ドワーフ・ゴンちゃんの鍛冶とお酒と恋模様

天上青(ゼニスブルー)

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4.ゴンちゃんの葛藤

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結局、ゾーイは親方の工房を追い出されただけで、警ら隊に突き出すことはしなかった。
ドワーフとしての誇りを失ったゾーイは、もうこの国ではやっていけないだろう……それが何よりの罰だ。

ミスリルというのは、ただの金属じゃない。
鍛冶師のドワーフにとって、ミスリルは魂そのものだ。

あの金属を手にした時、俺たちは自然とそれを感じ取る。冷たく硬いその表面の下に眠る力、触れるたびに伝わってくる無限の可能性。

ミスリルに命を吹き込むことは、ただの鍛冶仕事ではない。
それは古の神々と語らい、その意思を形にするようなものなのだ。

そのミスリルを汚すようなことは絶対に許されない。
ドワーフにとってそれは、己の誇りや生き様そのものを踏みにじるのと同義なのだ。

ゾーイの行為は、俺への侮辱を超えて、ミスリルそのものに対する冒涜だ。それを許せるドワーフなんていやしねえ。

ミスリルを愛し、その神聖さを知る、俺たちドワーフならば尚更だ。


***


その夜、俺とセーグはまた酒盛りをしていた。

薄暗い工房の片隅で、いつものようにセーグがスピリッツの瓶を片手に現れる。

「ゴンちゃん、今日は酔いが早いんじゃない?」

セーグは微笑みながら、俺のグラスにもう一杯注いでくる。俺は軽く笑い、その酒を一気に飲み干した。

「おうっ」

「嬉しそうに飲むゴンちゃん、やっぱり可愛いな。」

「バカ言ってんじゃねえ。」

「照れてるゴンちゃんも、ね。」

笑い声が工房に響き、何気ない会話が弾む。



セーグが何度も酒を注いでくるたびに、俺は「もう飲めねえぞ」と言いながらも、つい手を伸ばしてしまう。

グラスが重なる音が心地よく、酒が進むたびに、俺たちの声も大きくなっていった。

「ははっ、セーグ、今日もお前は気前がいいな!」

「ゴンちゃんが、楽しそうだからね。」

そんな軽口を交わしながら、笑い合う俺たち。


しかし、しばらくすると……。

セーグがふと真剣な顔つきになり、口を開いた。


「ねえ、ゴンちゃん」

「ん?」

 俺は酔った勢いで軽く返事をしたが、セーグの表情がいつもと違うことにすぐに気づいた。

普段の冗談交じりの顔じゃない。
どこか、ただならぬ気配を感じさせる真剣な眼差しだ。


「ねえ、ゴンちゃん。俺の長剣ソードには、『Gonzalo』(ゴンサロ)って銘が入ってる。でもさ……」

その言葉に俺は手を止め、じっとセーグを見つめる。

「親方の工房に卸してる、『gon』って銘。あれは……わざとあんな銘にしているよね?」

一瞬、言葉が出なかった。沈黙が重くのしかかる。

「それに、ゴンちゃんは『gon』の銘には、自分の魔力をほんの少ししか入れていない……上書きしやすいように、だろ?」

セーグの問いかけに、俺は何も言い返せなかった。 


―――― その通りだ。


セーグは、やっぱり全てを見抜いていた。

「どうしてか聞いてもいいかな?」  

セーグの声は柔らかいが、俺には重く響いた。こいつには隠し事はできねえ。

「ゾーイは……俺の母ちゃんを侮辱したんだ。」
  
言葉が喉から自然とこぼれ落ちる。

俺は覚悟を決めて全てを語り始めた。

俺の父ちゃんはヒト族で、母ちゃんはドワーフ。 
 
ドワーフには、特に保守的な連中に混血を嫌う傾向が強い。
そういった考えは根深く、この国のドワーフたちも例外じゃなかった。

ゾーイもその一人だ。
酒に酔った勢いで、あいつは俺にこう言いやがった。
  
「ゴンの母親は、ヒト族に股を開いた淫売だ。」  と。

その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがプツリと切れた。

長い間抑えていた感情が一気に弾け、今まで抱えていた苦しさが胸の奥からこみ上げてくるのを感じた。

「だから、俺もあいつの尊厳を奪ってやりたかったんだ……」

俺は目を細め、口の端をかすかに持ち上げた。
微笑みと苦笑いの間を揺れるような感覚が、自分の中で複雑に絡み合う。

ドワーフにとって、ミスリルは血と同じものだ。

家族代々受け継がれてきた技術と誇り、魂そのものを繋ぐ象徴。

だからこそ、俺はあえてゾーイに試練を与えた。
あいつがその尊厳を守れるかどうか、試してみたかったんだ。

「俺は、ゾーイを試した。」声が少し低くなる。

「あれほどのミスリルを目の前にして、あいつが正気を保てるかどうかを。ましてや、俺の銘が上書きしやすい状態で、あいつがどうするのかを見たかったんだ。」

俺は軽く笑いながら言ったが、セーグは無表情のまま、じっと俺の話を聞いている。その無言の態度が、妙に俺の心を揺さぶる。


「そっか。ゴンちゃんは……苦しかったんだね。」
  
セーグはそう言って、俺の肩を強く抱きしめた。その手は温かく、何とも言えない安心感があった。

「大好きなお母さんを悪く言われたら、すごく悲しくて、苦しいよね。」 
 
セーグの言葉に、一瞬、俺の胸が痛んだ。自分ではあまり認めたくなかったけど、確かにそうだ。悲しかった。苦しかった。

「ああ、でも……俺がもっと賢かったら、他にもっといいやり方があったのかもしれねえ」  

自嘲気味にそう言ったが、セーグは微笑みながら首を振る。

「それでもさ、ゾーイへの恨みを断ち切れるなら、これで良かったんじゃないかな?」

「……恨み?」
  
俺はその言葉に一瞬戸惑った。俺は恨んでいたのか?

「そう、恨みだよ。もう前を向いて進めるなら、これで充分だろ?」
  
セーグの声は優しく、けれど核心を突くようなものだった。

前を向く……か。
俺は、ずっと後ろばかり見ていたのかもしれない。

「そっか、俺は。この恨みを終わらせたかったのかもな。」
  
言葉にしてみると、何かがすっと軽くなるのを感じた。

ゾーイを恨み続けることは、俺自身を苦しめていた。終わらせたいと、心の奥底でずっと思っていたんだ。

「早く、この苦しみから解放されたかった……」  

静かに、そう言葉が漏れた。

「うん、そうだね。よく頑張ったね、ゴンちゃん」 
 
セーグはそう言って、再び俺の肩を抱いた。その温もりが、俺の心にまで染み渡るようで、俺は少しだけ笑みを浮かべる。

これで、本当に終わったんだ。

ゾーイへの恨みも、自分を縛っていた苦しみも。
いや、終わらせなくてはいけない。これからはちゃんと、前を向いて生きていかないと。

きっと母ちゃんも、それを望んでいるはずだ。

「そうか、俺は……この恨みに、区切りをつけたかったんだな。」

そう呟くと、胸の奥に溜まっていた重苦しい感情が少しずつ溶けていくのがわかった。恨みが募れば、それはやがて自分を締め付ける鎖になる。

ゾーイを憎み続けることで、俺はずっと苦しんでいたんだ。そんな自分に、ずっと気づかないふりをしていた。

「終わりにしたかった……早く、この苦しみを終わらせたかった。俺は、ずっと……」

同じ言葉を、まるで呪文のように何度も繰り返した。
自分でもバカみたいだと思いながらも、口からこぼれる言葉を止められない。

「うん、そうだね。」

セーグの声が穏やかに俺を包み込む。
その声には、俺の心をほどいていくような温かさがあり、まるで全てを受け入れてくれているように思えた。

俺は未来を信じてもいいのかもしれない、少しだけそんな気がした。
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