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第1章 原作のはじまり
第3話 影の庭と、気づく人
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私とルイスが普段使っている庭園は、本邸の奥にある。
日当たりは悪く、華やかさもない。
噴水も彫像もなく、社交用としては明らかに簡素だ。
それでも、ここは落ち着ける場所だった。
「……今日は、少し風がありますね」
向かいに座るオスカーが、紅茶のカップを置きながら言った。
オスカー・アルヴァレス。
伯爵家の嫡男で、私の友人。
そして、ルイスの親友でもある。
「ええ。でも、私はこのくらいが好きなの」
そう答えて微笑むと、オスカーは一瞬だけ、何かを言いかけて口を閉じた。
そのときだった。
きゃらきゃらと、甲高い笑い声が風に乗って届く。
表の庭園――
本邸の正面側、最も日当たりがよく、社交の場として使われる場所。
そこでは、父の愛人の娘であるフローラが、はしゃいでいるのだろう。
私は何も言わず、紅茶に視線を落とした。
隣で、ルイスの気配がはっきりと変わる。
「……」
露骨に、嫌そうな顔をしている。
ルイスは唇を引き結び、視線を表の庭園とは反対側に逸らした。
それも無理はない。
私たちは、物心ついた頃から教え込まれてきた。
公爵家の子どもとして、
感情を大きく表に出してはいけない。
人前で騒いではいけない。
声を上げて笑うなど、慎みがない行為だと。
五歳の頃には、もう理解していた。
――だから、許されなかった。
オスカーも、その空気に気づいたのだろう。
ちらりとルイスを見て、それから私に視線を戻す。
「クラリス」
静かな声だった。
「次からは……我が家でお茶会をしませんか」
私は瞬きをする。
「ここは、少し……気を遣わせてしまうようです」
言葉を選びながら続けるその様子に、
オスカーがただの思いつきで言っているのではないと分かる。
「それに」
一拍置いて、彼は言った。
「ここは少し風が強い。あなたが、また体調を崩すのではないかと、心配で」
ルイスが、わずかに眉を寄せる。
「……オスカー」
だが、それ以上は言わなかった。
二人とも、私を見ている。
心配する目だ。
私は、少しだけ視線を伏せた。
――あのときも、そうだった。
幼い頃のお茶会。
王子の婚約者と側近を見繕うためのお茶会で、あの日、私は“体調を崩した”。
正確には、崩したふりをした。
理由は、オスカーを守るため。
そして、王太子妃になる道を遠ざけるため。
あのお茶会が、原作ではすべての始まりだった。
オスカーはお茶会失態の当事者に仕立て上げられ、
貴族社会から弾き出され、歪んでいく。
だから私は、倒れた。
場は混乱し、お茶会は中断され、
オスカーは原作と異なり、近場で倒れた私の介抱を手伝うことになった。
結果として、彼は“何もしていない令息”としてその場を終えた。
体が弱い令嬢。
それは、政略結婚には不向きだ。
だから王子との婚約も、ついでになくなってくれると――
……そう思っていた。
「ありがとう、オスカー」
私は顔を上げ、微笑む。
「でも、大丈夫よ。今日は、本当に調子がいいの」
オスカーは、すぐには納得しなかった。
真面目で、人を思いやれる人だから。
「……無理は、しないでください」
「ええ」
ルイスもまた、黙って頷いている。
二人とも知らない。
私の“体調不良”が演技であることも、
それが断罪を回避するための選択であることも。
――申し訳ないな、と思う。
でも。
(仕方ないわよね)
誰も不幸にしないための嘘。
少なくとも、私はそう信じている。
王太子妃にはならない。
フローラと王子は、結ばれる。
その未来のために、
私は今日も、静かな庭で微笑んでいる。
日当たりは悪く、華やかさもない。
噴水も彫像もなく、社交用としては明らかに簡素だ。
それでも、ここは落ち着ける場所だった。
「……今日は、少し風がありますね」
向かいに座るオスカーが、紅茶のカップを置きながら言った。
オスカー・アルヴァレス。
伯爵家の嫡男で、私の友人。
そして、ルイスの親友でもある。
「ええ。でも、私はこのくらいが好きなの」
そう答えて微笑むと、オスカーは一瞬だけ、何かを言いかけて口を閉じた。
そのときだった。
きゃらきゃらと、甲高い笑い声が風に乗って届く。
表の庭園――
本邸の正面側、最も日当たりがよく、社交の場として使われる場所。
そこでは、父の愛人の娘であるフローラが、はしゃいでいるのだろう。
私は何も言わず、紅茶に視線を落とした。
隣で、ルイスの気配がはっきりと変わる。
「……」
露骨に、嫌そうな顔をしている。
ルイスは唇を引き結び、視線を表の庭園とは反対側に逸らした。
それも無理はない。
私たちは、物心ついた頃から教え込まれてきた。
公爵家の子どもとして、
感情を大きく表に出してはいけない。
人前で騒いではいけない。
声を上げて笑うなど、慎みがない行為だと。
五歳の頃には、もう理解していた。
――だから、許されなかった。
オスカーも、その空気に気づいたのだろう。
ちらりとルイスを見て、それから私に視線を戻す。
「クラリス」
静かな声だった。
「次からは……我が家でお茶会をしませんか」
私は瞬きをする。
「ここは、少し……気を遣わせてしまうようです」
言葉を選びながら続けるその様子に、
オスカーがただの思いつきで言っているのではないと分かる。
「それに」
一拍置いて、彼は言った。
「ここは少し風が強い。あなたが、また体調を崩すのではないかと、心配で」
ルイスが、わずかに眉を寄せる。
「……オスカー」
だが、それ以上は言わなかった。
二人とも、私を見ている。
心配する目だ。
私は、少しだけ視線を伏せた。
――あのときも、そうだった。
幼い頃のお茶会。
王子の婚約者と側近を見繕うためのお茶会で、あの日、私は“体調を崩した”。
正確には、崩したふりをした。
理由は、オスカーを守るため。
そして、王太子妃になる道を遠ざけるため。
あのお茶会が、原作ではすべての始まりだった。
オスカーはお茶会失態の当事者に仕立て上げられ、
貴族社会から弾き出され、歪んでいく。
だから私は、倒れた。
場は混乱し、お茶会は中断され、
オスカーは原作と異なり、近場で倒れた私の介抱を手伝うことになった。
結果として、彼は“何もしていない令息”としてその場を終えた。
体が弱い令嬢。
それは、政略結婚には不向きだ。
だから王子との婚約も、ついでになくなってくれると――
……そう思っていた。
「ありがとう、オスカー」
私は顔を上げ、微笑む。
「でも、大丈夫よ。今日は、本当に調子がいいの」
オスカーは、すぐには納得しなかった。
真面目で、人を思いやれる人だから。
「……無理は、しないでください」
「ええ」
ルイスもまた、黙って頷いている。
二人とも知らない。
私の“体調不良”が演技であることも、
それが断罪を回避するための選択であることも。
――申し訳ないな、と思う。
でも。
(仕方ないわよね)
誰も不幸にしないための嘘。
少なくとも、私はそう信じている。
王太子妃にはならない。
フローラと王子は、結ばれる。
その未来のために、
私は今日も、静かな庭で微笑んでいる。
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