妹に婚約者を譲るつもりだった悪役令嬢ですが、なぜか溺愛されています

藤原遊

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第1章 原作のはじまり

第4話 静かな熱

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目を覚ましたとき、天蓋越しの淡い光が視界に入った。

見慣れた部屋だ。
本邸の中心ではなく、私とルイスが使っている奥まった区画の一室。

喉の奥に、微かな苦みが残っている。

(……効いてるわね)

今回使ったのは、どれも本来は身体に良いとされる薬だった。
滋養、血行促進、免疫を高めるもの。
単体であれば、問題はない。

けれど、飲み合わせだけは別だ。

軽い発熱、眩暈、動悸。
医師に診せれば「少し休めば治る」と言われる程度の症状。

仮病ではない。
けれど、致命的でもない。

――大事な時期だからこそ、疑われない形を選んだ。

身体を起こそうとして、力が入らず断念したとき。

「……姉上」

静かな声が聞こえた。

視線を向けると、ベッドサイドにルイスが立っている。
上着は脱ぎ、袖をまくっていた。

「目を覚まされたのですね」

「ええ……心配をかけたわ」

そう言うと、ルイスはすぐに首を振った。

「謝る必要はありません」

そう答えながら、彼は振り返り、控えていたメイドたちに視線を向ける。

「夜間は二人体制で。
 水分補給の時間と量は記録してください。
 薬の時間も、必ず」

落ち着いた、迷いのない指示だった。

「食事は消化の良いものを。
 医師が来るまでは、刺激の強い香りは控えてください」

「かしこまりました、坊ちゃま」

メイドたちが一斉に頭を下げ、部屋を出ていく。

扉が閉まったあと、ルイスはゆっくりと私の方を向いた。

「……父上は」

言葉を切り、少しだけ間を置く。

「本邸に、いらっしゃるのですよね」

私は、否定も肯定もせず、静かに答えた。

「ええ。いらっしゃるわ」

ルイスの表情が、硬くなる。

「それでも、来ない」

声は低い。

「姉上が倒れても」

拳が、強く握られた。

(……まずい)

このままでは、怒りが溜まっていく。
原作では、この積み重ねが、クラリスを壊していく。

私が悪役令嬢にならない代わりに、
弟が闇に引きずられる未来だけは、絶対に避けなければならない。

「ルイス」

名を呼ぶと、彼は視線を上げた。

「私は、大丈夫よ」

それだけを告げる。

理由も、事情も、説明しない。

「今は、あなたがここにいてくれれば、それでいいの」

ルイスは、しばらく黙って私を見つめていた。

「……姉上は」

ぽつりと呟く。

「いつも、そうですね」

責める声ではなかった。
私は、少しだけ微笑んだ。

「そうかしら」

「ええ」

ルイスは視線を逸らし、小さく息を吐く。

「……僕も、です」

その声は、とても静かだった。

「僕も、姉上がいれば、それでいい」

胸の奥が、少しだけ緩む。

「ありがとう、ルイス」

それ以上の言葉は、必要なかった。

彼が、ここにいる。
それだけでいい。

ルイスは椅子を引き寄せ、ベッドサイドに腰を下ろす。

「今日は、ここにいます」

「ええ」

短く答える。

天蓋の向こうで、夕方の光がゆっくりと色を変えていく。

(……大丈夫)

仮病ではない体調不良。
疑われない程度の症状。

距離を取るための時間も、理由も、すべて揃っている。

あとは、この熱が引くまで――
静かに、波が過ぎるのを待つだけ。

私は目を閉じ、
ルイスの気配を感じながら、ゆっくりと意識を手放した。
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