虐げられ王女と忠誠の騎士〜運命を結ぶ婚約の物語〜

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部屋の中は静かだった。
ルミナリエは、柔らかな光が差し込む窓際の椅子に腰掛けていた。目の前には、古びた刺繍の入ったテーブルクロスと、小さな陶器の花瓶。母がこの宮殿に持ち込んだものだと侍女のミレイアから聞かされた。

それは、この部屋の中で、唯一彼女にとって安らぎを与える存在だった。

ヴィクターが告げた言葉が頭の中をぐるぐると回る。
「私は、あなたを守りたい。」

彼の真っ直ぐな瞳が、彼女の心に何かを刻んでいるようだった。けれど、その刻み込まれた感情は、どうにも整理がつかなかった。

ルミナリエはそっと瞼を閉じた。
心の奥深くに埋もれた記憶が、まるで霧のように浮かび上がってくる。

あの日、幼い彼女は広間の片隅にいた。
煌びやかな装飾に囲まれた大きな宴。父王の命で参加したその場は、幼いルミナリエにとって耐え難い時間だった。後妻である王妃の子どもたちは、彼女を無視するか、時折冷たい視線を投げるだけだった。
誰も話しかけてくれない。誰も、彼女のことなど気にしていない。

「ひとりなの？」

不意に声をかけられた。
顔を上げると、少し年上の少年が立っていた。簡素な衣装に、少し大きすぎる靴。けれど、その顔には優しい笑みが浮かんでいた。

「……うん。」

返事をすると、少年は手を差し出した。
「外に出ようよ。ここは退屈だろう？」

彼女はその手を取った。そして広間を抜け、月明かりが差し込む庭園へと連れ出された。

「僕はヴィクター。君の名前は？」

「ルミナリエ……。」

「そっか。ルミナリエか。いい名前だね。」

彼の声は柔らかく、温かかった。彼女はその瞬間だけ、自分が孤独ではないと思えた。

けれど、その記憶もまた、いつの間にか忘れ去られていた。彼女の中に残ったのは、冷たい王宮の日常だけだった。


一方、ヴィクターは宮殿の一室にいた。広間での出来事を思い返しながら、じっと窓の外を見つめている。

彼は、自分の行動がどれだけ無謀だったかを理解していた。
貴族たちの視線が自分に向けられた瞬間、そのほとんどが敵意や嘲笑であったことも感じている。それでも、彼は後悔していなかった。

幼い頃の記憶は、彼にとって希望そのものだった。
あの月明かりの中で見た光の瞳。どれだけ孤独だっただろうかと思わせる、けれど、それでも美しく輝いていた彼女の姿。

「ルミナリエ様……。」

彼はその名を小さく口にした。
彼女に近づくために、どれだけの時間を費やしただろうか。戦場で剣を振るい、誰よりも早く駆け、時には命を懸けた。それは、すべて彼女のためだった。

「待とう。」

彼は静かに呟いた。
焦る必要はない。彼女が答えを出すのを待つ。それが、彼にできる唯一のことだった。