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第1話:祝福(てきとう)を授けたら、本当に奇跡が起きた件について
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朝から頭が重い。
原因は明白で、目覚めた瞬間からベッドの脇に正座している少女の存在だ。
彼女の名前はクラリス。巫女見習いで、私の“聖務”を補佐する役目らしい。
白いローブをきっちり着こなし、薄青の瞳をキラキラさせながら、今日も目を潤ませている。
「マリア様……お目覚めですね。昨夜は、よくお眠りになれましたか?」
「眠れたというか……寝かせてもらえなかったというか……クラリス、君、夜中にも2回来たよね?」
「はい。聖女様が寝返りを打つたびに神意が動くと聞いておりますので!」
「えー……」
どうしてこの世界の“信仰”はこんなにも情熱的なんだろうか。
いや、たぶん情熱的なのはクラリスという個体の問題なのだけれど、それにしても限度があるだろう。
前世で“信者”と呼ばれた人々にもいろんなタイプがいたけれど、彼女のように“何もかもを神意だと思い込んでしまう”タイプは、正直なところ、一番取り扱いが難しかった。
「今日のお言葉を……いただけますか?」
「……まだ起きたばっかりだし……えっと、じゃあ……」
ベッドから体を起こし、軽く咳払いして、私は適当に“それっぽいこと”を言った。
「焦らず、ゆっくり。……道は、朝日とともに開ける。」
自分で言ってて、「うわ~それっぽ~」と心の中で突っ込んだ。
でもクラリスは、そんな私の言葉をまるで聖典の一節のように、神妙な面持ちで受け止める。
「……朝日とともに……開ける……」
彼女はそう呟いたかと思うと、懐からペンと手帳を取り出してメモを取り始めた。
「メモ、取らなくていいよ?」
「いえ! これは記録して神殿の月刊報にも掲載する予定です!」
「月刊……報……?」
いつのまにそんなものが……。
私の適当な言葉が、どこかの村で祈祷文として使われたりしていないだろうか。不安が増すばかりだ。
その日の午前、ひとつの“事件”が起きた。
祈祷室に呼び出されると、村の男が一人、床に膝をついていた。
足に包帯を巻いており、話によると、三日前に狩猟中に怪我をして動けなくなったという。
「……どうか、聖女様のお言葉を……いただけませんでしょうか……」
あー……はいはい。そういうの、前世でも何度もあった。
「神の導きがありますように」「痛みは魂の試練です」――そういうテンプレを並べれば、大抵の人は納得して、多少は回復もする気がするものだ。
私は立ち上がり、彼の前にしゃがんで目線を合わせる。
心の中では「これはただの儀式、ただの雰囲気」と思いながら、穏やかに笑って言った。
「痛みは、過去からの旅立ちを知らせる鐘です。
もう、無理をしなくていい。
休んで、また歩けば、必ず足は前に進みます」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
……いや、本当に“変わった”のだ。空気が震えたような、温かい風が吹いたような。
男が、驚いた顔で私を見上げた。
「……あ、れ……? 痛みが……ない……? 足が……動く……?」
え。
私は、言葉を失った。
いや、私はただの詐欺師で、言葉で人の心を撫でるのは得意だけど……物理的に治癒したって、どういう……え?
クラリスは既に、床にひざまずいていた。
「さすがです……マリア様……!」
何が“さすが”なのか教えてほしい。
いや、ほんとに。
その日以降、「聖女の言葉が癒しの力を持つ」という噂が村中に広まり、次々と“奇跡を求める人々”が私のもとにやって来た。
私の朝は“お告げリクエスト”から始まり、昼は“奇跡待ちの行列”で終わる。
私は、困っていた。
なぜなら――
私の中には、神も、奇跡も、信仰も、ない。
あるのは、“嘘の使い方”だけなのに。
原因は明白で、目覚めた瞬間からベッドの脇に正座している少女の存在だ。
彼女の名前はクラリス。巫女見習いで、私の“聖務”を補佐する役目らしい。
白いローブをきっちり着こなし、薄青の瞳をキラキラさせながら、今日も目を潤ませている。
「マリア様……お目覚めですね。昨夜は、よくお眠りになれましたか?」
「眠れたというか……寝かせてもらえなかったというか……クラリス、君、夜中にも2回来たよね?」
「はい。聖女様が寝返りを打つたびに神意が動くと聞いておりますので!」
「えー……」
どうしてこの世界の“信仰”はこんなにも情熱的なんだろうか。
いや、たぶん情熱的なのはクラリスという個体の問題なのだけれど、それにしても限度があるだろう。
前世で“信者”と呼ばれた人々にもいろんなタイプがいたけれど、彼女のように“何もかもを神意だと思い込んでしまう”タイプは、正直なところ、一番取り扱いが難しかった。
「今日のお言葉を……いただけますか?」
「……まだ起きたばっかりだし……えっと、じゃあ……」
ベッドから体を起こし、軽く咳払いして、私は適当に“それっぽいこと”を言った。
「焦らず、ゆっくり。……道は、朝日とともに開ける。」
自分で言ってて、「うわ~それっぽ~」と心の中で突っ込んだ。
でもクラリスは、そんな私の言葉をまるで聖典の一節のように、神妙な面持ちで受け止める。
「……朝日とともに……開ける……」
彼女はそう呟いたかと思うと、懐からペンと手帳を取り出してメモを取り始めた。
「メモ、取らなくていいよ?」
「いえ! これは記録して神殿の月刊報にも掲載する予定です!」
「月刊……報……?」
いつのまにそんなものが……。
私の適当な言葉が、どこかの村で祈祷文として使われたりしていないだろうか。不安が増すばかりだ。
その日の午前、ひとつの“事件”が起きた。
祈祷室に呼び出されると、村の男が一人、床に膝をついていた。
足に包帯を巻いており、話によると、三日前に狩猟中に怪我をして動けなくなったという。
「……どうか、聖女様のお言葉を……いただけませんでしょうか……」
あー……はいはい。そういうの、前世でも何度もあった。
「神の導きがありますように」「痛みは魂の試練です」――そういうテンプレを並べれば、大抵の人は納得して、多少は回復もする気がするものだ。
私は立ち上がり、彼の前にしゃがんで目線を合わせる。
心の中では「これはただの儀式、ただの雰囲気」と思いながら、穏やかに笑って言った。
「痛みは、過去からの旅立ちを知らせる鐘です。
もう、無理をしなくていい。
休んで、また歩けば、必ず足は前に進みます」
その瞬間、部屋の空気が変わった。
……いや、本当に“変わった”のだ。空気が震えたような、温かい風が吹いたような。
男が、驚いた顔で私を見上げた。
「……あ、れ……? 痛みが……ない……? 足が……動く……?」
え。
私は、言葉を失った。
いや、私はただの詐欺師で、言葉で人の心を撫でるのは得意だけど……物理的に治癒したって、どういう……え?
クラリスは既に、床にひざまずいていた。
「さすがです……マリア様……!」
何が“さすが”なのか教えてほしい。
いや、ほんとに。
その日以降、「聖女の言葉が癒しの力を持つ」という噂が村中に広まり、次々と“奇跡を求める人々”が私のもとにやって来た。
私の朝は“お告げリクエスト”から始まり、昼は“奇跡待ちの行列”で終わる。
私は、困っていた。
なぜなら――
私の中には、神も、奇跡も、信仰も、ない。
あるのは、“嘘の使い方”だけなのに。
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