ドワーフ・ゴンちゃんの鍛冶とお酒と恋模様

天上青(ゼニスブルー)

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3.兄弟子ゾーイ

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その日はいつもと違っていた。

朝からなにやら外が騒がしいんだ。

工房で作業をしている俺の元に、大慌てで駆け込んできたのは、街の警ら隊員……ヒト族でいつもこの辺りを巡回パトロールしてくれている、真面目なヤツらだ。

「ゴンサロ、一緒に来てくれ。」

驚いて火を消し、慌ただしく外に出ると、親方もすでに出てきていた。

親方と顔を見合わせると、彼は大きく頷く。
え? 一体、何があったんだ?

俺たちは警ら隊員に連れられて、街の外れへと急行する。

そこで目にしたのは、顔面が血だらけで倒れているゾーイの姿だった。

「ゾーイ……!」

鼻の骨は完全に折れていて、血が止まる気配もない。
荒れ果てた彼の様子を見た瞬間、俺の胸には恐怖と不安が一気に押し寄せてきた。

まさか、兄弟子の姿をこんな形で目にすることになるとは?!

「誰がこんなことを……?」

親方が険しい表情で問いかけたが、ゾーイはうめき声を上げるだけで、まともに話せる状態ではない。

俺はその姿を見つめながら、指先が冷たくなっていくのを感じた。
いつも不愛想で頼りになる兄弟子が、今は壊れた人形のように力なく横たわっている。

警ら隊員はゾーイを運びながら、俺たちに説明を続けた。

「彼が発見された場所は、街の外れの裏通りです。なぜあんな治安の悪いところにいたのかはわかりませんが、周囲には争った形跡がありました。」

裏通り? 争った形跡? どうしてゾーイがそんな場所に?

俺の頭の中で疑問が渦巻く。
彼はそんな無謀な真似をするタイプじゃないはずだ。

親方と俺は顔を見合わせたが、言葉は出てこなかった。
何か言おうとしても、喉が詰まったようで、息苦しさが増していくばかりだ。

ゾーイに何があったのか……全てが謎に包まれたまま、俺の胸の中には不安だけが広がっていく。どうしてこんなことになってしまったんだ?
考えがまとまらず、ただ焦燥感に駆られる。

その時、警ら隊員が俺の肩を軽く叩く。

「大丈夫か、ゴンサロ? 顔色が悪いぞ。」

俺は咄嗟に頷いたが、心の中では答えを見つけられずにいた。

この先、何が起こるのか—―その不安が重くのしかかり、俺の体はどこか冷たく硬直していた。


***


ゾーイが意識を取り戻したのは、あの日から三日後。

まだ傷の痛みは残っているようだが、顔の腫れは少し引いて、かろうじて目も開けられるようになったらしい。

その日、俺は親方から工房に来るように言われた。

「ゾーイとの話し合いだ。」

と説明されたが、なぜ俺まで呼ばれたのかは分からない。親方の険しい表情と、固く結ばれた口元を見て、嫌な予感が胸をよぎる。

工房に入ると、そこにはゾーイ、親方、そしてセーグが待っていた。

セーグの姿を見た瞬間、俺の胸がざわつく――。

え? なんでだ?! なぜ、こいつがここに?

「セーグ、なんでお前が……?」

俺は混乱しながら問いかけたが、セーグは柔らかく微笑むだけ。


「とりあえず、みんな、席につけ。」

話し合いが始まり、親方がまず口火を切った。

「ゾーイ、お前がどうしてこんなことになったのか、説明しろ。」

場の空気が一層張り詰める中、ゾーイの表情には孤独な影が浮かんでいた。鍛冶でできた古い火傷の痕が頬や額に残り、彼の手は炎と鉄と向き合ってきた鍛冶師としての長年の労苦を物語っている。その堂々たる姿にも、今はどこか沈んだ暗さが見えた。

ゾーイは少しうつむき、長い髭が微かに揺れる。真剣な目つきに一瞬の戸惑いが見えるが、やがて何かを諦めたように息をつき、ゆっくりと重い口を開く。


「……俺が、ゴンサロの作品を偽造したんだ。」

その言葉を聞いた瞬間、俺は衝撃で息を呑んだ。
は、なんて? まさか、そんなことが……?

「偽造って…どういうことだ?」

俺は信じられない思いで問い返す。

ゾーイは無言で、ポケットから何かを取り出した。
それは俺が作ったミスリルの矢じり――。

だが、見た目には何か違和感があるようだ……。

じっくりと見ると、俺がそいつに打ち込んだ「gon」の銘が変わっていることに気付く。

「お、お前ぇ、これは……?」

「俺は、『gon』の銘を『Zuo*yi』(ゾーイ)に書き換えた。そうして自分の作品として工房で売ってたんだ。」


そう。gon  の「g」を「*(星印)」で上書きしたら「*on」。

そして、これを上下さかさまにすると「uo*」。

これの前に「Z」、後ろに「yi」を加えると、

「Z」「uo*」「yi」で、『Zuo*yi』ゾーイ、となる。


俺は言葉を失った。

俺の前に広げられた証拠が、ゾーイが俺の作品を勝手に上書きし、自分のものとして売りさばいていたことを示しているのは明白だ。

心臓がひとつ、大きく跳ねる。信じられない現実が目の前にあるのに、言葉が出てこない。

「お前……どうして?」

震える声で問いかける俺を、ゾーイは鋭い目で睨みつけていた。
あの冷静で不愛想な兄弟子が、今はどこか歪んだ怒りをその瞳に宿している。

「お前が……お前なんかが、こんな極上のミスリルを扱うのが、俺ぁ、どうしても許せなかったんだっ!」

ゾーイは声を荒げる。
あのゾーイが、こんなにも感情を剥き出しにするなんて思いもよらなかった。

胸の奥がきしむような痛みを感じる。

「お前ぇみたいな、ゴンみてぇな半端者がっ!こんな素材を扱うなんてよおぉっ!」

彼の怒りは留まることを知らない。俺に向けられた言葉は、鋭く突き刺さる。

それまで感じたことのない屈辱と、どうしようもない悲しみが、体中を冷たく覆っていく。

ゾーイの言葉には、嫉妬や苛立ちがありありと見えた。
彼の声は震えていて、まるで自分自身を抑えきれないかのようだ。

その姿が痛々しくて、俺は何も言い返せない。
でも不思議なことに、心のどこかで「そうか、そうだったんだ」と妙に納得している自分がいる。

ゾーイが俺をそんなふうに見ていたことに、驚きと同時に妙な理解が湧き上がってきて、いつの間にかそれを受け入れている俺がいるのだ。

俺はただ立ち尽くし、彼の言葉を受け止めるしかなかった。


そう。ドワーフとして、ミスリルを扱えることはこの上ない栄誉だ。

種族に根付いた本能的な執着とも言えるその愛情が、ゾーイに嫉妬心を抱かせ、俺の作品を盗み偽造する、という行動に駆り立てた。

「だからって……偽造なんざぁっ! それは、ドワーフとして、一番恥ずべきことだろうがぁっ!」

親方が怒りを込めて言い放った。



「てめえなんざっ、ドワーフの風上にもおけねぇっ!!」

そして、親方は立ち上がり、回復したばかりのゾーイを殴りつけた。
拳が肉に当たる音が工房に響く。ゾーイは倒れ込み、何も言わずにその場にうずくまる。

「偽造や盗作は、俺たちドワーフにとって最大の恥だ! お前は自分の誇りを捨てた! それに加えてゴンサロを……仲間を裏切ったんだぞ!」

俺は親方の言葉に強くうなずいた。
ゾーイの行為は、俺たち鍛冶職人として、ドワーフとして、最も許されねえものだから。

すると、今まで黙って事の成り行きを見ていたセーグが静かに口を開いた。

「ゴンちゃん。俺がゾーイを殴ったんだ。」

俺はセーグを見つめた。彼の目は真剣で、どこか悲しげだ。

「俺は、鑑定スキルで分かったんだ。親方の工房で、『Zuo*yi』(ゾーイ)の銘が入った矢じりを見たときにすごく驚いてね。あれが本当はゴンちゃんの作品だって、すぐにわかったよ。ミスリルに込められた魔力の痕跡も、銘も、全てがおかしかった。」

セーグは続ける。

「ゴンちゃんの作品を盗んで、それを偽造して売るなんて……俺には許せなかった。だから、ゾーイと話し合おうとしたんだ。なかなか話し合いの場を設けてはくれなかったけどね。」

そうか。セーグはゾーイと話し合おうとしてくれていたんだ…。

「正直にゴンちゃんに話して謝ってほしいって伝えたら、そしたらゾーイはね、俺を短剣で切りつけようとした。」

「は、切り付け……?」

「てめえ、ゾーイ! なんてことをっ」

「だからね、とっさに拳が出ちゃったんだ。ゴンちゃんの兄弟子だから、剣は使いたくなくて。」

「正当防衛だっ」

「でも、つい、さ。力加減を間違ってしまったよ。」

その言葉に、俺は胸が熱くなった。セーグが俺のために、命がけでゾーイを止めようとしたんだ。だが、同時に虚しさも感じていた。


これは……俺が、招いた結果か?

ふと、力なくつぶやいてしまった。誰にも聞こえないくらいの声で。

拳を握りしめ、目をぎゅっと閉じる。
今まで感じていた怒りや恨みが、頭の中でごちゃごちゃになって、もう訳が分からない。

でも、セーグが俺を……俺の作品を守ろうとしてくれたこと、それだけはなんとか理解できた。

「あ、ありがとな、セーグ。」

目を開け、俺はそっと彼を見つめる。

言葉は少なくていい。
今はただ、この感謝を伝えたかった。
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