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第1章 原作のはじまり
第2話 置いていかれた部屋
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「部屋へ案内しよう。……今日は、色々と疲れただろう」
父――アルベルトはそう言って、愛人とフローラに歩み寄った。
その声を聞いた瞬間、私は小さく息を吸う。
父が自ら案内する。
それが何を意味するのか、考えるまでもなかった。
「……行きましょう、ルイス」
私は弟の袖にそっと触れ、促す。
ルイスは一瞬だけ父の背を睨むように見つめ、それから無言で頷いた。
部屋へ戻る廊下は、ひどく静かだった。
ここはヴァレンティール公爵家の本邸。
本来であれば、正妻の子である私とルイスが暮らすべき場所だ。
けれど、現実は違った。
父と母の仲は、最初から冷え切っていた。
政略結婚で、情はなく、互いに踏み込まない。
その結果、私たち姉弟は――
本邸の中心ではなく、奥まった区画に部屋を与えられて育った。
格式は整っている。
だが、公爵家の嫡子が住む場所としては、あまりにも控えめな部屋。
それが、私たちの居場所だった。
扉が閉まった途端、ルイスが唇を強く噛み締めた。
「……姉上」
低い声だった。
「あの部屋に、父上は……」
言葉を探すように、拳を握る。
あの部屋。
本来、公爵家の子どもが使うはずだった場所。
母が亡くなったあとも、ずっと空けられていた部屋。
そこに今日から、
父の愛人と、その娘が入る。
「許せません。
姉上と僕は、ずっとこちらで過ごしてきたのに。
公爵家の嫡子である僕でさえ、です」
声は震えていない。
それが、かえって怒りの深さを示していた。
「五歳の頃には、挨拶ひとつ満足にできなければ叱られました。
姿勢、言葉遣い、視線の向け方……すべて。
それが当然だと教えられてきました」
一度、息を吐く。
「それなのに。
先ほどの場で、挨拶もできなかった人間が、
なぜ、あの部屋に入るのですか」
言葉が鋭くなる。
「しかも、父上は――」
そこまで言って、ルイスは口を閉ざした。
これ以上言えば、父を正面から否定することになると理解している。
私は、静かに彼の前に立った。
「ルイス」
名を呼ぶと、彼はゆっくりと顔を上げる。
青い瞳の奥で、抑えきれない感情が揺れていた。
「父の様子を、見たでしょう」
できるだけ落ち着いた声で、続ける。
「私たちが正しいことを言っても、今は聞き入れられないわ。
だから――距離を取るしかないのよ」
ルイスはすぐには答えなかった。
拳を握りしめ、視線を床に落とす。
「……姉上が、そう仰るなら」
一度、目を伏せる。
だが、次に顔を上げたとき、その瞳には迷いがなかった。
「分かりました。今は、距離を取ります。
姉上の判断に従います」
一拍置いて、低く言い切る。
「ですが――
もし姉上を害そうとする者がいれば、
それが誰であろうと、僕は容赦しません」
その声には、誇張も冗談もなかった。
「……それでいいわ」
私はそう答え、ルイスの手を軽く握る。
「ありがとう、ルイス」
原作では、この怒りが歪み、
彼は悪役として堕ちていく。
けれど――今は違う。
この子が壊れないように。
それだけは、絶対に譲れなかった。
父――アルベルトはそう言って、愛人とフローラに歩み寄った。
その声を聞いた瞬間、私は小さく息を吸う。
父が自ら案内する。
それが何を意味するのか、考えるまでもなかった。
「……行きましょう、ルイス」
私は弟の袖にそっと触れ、促す。
ルイスは一瞬だけ父の背を睨むように見つめ、それから無言で頷いた。
部屋へ戻る廊下は、ひどく静かだった。
ここはヴァレンティール公爵家の本邸。
本来であれば、正妻の子である私とルイスが暮らすべき場所だ。
けれど、現実は違った。
父と母の仲は、最初から冷え切っていた。
政略結婚で、情はなく、互いに踏み込まない。
その結果、私たち姉弟は――
本邸の中心ではなく、奥まった区画に部屋を与えられて育った。
格式は整っている。
だが、公爵家の嫡子が住む場所としては、あまりにも控えめな部屋。
それが、私たちの居場所だった。
扉が閉まった途端、ルイスが唇を強く噛み締めた。
「……姉上」
低い声だった。
「あの部屋に、父上は……」
言葉を探すように、拳を握る。
あの部屋。
本来、公爵家の子どもが使うはずだった場所。
母が亡くなったあとも、ずっと空けられていた部屋。
そこに今日から、
父の愛人と、その娘が入る。
「許せません。
姉上と僕は、ずっとこちらで過ごしてきたのに。
公爵家の嫡子である僕でさえ、です」
声は震えていない。
それが、かえって怒りの深さを示していた。
「五歳の頃には、挨拶ひとつ満足にできなければ叱られました。
姿勢、言葉遣い、視線の向け方……すべて。
それが当然だと教えられてきました」
一度、息を吐く。
「それなのに。
先ほどの場で、挨拶もできなかった人間が、
なぜ、あの部屋に入るのですか」
言葉が鋭くなる。
「しかも、父上は――」
そこまで言って、ルイスは口を閉ざした。
これ以上言えば、父を正面から否定することになると理解している。
私は、静かに彼の前に立った。
「ルイス」
名を呼ぶと、彼はゆっくりと顔を上げる。
青い瞳の奥で、抑えきれない感情が揺れていた。
「父の様子を、見たでしょう」
できるだけ落ち着いた声で、続ける。
「私たちが正しいことを言っても、今は聞き入れられないわ。
だから――距離を取るしかないのよ」
ルイスはすぐには答えなかった。
拳を握りしめ、視線を床に落とす。
「……姉上が、そう仰るなら」
一度、目を伏せる。
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「ですが――
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「……それでいいわ」
私はそう答え、ルイスの手を軽く握る。
「ありがとう、ルイス」
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彼は悪役として堕ちていく。
けれど――今は違う。
この子が壊れないように。
それだけは、絶対に譲れなかった。
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