1 / 41
プロローグ
しおりを挟む
人生とは、信じたいものを信じて、安心したいところに頭を下げて、うまくいかなければ神のせいにして終わるように出来ている。
だから私は、神になった。
正確には「演じた」に過ぎないけれど、それは誰も気づかなかったし、たぶん気づきたくもなかったのだと思う。
白くて光を反射するドレスを着て、バラの香水をふって、胸元に十字にも似たアクセサリーを提げて立つ。それだけで、人は私に跪いた。
ちょっと目を潤ませて、相手の不安そうな顔を見ながら「大丈夫ですよ」と囁けば、涙を流して感謝された。
その気になれば、今晩の星の動きと明日の運勢をリンクさせてみせたし、「神の啓示」を受け取るフリくらい朝飯前だった。誰も疑わなかった。
だって、私の言う「神」は、彼らが安心したいときだけ都合よく現れてくれたのだから。
だからこそ、あの夜、教団の壇上で“信者”に刺された時、私は笑ったのだ。
やっぱりね、と。
神も、信仰も、奇跡も――そんなもの、簡単に壊れる。誰かの欲と感情の歪みが、あっさりと全てを瓦解させる。
ナイフは私の胸元に突き立ち、壇上の白布に血がじんわり広がっていったけれど、私は「これは罰ではなく予定調和だな」と思った。自業自得は、こうでなくちゃ。
それで、だ。
目が覚めたら、天井が高かった。
正確には、見上げると天井画が描かれていた。金箔があしらわれているらしく、角度によって妙に眩しい。壁には蝋燭が灯っていて、香が焚かれている。静かすぎて、空気が重い。
ああ、そうか。これ、死後の世界ってやつだな。あっち側で貢いだ信者が“神に話を通して”くれたんだろうか。さすがにそれは勘弁してほしい。
それにしては、やけに……うるさい。
「……マリア様……」
「お目覚めに……なられたのですか……?」
「マリア様……! お加減は……!」
いや、ちょっと待て。誰だこの人たち。
私のベッドの周囲に、白い衣を纏った少女たちが集まっていた。年齢は十代後半から二十代前半、見た目はどれもよく整っていて、やけに目がうるんでいる。しかも全員、口を揃えてこう言った。
「聖女様が……ついに……お目覚めに……!」
…………は?
ごめん、もう一回言って?
私、刺されて死んで、神の座から転げ落ちて、そこでようやく「人を信じさせるのはやめよう」と思ったところだったんですけど。
なにその拍手喝采みたいな雰囲気。
いや、むしろ拍手喝采どころか、これはもう“再臨”レベルのテンションでは?
「聖女様、どうか……お声を……!」
「……え?」
「ああ……! なんて慈悲深いお声……!」
えっ!? えっ!? 今、え、って言っただけだよね!? “え”しか言ってないのに!? 慈悲、どこ行った!??
──はい。そういうわけで、私は今、異世界で「聖女様」と呼ばれています。
私の名前はマリア。前世では詐欺まがいの新興宗教を立ち上げ、信者から金を巻き上げ、調子に乗って刺されて死んだ女です。
それがなぜか、今では“奇跡の聖女様”扱いで、日々病人を祈って癒し、村人にお告げを与え、子供たちに花を咲かせ、家畜の発情時期にまで責任を持たされています。
なにこれ? どんな罰ゲーム?
私は信じられることに疲れたのに、信じたくもない人たちが毎日私に“救い”を求めてくる。
もうね、やめて? 普通に寝かせて?
でも、どうやらこの世界では、私の「適当な言葉」が、実際に“神託”として機能してしまうらしい。
たとえば「無理しないで寝てください」と言えば、その人の熱が下がったり、「焦らず歩けばきっと見つかります」と言えば、本当に落とし物が見つかったり。
私としては、ただの“口グセ”なんだけど、こっちの人々は違う。みんな目を潤ませて、口々に言うのだ。
「聖女様のお言葉は……まさに、神の光です!」
……いやいや、光じゃないよ。あれ、テンプレだよ。思考停止用の常套句だよ。
もうほんと、誰かこの“聖女”ってやつ、代わってくれませんか?
できれば、あっちの立派そうな金髪の敬虔な聖女候補さんとかに。
私よりずっと、神っぽいし。表情に迷いがないし。服にシワがないし。あと、たぶん本当に信仰してる。
でも、あの人、こう言うんですよ。
「私は……あなたに比べたら、ただの信徒です……!」
こっちが頭を抱えたいのは、まさにそういう時です。
──そういうわけで、また始まりました。
第二の人生。
また、信じられてしまう人生。
誰よりも“信じたくない”私が、“信じられる側”として扱われる、奇妙で面倒で、だけど、どこかで見覚えのあるような日々が。
この話は、そんな私――
前世でペテン師をやっていた女が、異世界で“本物の奇跡”を起こしながらも、全力で聖女の座を他人に譲ろうとする話です。
とりあえず、今日の“お告げ”はこう。
「早く、誰か、私を降ろしてくれ。」
だから私は、神になった。
正確には「演じた」に過ぎないけれど、それは誰も気づかなかったし、たぶん気づきたくもなかったのだと思う。
白くて光を反射するドレスを着て、バラの香水をふって、胸元に十字にも似たアクセサリーを提げて立つ。それだけで、人は私に跪いた。
ちょっと目を潤ませて、相手の不安そうな顔を見ながら「大丈夫ですよ」と囁けば、涙を流して感謝された。
その気になれば、今晩の星の動きと明日の運勢をリンクさせてみせたし、「神の啓示」を受け取るフリくらい朝飯前だった。誰も疑わなかった。
だって、私の言う「神」は、彼らが安心したいときだけ都合よく現れてくれたのだから。
だからこそ、あの夜、教団の壇上で“信者”に刺された時、私は笑ったのだ。
やっぱりね、と。
神も、信仰も、奇跡も――そんなもの、簡単に壊れる。誰かの欲と感情の歪みが、あっさりと全てを瓦解させる。
ナイフは私の胸元に突き立ち、壇上の白布に血がじんわり広がっていったけれど、私は「これは罰ではなく予定調和だな」と思った。自業自得は、こうでなくちゃ。
それで、だ。
目が覚めたら、天井が高かった。
正確には、見上げると天井画が描かれていた。金箔があしらわれているらしく、角度によって妙に眩しい。壁には蝋燭が灯っていて、香が焚かれている。静かすぎて、空気が重い。
ああ、そうか。これ、死後の世界ってやつだな。あっち側で貢いだ信者が“神に話を通して”くれたんだろうか。さすがにそれは勘弁してほしい。
それにしては、やけに……うるさい。
「……マリア様……」
「お目覚めに……なられたのですか……?」
「マリア様……! お加減は……!」
いや、ちょっと待て。誰だこの人たち。
私のベッドの周囲に、白い衣を纏った少女たちが集まっていた。年齢は十代後半から二十代前半、見た目はどれもよく整っていて、やけに目がうるんでいる。しかも全員、口を揃えてこう言った。
「聖女様が……ついに……お目覚めに……!」
…………は?
ごめん、もう一回言って?
私、刺されて死んで、神の座から転げ落ちて、そこでようやく「人を信じさせるのはやめよう」と思ったところだったんですけど。
なにその拍手喝采みたいな雰囲気。
いや、むしろ拍手喝采どころか、これはもう“再臨”レベルのテンションでは?
「聖女様、どうか……お声を……!」
「……え?」
「ああ……! なんて慈悲深いお声……!」
えっ!? えっ!? 今、え、って言っただけだよね!? “え”しか言ってないのに!? 慈悲、どこ行った!??
──はい。そういうわけで、私は今、異世界で「聖女様」と呼ばれています。
私の名前はマリア。前世では詐欺まがいの新興宗教を立ち上げ、信者から金を巻き上げ、調子に乗って刺されて死んだ女です。
それがなぜか、今では“奇跡の聖女様”扱いで、日々病人を祈って癒し、村人にお告げを与え、子供たちに花を咲かせ、家畜の発情時期にまで責任を持たされています。
なにこれ? どんな罰ゲーム?
私は信じられることに疲れたのに、信じたくもない人たちが毎日私に“救い”を求めてくる。
もうね、やめて? 普通に寝かせて?
でも、どうやらこの世界では、私の「適当な言葉」が、実際に“神託”として機能してしまうらしい。
たとえば「無理しないで寝てください」と言えば、その人の熱が下がったり、「焦らず歩けばきっと見つかります」と言えば、本当に落とし物が見つかったり。
私としては、ただの“口グセ”なんだけど、こっちの人々は違う。みんな目を潤ませて、口々に言うのだ。
「聖女様のお言葉は……まさに、神の光です!」
……いやいや、光じゃないよ。あれ、テンプレだよ。思考停止用の常套句だよ。
もうほんと、誰かこの“聖女”ってやつ、代わってくれませんか?
できれば、あっちの立派そうな金髪の敬虔な聖女候補さんとかに。
私よりずっと、神っぽいし。表情に迷いがないし。服にシワがないし。あと、たぶん本当に信仰してる。
でも、あの人、こう言うんですよ。
「私は……あなたに比べたら、ただの信徒です……!」
こっちが頭を抱えたいのは、まさにそういう時です。
──そういうわけで、また始まりました。
第二の人生。
また、信じられてしまう人生。
誰よりも“信じたくない”私が、“信じられる側”として扱われる、奇妙で面倒で、だけど、どこかで見覚えのあるような日々が。
この話は、そんな私――
前世でペテン師をやっていた女が、異世界で“本物の奇跡”を起こしながらも、全力で聖女の座を他人に譲ろうとする話です。
とりあえず、今日の“お告げ”はこう。
「早く、誰か、私を降ろしてくれ。」
10
あなたにおすすめの小説
無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する
タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。
社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。
孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。
そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。
追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!
水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。
ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。
しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。
★ファンタジー小説大賞エントリー中です。
※完結しました!
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
留学してたら、愚昧がやらかした件。
庭にハニワ
ファンタジー
バカだアホだ、と思っちゃいたが、本当に愚かしい妹。老害と化した祖父母に甘やかし放題されて、聖女気取りで日々暮らしてるらしい。どうしてくれよう……。
R−15は基本です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる