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第1章 原作のはじまり
第1話 始まりの来客
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吹き抜けの下で、重厚な扉が開いた。
石造りの玄関ホールに差し込んだ光の中、父――
アルベルト・ヴァレンティール公爵の後ろに、二人の女性が立っている。
ひとりは、父が長く囲っていた女性。
そしてその腕に寄り添うように立つ、まだ幼さの残る少女。
プラチナブロンドの髪が、光を反射してきらめいた。
――来たのね。
私は二階の回廊から、その様子を見下ろしていた。
隣に立つのは、三つ年下の弟、ルイス。
彼はこの家の跡継ぎで、次期公爵だ。
私は無意識に、ルイスの手を取っていた。
細い指先が、わずかに強ばる。
「……」
声を出さずとも、彼の感情は分かる。
この場に立っているだけで、怒りを必死に抑えているのだ。
――ついに、始まった。
ここが、私の知っている物語の世界と確信させる出来事だった。
そして、ここが私の分岐点。
少し深呼吸して、気持ちを整える。
そう、私は前世の記憶を持つ転生者だ。
この世界ではヒロインの恋路を邪魔する“悪役令嬢”で、物語の最後には断罪される役どころだった。
父の愛人の娘。
あの少女――フローラこそが、本来の“ヒロイン”。
私が彼女を妬み、虐げ、
王太子である婚約者の心を失い、
最後には裁かれる。
だから私は、決めている。
断罪は回避する。
そして、フローラを王太子妃の座に就かせる。
それが、この物語で生き残るための、最も安全な道の、はずだ。
けれど今、私の意識は別のところに向いている。
「ルイス」
小さく声をかけると、弟は一瞬だけこちらを見た。
灰がかった金色の髪と、澄んだ青い瞳。
正妻であった母から受け継いだ特徴だ。
母はもう、この屋敷にはいない。
父が足を止め、ぎこちなく咳払いをする。
「……今日から、ここが君たちの家だ。
仲良くするように。挨拶をしなさい」
その言葉に、ルイスが一歩前に出た。
幼い頃から叩き込まれてきた所作で、背筋を伸ばす。
「ヴァレンティール公爵家嫡子、ルイス・ヴァレンティールです。
本日より、よろしくお願いいたします」
年齢に見合わぬ、整った挨拶だった。
私は、彼の半歩後ろに立つ。
この家の序列を、私自身が一番理解している。
「長女のクラリス・ヴァレンティールです。
遠路お疲れでしょう。どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げたまま、空気の変化を感じ取る。
沈黙。
顔を上げると、父の愛人は言葉に詰まり、視線を彷徨わせていた。
フローラもまた、父の背後に隠れるように立ち尽くしている。
――挨拶が、できない。
隣で、ルイスの気配が変わった。
怒りが、はっきりと伝わってくる。
(待って)
彼が何かを言う前に、私は一歩、前に出た。
「緊張されないでください」
声は、できる限り穏やかに。
「今日から、我が家ですもの。
少しずつ慣れていただければ、それで結構ですわ」
愛人が、はっと息を呑み、深く頭を下げる。
フローラも慌ててそれに倣った。
「……ああ、そうだな」
父が、目に見えて安堵するのが分かった。
問題が解決した、とでも言うような表情。
私は、胸の奥で小さく息を吐いた。
――やはり、こうなる。
正しいことを言っても、今の父には届かない。
ならば、距離を取るしかない。
私はそっと、ルイスの手を握り直した。
原作どおりに進めるために、
私は、婚約者を妹に譲るつもりでいる。
それが、この世界で生き残るための最善手だからだ。
悪役令嬢である私は、いずれ断罪される。
王太子が妹を選ぶ物語に、私の居場所はない。
だから彼に固執しない。
妹を傷つけない。
静かに退場する。
今は、この手を守ることの方が、何よりも大切だった。
石造りの玄関ホールに差し込んだ光の中、父――
アルベルト・ヴァレンティール公爵の後ろに、二人の女性が立っている。
ひとりは、父が長く囲っていた女性。
そしてその腕に寄り添うように立つ、まだ幼さの残る少女。
プラチナブロンドの髪が、光を反射してきらめいた。
――来たのね。
私は二階の回廊から、その様子を見下ろしていた。
隣に立つのは、三つ年下の弟、ルイス。
彼はこの家の跡継ぎで、次期公爵だ。
私は無意識に、ルイスの手を取っていた。
細い指先が、わずかに強ばる。
「……」
声を出さずとも、彼の感情は分かる。
この場に立っているだけで、怒りを必死に抑えているのだ。
――ついに、始まった。
ここが、私の知っている物語の世界と確信させる出来事だった。
そして、ここが私の分岐点。
少し深呼吸して、気持ちを整える。
そう、私は前世の記憶を持つ転生者だ。
この世界ではヒロインの恋路を邪魔する“悪役令嬢”で、物語の最後には断罪される役どころだった。
父の愛人の娘。
あの少女――フローラこそが、本来の“ヒロイン”。
私が彼女を妬み、虐げ、
王太子である婚約者の心を失い、
最後には裁かれる。
だから私は、決めている。
断罪は回避する。
そして、フローラを王太子妃の座に就かせる。
それが、この物語で生き残るための、最も安全な道の、はずだ。
けれど今、私の意識は別のところに向いている。
「ルイス」
小さく声をかけると、弟は一瞬だけこちらを見た。
灰がかった金色の髪と、澄んだ青い瞳。
正妻であった母から受け継いだ特徴だ。
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父が足を止め、ぎこちなく咳払いをする。
「……今日から、ここが君たちの家だ。
仲良くするように。挨拶をしなさい」
その言葉に、ルイスが一歩前に出た。
幼い頃から叩き込まれてきた所作で、背筋を伸ばす。
「ヴァレンティール公爵家嫡子、ルイス・ヴァレンティールです。
本日より、よろしくお願いいたします」
年齢に見合わぬ、整った挨拶だった。
私は、彼の半歩後ろに立つ。
この家の序列を、私自身が一番理解している。
「長女のクラリス・ヴァレンティールです。
遠路お疲れでしょう。どうぞ、よろしくお願いいたします」
頭を下げたまま、空気の変化を感じ取る。
沈黙。
顔を上げると、父の愛人は言葉に詰まり、視線を彷徨わせていた。
フローラもまた、父の背後に隠れるように立ち尽くしている。
――挨拶が、できない。
隣で、ルイスの気配が変わった。
怒りが、はっきりと伝わってくる。
(待って)
彼が何かを言う前に、私は一歩、前に出た。
「緊張されないでください」
声は、できる限り穏やかに。
「今日から、我が家ですもの。
少しずつ慣れていただければ、それで結構ですわ」
愛人が、はっと息を呑み、深く頭を下げる。
フローラも慌ててそれに倣った。
「……ああ、そうだな」
父が、目に見えて安堵するのが分かった。
問題が解決した、とでも言うような表情。
私は、胸の奥で小さく息を吐いた。
――やはり、こうなる。
正しいことを言っても、今の父には届かない。
ならば、距離を取るしかない。
私はそっと、ルイスの手を握り直した。
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それが、この世界で生き残るための最善手だからだ。
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だから彼に固執しない。
妹を傷つけない。
静かに退場する。
今は、この手を守ることの方が、何よりも大切だった。
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