ。
「それはお前たちの分だ。誰にも取られないし、誰も取らない。食べたくないって言うんだったら話は別だが、せっかく作ったんだ。食べてくれると嬉しいな」
ゆっくり、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
意味が伝わるかどうかは分からないが、「これは君たちのものだ」という気持ちだけは込めたつもりだ。
それを聞くと、二人はぽろぽろと大粒の涙を流し、静かに頷いた。
ナイフとフォークを手に取り、俺がやっていたことを見様見真似で、ハンバーグを一口サイズにして口に放り込んだ。
ひと噛み、ふた噛みして、顔を上げた。
そして満面の笑みで。
「「――――!」」
何かを言った。
それは言葉が理解できていない俺でも、どんな事を言ったのか容易に想像できた。
――『美味しい』
だろう。
「そうか、美味いか。しっかり食えよ? お代わりはあるからな」
そう言うと、二人は笑顔のままこくこくと頷き、顔を見合わせて、せかせかと食べ始めた。
ちいさなフォークが忙しなく動き、ハンバーグがみるみるうちに減っていく。
その様子を眺めながら、俺は心の中でそっと思う。
――ああ、悪くないな、こういうのも。
146
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる