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幼女と邪神とユキ
幼女と邪神とユキと食後のおやつ
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「腹が減ったのじゃ」
「バーベキューの片付け中に言うセリフじゃないだろ、それ」
炭の匂いと肉の脂の香りが、まだ中庭に薄く残っている。
プレートは冷めきっていないし、芝生の上には踏み固められた足跡が点々と続いていた。
さっきまでユキも含めて、全員でがっつり食ったはずだ。
それなのに、クレバスは堂々と腹を鳴らす。
シロとミドリとユキは木陰で寄り添うように寝ている。
寝息が重なって、風に混ざって聞こえる程度の音になっていた。
だから片付け担当は俺とクレバス。……のはずだった。
「こう……なんかあるじゃろ? 飯を食うて、まだ少しもしてないのに腹が減るときが……」
「確かに分からなくはないが……」
「じゃろう!? 何かをガッツリ食うほどではないのじゃが、口に何かを入れたいという感覚なのじゃ」
「そうか」
適当に相槌を打ちながら、俺は袋を畳み、トングを洗い、皿を亜空間に投げ込む。
片付けっていうのは、やり始めたら手を止めないのが一番早い。
……と思っていたら。
クレバスが唐突に地面に寝転がった。
芝生の上でごろり。
そのまま駄々を捏ねる子供みたいに両手両足を大きく動かして、声を張り上げる。
「妾はおやつを所望するのじゃーー!」
「……そうか」
転がるたびに草が擦れて、ぱらぱらと葉が舞う。
寝ている三人が起きないのが不思議なくらいの騒ぎだが、木陰の眠気は強いらしい。
俺は無視して片付けを続行した。
最後に、周囲の油跳ねを魔法でさっと拭い取る。
これで終わり――と思った瞬間。
ぬるり。
足に何かが絡まった。
クレバスが軟体動物みたいにくっついてきている。
腕じゃない。胴体ごと、巻き付く勢いだ。
「のう、のう!? 所望すると言ったじゃろ!?」
「そうだな。そんな事より、お前が今どうやってその格好になってるのかが気になって仕方ない」
絡みつきながらも、クレバスはなぜか得意げだ。
目を細めて、教える側の顔になる。
「骨に水の魔力を流して柔らかくするとできるんじゃぞ。ほれ、教えたじゃろ!? 褒美を寄越すのじゃ!」
「今日に限って圧が強いな。ほれ」
俺は亜空間から、小袋をひとつ取り出す。
中身はクッキー。しかも失敗作。
見せた瞬間、クレバスの目が輝いた。
俺はそのまま、遠くへ放る。
ひゅっと弧を描くクッキー。
クレバスは足から離れて、迷いなく追いかけていった。
犬か。
……今の隙に試すか。
言った通りに骨へ魔力を流す。
どの属性だ。水の魔力が近いか。
流し方は、筋肉を動かす時より繊細に。骨の芯を撫でるみたいに――
真っ直ぐだった腕が、すとんと真下に垂れた。
「うわっ」
予想以上に落ちる。
自分の腕が、自分の腕じゃないみたいに見えて気持ち悪い。
関節がどうとかじゃなく、全体がふにゃりとした感触で、支えが消えたみたいだった。
力を入れて戻そうとしても、一瞬遅れて反応する。遅延がある。
……なるほど。原理は分かった。
急にクレバスがこれをやり始めた理由は謎だが、仕組みが理解できればそれでいい。
腕はすぐ元に戻した。慣れたくない。
その頃、クレバスはクッキーを拾って戻ってきていた。
頬張って、眉をひそめる。
「のう……甘い香りがするのに苦いんじゃが……」
「失敗作だからな」
「そうじゃったが! 確かにクッキーに失敗作って書いてあったんじゃが!」
砂糖を作りたくて試行錯誤していた時の産物だ。
香りだけ甘くて、味が苦い。何に失敗したのか分からない方向に失敗している。
分かりやすく薬草を擦ったもので、袋に失敗作と書いておいた。
この手の失敗は捨てるのも勿体なくて、全部保管してある。大量に。
普通のクッキーに混ぜてロシアンルーレットしても面白そうだ。
「……のぅ」
クレバスが、目を潤ませる。
「わかったよ。ほれ、ちゃんとしたクッキーだ」
甘い方を渡すと、クレバスは一瞬で機嫌を直した。
時々、俺の飲み物を苦いお茶にすり替えるから、その仕返しのつもりだったんだがな。
その気配を嗅ぎ取ったのか、木陰が動く。
「うゅ……? あー! ずるい!」
「……にゃに」
シロが飛び起きて、クッキーを頬張っているクレバスを指さして叫ぶ。
ミドリは起ききっていない顔で、目を擦りながらとぼとぼ近づいてきた。
シロはとっくに走って、クレバスのクッキーを奪おうとしている。
ユキは状況が掴めていないのか、少し遅れて立ち上がり、二人を見比べていた。
「おやつにするか……」
結局それが一番丸い。
亜空間から人数分のクッキーを取り出して、順に渡していく。
シロは受け取った瞬間に食べ始めた。
ミドリは船を漕ぎながら、少しずつ口に運んでいる。
……無理して食べなくていいんだぞ。
「ん、ありがとう。っ……! おいひい」
「口に合って何よりだ」
ユキは木の実を齧るリスみたいに、サクサクと小さく噛んで食べる。
表情が柔らかい。気に入ったらしい。
ミドリは限界が近いのか、途中で手が止まっていた。
視線だけがぼんやり漂っている。
「ミドリ、寝るか?」
「……たべなきゃ……くわれる……」
「シロに取られないように預かっておくぞ?」
「……じゃ……ねる」
ミドリはクッキーの袋を俺に渡して、次の瞬間には眠った。
切り替えが早すぎる。
抱きかかえて、先に家へ戻る。
体が軽い。寝落ちすると、余計な力が抜けるからだろう。
寝室のベッドにそっと下ろして、布団を掛けた。ついでに魔法で軽く整える。
髪に絡んだ草の欠片と、頬についた粉砂糖だけを消して、眠りの邪魔にならないように。
「バーベキューの片付け中に言うセリフじゃないだろ、それ」
炭の匂いと肉の脂の香りが、まだ中庭に薄く残っている。
プレートは冷めきっていないし、芝生の上には踏み固められた足跡が点々と続いていた。
さっきまでユキも含めて、全員でがっつり食ったはずだ。
それなのに、クレバスは堂々と腹を鳴らす。
シロとミドリとユキは木陰で寄り添うように寝ている。
寝息が重なって、風に混ざって聞こえる程度の音になっていた。
だから片付け担当は俺とクレバス。……のはずだった。
「こう……なんかあるじゃろ? 飯を食うて、まだ少しもしてないのに腹が減るときが……」
「確かに分からなくはないが……」
「じゃろう!? 何かをガッツリ食うほどではないのじゃが、口に何かを入れたいという感覚なのじゃ」
「そうか」
適当に相槌を打ちながら、俺は袋を畳み、トングを洗い、皿を亜空間に投げ込む。
片付けっていうのは、やり始めたら手を止めないのが一番早い。
……と思っていたら。
クレバスが唐突に地面に寝転がった。
芝生の上でごろり。
そのまま駄々を捏ねる子供みたいに両手両足を大きく動かして、声を張り上げる。
「妾はおやつを所望するのじゃーー!」
「……そうか」
転がるたびに草が擦れて、ぱらぱらと葉が舞う。
寝ている三人が起きないのが不思議なくらいの騒ぎだが、木陰の眠気は強いらしい。
俺は無視して片付けを続行した。
最後に、周囲の油跳ねを魔法でさっと拭い取る。
これで終わり――と思った瞬間。
ぬるり。
足に何かが絡まった。
クレバスが軟体動物みたいにくっついてきている。
腕じゃない。胴体ごと、巻き付く勢いだ。
「のう、のう!? 所望すると言ったじゃろ!?」
「そうだな。そんな事より、お前が今どうやってその格好になってるのかが気になって仕方ない」
絡みつきながらも、クレバスはなぜか得意げだ。
目を細めて、教える側の顔になる。
「骨に水の魔力を流して柔らかくするとできるんじゃぞ。ほれ、教えたじゃろ!? 褒美を寄越すのじゃ!」
「今日に限って圧が強いな。ほれ」
俺は亜空間から、小袋をひとつ取り出す。
中身はクッキー。しかも失敗作。
見せた瞬間、クレバスの目が輝いた。
俺はそのまま、遠くへ放る。
ひゅっと弧を描くクッキー。
クレバスは足から離れて、迷いなく追いかけていった。
犬か。
……今の隙に試すか。
言った通りに骨へ魔力を流す。
どの属性だ。水の魔力が近いか。
流し方は、筋肉を動かす時より繊細に。骨の芯を撫でるみたいに――
真っ直ぐだった腕が、すとんと真下に垂れた。
「うわっ」
予想以上に落ちる。
自分の腕が、自分の腕じゃないみたいに見えて気持ち悪い。
関節がどうとかじゃなく、全体がふにゃりとした感触で、支えが消えたみたいだった。
力を入れて戻そうとしても、一瞬遅れて反応する。遅延がある。
……なるほど。原理は分かった。
急にクレバスがこれをやり始めた理由は謎だが、仕組みが理解できればそれでいい。
腕はすぐ元に戻した。慣れたくない。
その頃、クレバスはクッキーを拾って戻ってきていた。
頬張って、眉をひそめる。
「のう……甘い香りがするのに苦いんじゃが……」
「失敗作だからな」
「そうじゃったが! 確かにクッキーに失敗作って書いてあったんじゃが!」
砂糖を作りたくて試行錯誤していた時の産物だ。
香りだけ甘くて、味が苦い。何に失敗したのか分からない方向に失敗している。
分かりやすく薬草を擦ったもので、袋に失敗作と書いておいた。
この手の失敗は捨てるのも勿体なくて、全部保管してある。大量に。
普通のクッキーに混ぜてロシアンルーレットしても面白そうだ。
「……のぅ」
クレバスが、目を潤ませる。
「わかったよ。ほれ、ちゃんとしたクッキーだ」
甘い方を渡すと、クレバスは一瞬で機嫌を直した。
時々、俺の飲み物を苦いお茶にすり替えるから、その仕返しのつもりだったんだがな。
その気配を嗅ぎ取ったのか、木陰が動く。
「うゅ……? あー! ずるい!」
「……にゃに」
シロが飛び起きて、クッキーを頬張っているクレバスを指さして叫ぶ。
ミドリは起ききっていない顔で、目を擦りながらとぼとぼ近づいてきた。
シロはとっくに走って、クレバスのクッキーを奪おうとしている。
ユキは状況が掴めていないのか、少し遅れて立ち上がり、二人を見比べていた。
「おやつにするか……」
結局それが一番丸い。
亜空間から人数分のクッキーを取り出して、順に渡していく。
シロは受け取った瞬間に食べ始めた。
ミドリは船を漕ぎながら、少しずつ口に運んでいる。
……無理して食べなくていいんだぞ。
「ん、ありがとう。っ……! おいひい」
「口に合って何よりだ」
ユキは木の実を齧るリスみたいに、サクサクと小さく噛んで食べる。
表情が柔らかい。気に入ったらしい。
ミドリは限界が近いのか、途中で手が止まっていた。
視線だけがぼんやり漂っている。
「ミドリ、寝るか?」
「……たべなきゃ……くわれる……」
「シロに取られないように預かっておくぞ?」
「……じゃ……ねる」
ミドリはクッキーの袋を俺に渡して、次の瞬間には眠った。
切り替えが早すぎる。
抱きかかえて、先に家へ戻る。
体が軽い。寝落ちすると、余計な力が抜けるからだろう。
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