上 下
8 / 10

第8話「男の娘」

しおりを挟む
「うーん、小さいなぁ……」
「だって赤ちゃんだもん、仕方ないよ」

 現在俺と純恋は街に戻っており、二人してニャーちゃんを見つめていた。
 ニャーちゃんは今も【スライムフォルム】になっている。

 狙い通りこの姿の時は《打撃無効》の特性を得ているらしいから、こうなればもう打撃系の攻撃をするモンスターは怖くない。
 しかしだからといって、強い打撃系のモンスターに戦いを挑むわけにもいかないだろう。

 なんせニャーちゃんは仔猫だから体が小さいのだ。
 スライムのように小さくて体が柔らかいモンスターなら倒せるが、大型のモンスター相手にはほとんどダメージが入らないだろう。

 この仔猫はレベルと共に成長するらしく、戦力として使うにはやっぱりレベル上げが必須だった。

 ……ちなみにだが、レベル上げをして体が大きくなるのは何かしらのフォルムになっている時のみらしい。
 つまり、攻撃体制になっている時のみだ。

 フォルムになっていない通常状態だと、どれだけレベルを上げようが今の仔猫の姿のままらしい。
 何処までも女性受けを狙う運営な事だ。

 まぁそのおかげで『ファンタジーリインカーネーション』には数多くの女性プレイヤーがいて、日本中でプレイをされているわけだが。
 リリースされて以来、この『ファンタジーリインカーネーション』はゲーム業界でトップに君臨し続けている。
 男女関係なく、そしてどの年代にも楽しんで頂けるように作られたゲームだからだろう。

 さすがに、おじいちゃんおばあちゃんのプレイヤーはいないみたいだが。

「とりあえず、レベル上げをしていこうか。ニャーちゃん、もう寝たりしないか?」

 先程狩りに行ってすぐに寝られてしまったため、一応確認をしておく。
 特性で寝ているのなら主である純恋には寝るタイミングがわかるだろうからな。

「……もう寝ちゃってるよ?」
「まじか……」

 どうやら既に手遅れだったようだ。

 ――純恋に聞いたところ、ニャーちゃんは十五分毎に起きて寝てを繰り返すらしい。
 そしてその特性がなくなるのは10レベを越えたらだとか。

 なるほど、ある程度冒険をしているプレイヤーには少々使いづらいだけで、別に困るような仕様ではない。
 ただ、他にモンスターを持たない純恋には困った仕様だ。

 お金があれば薬で起こす事も可能なのだが……。

「――お困りのようだね」

 突如、背中側から声を掛けられる。
 振り向けばそこには顔馴染みの奴が立っていた。

「……ルージュ?」

 俺が振り向いた先に居たのは、俺と同じギルドのルージュだった。
 赤色の髪を後ろにくくるポニーテールヘアーで、背が低く童顔な子だ。
 そして見た目だけ・・・・・を見れば・・・・美少女と言える顔付きをしている。
 本人曰く自分になるべく似せて作ったそうだが、余程自分の顔に自信があるらしい。

「やぁ、シュン。随分と楽しそうにしてるね」

 ルージュは俺と話しているにもかかわらず、視線は純恋に向けている。
 俺に楽しそうと言ってきたが、現在進行形でニマニマしているルージュのほうが楽しそうだ。

「どうしてここにルージュがいるんだ?」

 ルージュにペースを握らせるとからかわれてしまうため、俺は別の話題を振る。
 するとルージュは『やれやれ』といった感じに首を横に振り、俺の顔を見つめてきた。

「うちのお姫様が家に引きこもってしまっててね。話を聞いたら君が幼馴染みと遊んでいるって言うから見に来たんだ」

 ルージュが呼ぶお姫様とは、アテナの事だ。
 本人が居ないところではルージュはアテナの事をお姫様と呼んでいる。
 理由はうちのギルドの華だからそうだ。

 家とは、俺たちのギルドの本拠地を指す。
 どうやらアテナは今、なぜかギルドの家に閉じこもっているようだ。

「もしかして俺がいないから狩りにいけないのか? だったら悪いけどルージュが一緒に行ってやってくれないか?」

 一応アテナも攻撃スキルは持つが、彼女のスタイルは守りが主体になる。
 正直言って彼女の火力はかなり低い。
 だから普段は俺がモンスターを倒し、彼女が守りを引き受けてくれるという形で狩りに出ていた。
 そのため、今は俺が純恋についてるから狩りに出られないのだろう。

「はぁ……そういう事じゃないんだけどなぁ……。まっ、今はやめておこっか。それよりもシュン、これをあげるよ」

 なんだか呆れたように俺の顔を見てきたルージュだが、チラッと純恋のほうを見た後何か液体が入った瓶を渡してきた。

「これは?」
「眠気除けのポーションだよ。試作品だけどこれ一つで一日は睡眠系の魔法などを無効化出来る。多分そこのモンスターにも効くはずだよ」
「……ルージュってエスパーだったのか?」

 俺が眠気除けのポーションを欲しがった途端それを準備して現れるとか、ルージュは人の心を読めるのではないかと思った。
 もしくは未来が見えるとか。

「はは、たまたまだよ。なんとなく試作品を作ったから持ち歩いてたんだけど、シュンに話し掛けようと思って近付いたらその猫がすぐ寝てしまうって話が聞こえてきたんだ」
「そっか、運がいいな。もらってもいいのか?」
「あぁ、お代はいいよ。ゲームを始めたばかりのその子へのプレゼントさ」

 どうやらこれは純恋へのプレゼントらしい。

 ふむ、それなら遠慮なく貰おう。
 ルージュは相変わらず気さくでいい奴だ。

「あ、ありがとうございます」

 自分へのプレゼントと聞いて純恋がペコッと頭を下げる。

「いえいえ、どういたしまして。――と、自己紹介がまだだったね。シュンと同じギルドに所属してるルージュだよ。これからよろしくね」
「あ、私はシュンちゃんの幼馴染のすみ――」
「ミレス、ゲーム内では本名を名乗るのはNGだ」

 うっかり本名を名乗ろうとした純恋の事を俺は止める。
 ルージュが悪い事をするとは思わないが、ゲーム内には他のプレイヤーもいるのだ。
 必要最低限の用心は必要だろう。
 俺もうっかり名前を呼ばないようゲーム内では彼女のキャラ名である『ミレス』で呼ぶ事にしておこう。

「ミレスです、これからよろしくお願い致します」

 丁寧に頭を下げるミレス。
 その様子にルージュが目を丸くしていた。

「驚いたな、本当にシュンの幼馴染なのかと思うくらい礼儀がなっていていい子だ」
「おいルージュ、喧嘩なら買うぞ?」

 シレッと失礼な事を言ってきたルージュをジッと睨む。
 するとルージュは右手を左右に振って笑みを浮かべる。

「僕が君に勝てるわけないじゃないか、軽い冗談さ。それよりも大盾使いなんてまた珍しい職業を選んだね」

 ルージュは笑顔で流しながら別の話題を振ってきた。
 まぁ大盾使いなんて不人気の職業を選んでいれば興味を持たれても当然か。

「どうせ新しく作るなら難しい職業に挑戦してみようと思っただけだよ」
「ふ~ん?」

 またニマニマとし始めるルージュ。
 どうやら俺が大盾使いを選んだ本当の理由に気が付いているみたいだ。
 気さくでいい奴だが、こういうからかい好きなところは少し困る。

「もうそれはいいから。それよりも他に何か用があるんじゃないのか?」

 ルージュがわざわざ俺たちを観察しに来ただけとは思えない。
 何か別の用があるはずだ。

「頼まれてた物が出来たからね、はい」

 そう言ってルージュが渡してきたのは、俺が佐奈のために作ってもらうようお願いしたポーションだった。

「さすが早いな。ありがとう」
「どう致しまして。それにしても、本当にシュンはシスコンだよね。妹のためにこんな物まで作らせるなんて」
「別にシスコンじゃないだろ。あいつの力をより引き出すには必要だったってだけだ」
「はいはい、そうですね」

 ニマニマと笑って流すルージュ。
 どうやら完全に舐められてしまっているようだ。
 今度絶対に痛い目に遭わせてやる。

「じゃ、用事も終わった事だしそろそろ邪魔者は立ち去るとしますか。あ、ちゃんとお姫様の相手もしてあげてね。彼女凄く拗ねてるよ」
「邪魔者って別にそんな事はないが……。それにアテナが拗ねる姿とか想像出来ないんだが」

 いつもニコニコと優しい笑みを浮かべているイメージしかない。
 
「君も大変だね」

 ルージュは俺の言葉を聞くと、なぜか話に関係がなかったはずのミレスに視線を向ける。
 俺もつられるようにミレスの顔を見ると、ミレスは困ったような笑みを浮かべていた。
 何処となくルージュの言葉に賛同しているような気がする。

「あ、そうそう。《業火ごうかつどい》の団長さんがシュンに連絡が取れないって怒ってたよ」

《業火の集い》とは『ファンタジーリインカーネーション』内でかなり強豪のギルドだ。

 人数も多く高レベルプレイヤーがたくさんいる。
 団長のゲームの腕はそれほどだが、重課金プレイヤーなためスペックが高くて手強い相手だ。

 ……ちなみに、俺はこの団長の事を苦手としている。

「だって、あの人しつこいからな。チャット拒否しとかないとログイン中ずっと連絡してくるし」
「それほどシュンと戦いたいんだよ」
「いや、もういいだろ。俺どれだけあの人と戦ってやったんだ……」

 いったい何が気に入らなかったのか知らないが、ある時から《業火の集い》の団長は俺の事を目の敵のようにしている。
 だから今まで何度も何度も勝負を挑まれて、いい加減辟易としてきたんだ。
 あの人口調も凄いし、正直関わりたくない。

「君が相手をしてくれないと僕のところに苦情が来るんだけどね……。まっ、適当に相手をしとくよ」

 こういう面倒事を進んで引き受けてくれるところを見ると、やっぱりルージュはいい奴だ。
 これでからかい好きな一面がなくなってくれれば更にいいのだが。

「悪いな、助かる。それに頼んでおいた物もありがとう。またメインでやってる時にお金は渡すよ」
「はいは~い、それじゃあまたね。ミレスさんもいつか機会があったら一緒に狩りでもしようよ。じゃ、ばいばい」

 ルージュはミレスにも挨拶をすると一瞬で姿を消した。
 テレポートの指輪を使って俺たちの家へと戻ったのだろう。

「……かわいい女の子だったね」

 ルージュがいなくなった事を確認してミレスは下げていた頭をゆっくりと上げる。
 一瞬で姿を消した事に驚くかと思ったのに全然驚いている様子はない。
 それどころか、どこか元気がなさそうに見えるのは気のせいだろうか?

 ……まぁそれはそうと、今ミレスが言った言葉で誤解が一つあるから訂正をしておこう。

「なぁミレス、あいつは男だぞ?」
「……え?」

 ルージュの事を男だと言うと、ミレスはキョトンっとした表情で小首を傾げて俺の顔を見上げる。

 いったい何を言ってるのだろう?
 そんな疑問が彼女の頭を駆け巡っているのがわかった。

「キャラの顔や服装で女の子って思ったんだろうけど、あのキャラは男だよ。ルージュはリアルで男の娘って凄くからかわれて以来、吹っ切れて女の子の恰好をするようになったらしい」
「えぇえええええ!?」

 余程ルージュが男だったのが驚きなのだろう。
 ミレスは人生で初めて出すんじゃないかというくらい大きな声を上げるのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界での監禁デスゲームが、思っていたものとなんか違った

BL / 連載中 24h.ポイント:298pt お気に入り:849

ゴリッピー無双~スキルを与えられる儀式で僕に与えられたのはゴリラでした~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:2

「夢楼閣」~愛玩AI『Amanda』~

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

疲弊した肉体は残酷な椅子へと座らされる

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:35

オフィーリアの水牢

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:0

隠れゲイシリーズ

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:122

魔王様と息子の白雪姫

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

almighty ハイキング バサラ

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

処理中です...