虐げられ王女と忠誠の騎士〜運命を結ぶ婚約の物語〜

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広間に残された人々は、ルミナリエが去った後も、その場に漂う奇妙な空気から逃れることができなかった。

「ふん、求婚とはな……。」
貴族の一人が鼻を鳴らすようにして呟く。彼は重厚なマントを肩にかけ、広間の隅で別の貴族たちと低い声で囁き合っている。
「英雄と讃えられるとはいえ、元は没落した家の出。王女様に釣り合うとは到底思えん。」

「だが、戦場での活躍は本物だ。」
別の貴族が眉をひそめて言葉を続ける。
「このまま彼が権威を得れば、我々の立場にも影響が及ぶかもしれん。王女を得るなど論外だ。」

貴族たちは互いに目配せをしながら、ヴィクターを厄介な存在として扱い始めていた。

一方、広間の中央に座る王妃は、ゆったりとした動作で扇を開閉しながら、淡々とした表情を浮かべていた。その瞳は、まるで遠くを見るように細められているが、内心では鋭い計算を巡らせているのが明らかだった。

ヴィクター・リオネル……面白い動きをするわね。

彼の突然の行動は、予想外ではあったが、決して悪い機会ではないと王妃は考えていた。

「王女に求婚とは、随分と大胆な行動をお取りになられたようですわね。」
穏やかな声を装いながら、王妃はヴィクターを見やる。彼の顔は平静を保っているが、その瞳には揺るぎない信念が宿っている。

「大胆ではなく、誠実な行動のつもりです。」
ヴィクターは、王妃の視線を正面から受け止めながら静かに答えた。その声には一切の迷いがない。

「誠実ですって？」
王妃は微かに笑みを浮かべた。
「貴族として復帰したばかりの方が、王家の血を引くお方を娶るなど、考えたこともない決断でしょうに。」

周囲の貴族たちが一斉に頷き、王妃の言葉を支持するようにざわつき始める。

「確かに。」
ヴィクターは軽く頷いた。
「考えた末の決断ではありません。これは、私の心が自然に導いた答えです。」

その言葉に、ざわめきが一瞬収まる。
心が自然に導いた――だと？
貴族たちの多くは、その言葉を嘲笑するかのように顔を見合わせた。

だが、王妃の目には、わずかな興味の色が浮かんでいた。
「なるほど。ですが、その心とやらが王宮の秩序を乱さないことを祈りますわ。」
彼女の言葉には、明確な警告の色が込められていた。

ヴィクターは一歩も引かず、堂々とした姿勢を保っている。彼は王妃の言葉の裏にある意図を察しながらも、自分の行動を後悔するつもりはなかった。

その後、王妃は広間を後にし、私室へと戻っていた。
豪華な調度品が並ぶその部屋で、彼女は一人、扇を閉じた手を膝に置き、椅子に腰掛けていた。視線は壁に飾られた絵画の一点に固定されているが、その心は遥か先を見据えている。

「ヴィクター・リオネル……。」
小さく彼の名前を口にし、王妃はため息交じりに呟く。

「一体、何を狙っているのかしら。」

彼女にとって、ヴィクターの突然の求婚は想定外ではあったが、王女であるルミナリエを利用する新たな手段を与えてくれる可能性もあった。王妃は、ルミナリエがこれ以上目立つ存在になることを嫌っていたが、同時に彼女が自分にとって有利な駒として動くのであれば、それはそれで構わないとも思っていた。

「彼がこの場を乱すならば、排除すればよいだけのこと。」

王妃は微かに笑みを浮かべ、再び扇を開いた。その音だけが、静かな室内に響いていた。