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プロローグ
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人生とは、信じたいものを信じて、安心したいところに頭を下げて、うまくいかなければ神のせいにして終わるように出来ている。
だから私は、神になった。
正確には「演じた」に過ぎないけれど、それは誰も気づかなかったし、たぶん気づきたくもなかったのだと思う。
白くて光を反射するドレスを着て、バラの香水をふって、胸元に十字にも似たアクセサリーを提げて立つ。それだけで、人は私に跪いた。
ちょっと目を潤ませて、相手の不安そうな顔を見ながら「大丈夫ですよ」と囁けば、涙を流して感謝された。
その気になれば、今晩の星の動きと明日の運勢をリンクさせてみせたし、「神の啓示」を受け取るフリくらい朝飯前だった。誰も疑わなかった。
だって、私の言う「神」は、彼らが安心したいときだけ都合よく現れてくれたのだから。
だからこそ、あの夜、教団の壇上で“信者”に刺された時、私は笑ったのだ。
やっぱりね、と。
神も、信仰も、奇跡も――そんなもの、簡単に壊れる。誰かの欲と感情の歪みが、あっさりと全てを瓦解させる。
ナイフは私の胸元に突き立ち、壇上の白布に血がじんわり広がっていったけれど、私は「これは罰ではなく予定調和だな」と思った。自業自得は、こうでなくちゃ。
それで、だ。
目が覚めたら、天井が高かった。
正確には、見上げると天井画が描かれていた。金箔があしらわれているらしく、角度によって妙に眩しい。壁には蝋燭が灯っていて、香が焚かれている。静かすぎて、空気が重い。
ああ、そうか。これ、死後の世界ってやつだな。あっち側で貢いだ信者が“神に話を通して”くれたんだろうか。さすがにそれは勘弁してほしい。
それにしては、やけに……うるさい。
「……マリア様……」
「お目覚めに……なられたのですか……?」
「マリア様……! お加減は……!」
いや、ちょっと待て。誰だこの人たち。
私のベッドの周囲に、白い衣を纏った少女たちが集まっていた。年齢は十代後半から二十代前半、見た目はどれもよく整っていて、やけに目がうるんでいる。しかも全員、口を揃えてこう言った。
「聖女様が……ついに……お目覚めに……!」
…………は?
ごめん、もう一回言って?
私、刺されて死んで、神の座から転げ落ちて、そこでようやく「人を信じさせるのはやめよう」と思ったところだったんですけど。
なにその拍手喝采みたいな雰囲気。
いや、むしろ拍手喝采どころか、これはもう“再臨”レベルのテンションでは?
「聖女様、どうか……お声を……!」
「……え?」
「ああ……! なんて慈悲深いお声……!」
えっ!? えっ!? 今、え、って言っただけだよね!? “え”しか言ってないのに!? 慈悲、どこ行った!??
──はい。そういうわけで、私は今、異世界で「聖女様」と呼ばれています。
私の名前はマリア。前世では詐欺まがいの新興宗教を立ち上げ、信者から金を巻き上げ、調子に乗って刺されて死んだ女です。
それがなぜか、今では“奇跡の聖女様”扱いで、日々病人を祈って癒し、村人にお告げを与え、子供たちに花を咲かせ、家畜の発情時期にまで責任を持たされています。
なにこれ? どんな罰ゲーム?
私は信じられることに疲れたのに、信じたくもない人たちが毎日私に“救い”を求めてくる。
もうね、やめて? 普通に寝かせて?
でも、どうやらこの世界では、私の「適当な言葉」が、実際に“神託”として機能してしまうらしい。
たとえば「無理しないで寝てください」と言えば、その人の熱が下がったり、「焦らず歩けばきっと見つかります」と言えば、本当に落とし物が見つかったり。
私としては、ただの“口グセ”なんだけど、こっちの人々は違う。みんな目を潤ませて、口々に言うのだ。
「聖女様のお言葉は……まさに、神の光です!」
……いやいや、光じゃないよ。あれ、テンプレだよ。思考停止用の常套句だよ。
もうほんと、誰かこの“聖女”ってやつ、代わってくれませんか?
できれば、あっちの立派そうな金髪の敬虔な聖女候補さんとかに。
私よりずっと、神っぽいし。表情に迷いがないし。服にシワがないし。あと、たぶん本当に信仰してる。
でも、あの人、こう言うんですよ。
「私は……あなたに比べたら、ただの信徒です……!」
こっちが頭を抱えたいのは、まさにそういう時です。
──そういうわけで、また始まりました。
第二の人生。
また、信じられてしまう人生。
誰よりも“信じたくない”私が、“信じられる側”として扱われる、奇妙で面倒で、だけど、どこかで見覚えのあるような日々が。
この話は、そんな私――
前世でペテン師をやっていた女が、異世界で“本物の奇跡”を起こしながらも、全力で聖女の座を他人に譲ろうとする話です。
とりあえず、今日の“お告げ”はこう。
「早く、誰か、私を降ろしてくれ。」
だから私は、神になった。
正確には「演じた」に過ぎないけれど、それは誰も気づかなかったし、たぶん気づきたくもなかったのだと思う。
白くて光を反射するドレスを着て、バラの香水をふって、胸元に十字にも似たアクセサリーを提げて立つ。それだけで、人は私に跪いた。
ちょっと目を潤ませて、相手の不安そうな顔を見ながら「大丈夫ですよ」と囁けば、涙を流して感謝された。
その気になれば、今晩の星の動きと明日の運勢をリンクさせてみせたし、「神の啓示」を受け取るフリくらい朝飯前だった。誰も疑わなかった。
だって、私の言う「神」は、彼らが安心したいときだけ都合よく現れてくれたのだから。
だからこそ、あの夜、教団の壇上で“信者”に刺された時、私は笑ったのだ。
やっぱりね、と。
神も、信仰も、奇跡も――そんなもの、簡単に壊れる。誰かの欲と感情の歪みが、あっさりと全てを瓦解させる。
ナイフは私の胸元に突き立ち、壇上の白布に血がじんわり広がっていったけれど、私は「これは罰ではなく予定調和だな」と思った。自業自得は、こうでなくちゃ。
それで、だ。
目が覚めたら、天井が高かった。
正確には、見上げると天井画が描かれていた。金箔があしらわれているらしく、角度によって妙に眩しい。壁には蝋燭が灯っていて、香が焚かれている。静かすぎて、空気が重い。
ああ、そうか。これ、死後の世界ってやつだな。あっち側で貢いだ信者が“神に話を通して”くれたんだろうか。さすがにそれは勘弁してほしい。
それにしては、やけに……うるさい。
「……マリア様……」
「お目覚めに……なられたのですか……?」
「マリア様……! お加減は……!」
いや、ちょっと待て。誰だこの人たち。
私のベッドの周囲に、白い衣を纏った少女たちが集まっていた。年齢は十代後半から二十代前半、見た目はどれもよく整っていて、やけに目がうるんでいる。しかも全員、口を揃えてこう言った。
「聖女様が……ついに……お目覚めに……!」
…………は?
ごめん、もう一回言って?
私、刺されて死んで、神の座から転げ落ちて、そこでようやく「人を信じさせるのはやめよう」と思ったところだったんですけど。
なにその拍手喝采みたいな雰囲気。
いや、むしろ拍手喝采どころか、これはもう“再臨”レベルのテンションでは?
「聖女様、どうか……お声を……!」
「……え?」
「ああ……! なんて慈悲深いお声……!」
えっ!? えっ!? 今、え、って言っただけだよね!? “え”しか言ってないのに!? 慈悲、どこ行った!??
──はい。そういうわけで、私は今、異世界で「聖女様」と呼ばれています。
私の名前はマリア。前世では詐欺まがいの新興宗教を立ち上げ、信者から金を巻き上げ、調子に乗って刺されて死んだ女です。
それがなぜか、今では“奇跡の聖女様”扱いで、日々病人を祈って癒し、村人にお告げを与え、子供たちに花を咲かせ、家畜の発情時期にまで責任を持たされています。
なにこれ? どんな罰ゲーム?
私は信じられることに疲れたのに、信じたくもない人たちが毎日私に“救い”を求めてくる。
もうね、やめて? 普通に寝かせて?
でも、どうやらこの世界では、私の「適当な言葉」が、実際に“神託”として機能してしまうらしい。
たとえば「無理しないで寝てください」と言えば、その人の熱が下がったり、「焦らず歩けばきっと見つかります」と言えば、本当に落とし物が見つかったり。
私としては、ただの“口グセ”なんだけど、こっちの人々は違う。みんな目を潤ませて、口々に言うのだ。
「聖女様のお言葉は……まさに、神の光です!」
……いやいや、光じゃないよ。あれ、テンプレだよ。思考停止用の常套句だよ。
もうほんと、誰かこの“聖女”ってやつ、代わってくれませんか?
できれば、あっちの立派そうな金髪の敬虔な聖女候補さんとかに。
私よりずっと、神っぽいし。表情に迷いがないし。服にシワがないし。あと、たぶん本当に信仰してる。
でも、あの人、こう言うんですよ。
「私は……あなたに比べたら、ただの信徒です……!」
こっちが頭を抱えたいのは、まさにそういう時です。
──そういうわけで、また始まりました。
第二の人生。
また、信じられてしまう人生。
誰よりも“信じたくない”私が、“信じられる側”として扱われる、奇妙で面倒で、だけど、どこかで見覚えのあるような日々が。
この話は、そんな私――
前世でペテン師をやっていた女が、異世界で“本物の奇跡”を起こしながらも、全力で聖女の座を他人に譲ろうとする話です。
とりあえず、今日の“お告げ”はこう。
「早く、誰か、私を降ろしてくれ。」
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