虐げられ王女と忠誠の騎士〜運命を結ぶ婚約の物語〜

藤原遊

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プロローグ

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王宮の空は、薄曇りの向こうに微かな朝の光を宿していた。冷え込む空気に包まれた中庭には、冬の名残を留めた霜が白くきらめいている。まるでそこに刻まれる運命の欠片を、冷たく覆い隠しているかのようだった。

ルミナリエは、ふと自分の瞳が映る水面を見つめていた。見る角度によって青、紫、金――次々に色を変えるその瞳は、幼い頃から彼女を縛り付けてきた。「光の瞳」。それは、女神の血を引く王族の証であり、この国の象徴。だが、彼女にとっては何よりの呪いだった。

今日の広間での儀式に備え、身に纏う衣装は母の形見のドレスをリメイクしたものだ。質の良い生地であっても、王宮の流行からは大きく外れている。王妃が管理する予算から新しい衣装を仕立てるなど、許されるはずもなかった。
それでも、このラベンダー色のドレスは、かつて母が持参したときの華やかさをほのかに留めている。細やかに刺繍された模様やくすんだレースは、今となっては流行遅れの象徴に見えた。けれどルミナリエが身に纏うと、それがどこか神秘的で荘厳なものに変わる。

「ルミナリエ様、そろそろ広間へ向かわれますか?」

控えめな声で呼びかけてきたのは、彼女に仕える侍女のミレイアだった。柔らかな栗色の髪を肩にかけ、忠誠心を滲ませた優しい目をしている。彼女だけが、この冷たい宮殿の中で唯一の安らぎだった。

「ええ、行きましょう。」

静かに頷いたルミナリエは、慎重にドレスの裾を持ち上げた。どれだけ流行遅れに見えたとしても、母の残した唯一の遺物。心の中でそっと謝りながらも、その衣装を身に纏うことで、彼女はかつての母の温もりを感じることができた。

一方、広間では、王宮中の視線を一身に集めて立つ男がいた。
ヴィクター・リオネル。若き英雄として、今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いでその名を轟かせる騎士だ。戦果を挙げた功績により褒賞を与えられた彼は、この場に堂々と現れた。整えられた制服には勲章がいくつも輝き、漆黒の髪はきっちりと整えられている。
その姿には、一点の曇りもなかった。

高身長の体躯は筋肉に支えられ、鋭い眼差しは、これまで数多の戦場を渡り歩いてきた者の自信と意志を表している。広間にいる者たちは誰もが、彼がかつて没落貴族であったことを忘れるかのように、その威容に目を奪われていた。

しかし彼の心は静かではなかった。
今日、彼がここに立つ理由はただ一つ。幼い頃に出会った王女、ルミナリエ。彼女に求婚するという、人生で最も重要な決断を下したのだ。幼い日の記憶。あの神秘的な瞳。それが彼の全ての原動力となっていた。

「ヴィクター殿。王女様がお越しになります。」

衛兵の声に、広間が静寂に包まれる。彼は軽く息を整え、鋭い眼差しに覚悟を宿らせた。そして、自分の中で繰り返してきた言葉を胸に刻む。

「必ず、彼女を守る。」

広間の扉がゆっくりと開かれる。その瞬間、ルミナリエの瞳が微かに揺らいだ。中に立つ男――ヴィクター。精悍な顔立ち、長身の体躯。幼い頃、確かに一度だけ目にした記憶が蘇る。だがその記憶は、淡い霧のように薄れていて、彼女の中に確かな感情を残してはいなかった。

「王女ルミナリエ様。」

ヴィクターは膝をつき、頭を垂れる。彼の動きには、騎士らしい礼節が満ちていたが、その背中には、言葉にしきれない緊張と一途な想いが漂っていた。

「私、ヴィクター・リオネルは、ルミナリエ王女様に求婚の意を申し上げます。」

彼の声は低く響き、広間にいる者たちの耳を捉える。ルミナリエは思わず息を呑む。その真剣な瞳は、まるで彼女だけを見つめているかのようだった。

だが、彼女の胸の奥にあったのは、戸惑いと疑念だった。
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