12 / 22
11
しおりを挟む
王太子との会話を終えた後、ヴィクターは静かに廊下を歩いていた。
月明かりが石畳を淡く照らしているが、その光も彼の心を軽くすることはなかった。
「辺境伯……。」
その言葉が、彼の胸に重く響く。
それは大きな権威と責任を伴う地位だった。隣国との国境を守るという使命は、戦場での経験が豊富な彼にとって適任かもしれない。だが――それだけではなかった。
「王宮を去る……。」
彼は低く呟いた。
ルミナリエと共に辺境へ向かうという提案。それは彼が望んでいた「彼女と共に生きる」という夢を叶える道でもある。しかし、それが彼女にとって本当に幸せな選択なのか――それが分からない。
「彼女は王宮の中で、どれだけのものを犠牲にしてきたのだろう。」
彼女がこの場所で背負わされてきた孤独や悲しみを考えると、ここから離れることは彼女にとって救いになるのかもしれない。だが、それと引き換えに、彼女が王家の血を引く者としての誇りや象徴としての役割を失うのではないか――その不安が胸を締め付ける。
部屋に戻った彼は、窓際に立ち、外の景色をじっと見つめた。
かつて戦場で命を懸けた日々を思い出す。あの頃、彼の胸にあったのは「生き延びる」ことだけだった。だが、彼女を想うようになってから、その願いは変わった。
「私は彼女を守りたい。」
その言葉を何度も繰り返してきた。だが、守るだけでは足りないのではないかという思いが、今の彼の胸を締め付けている。
「守るだけでなく、彼女が幸せを感じられる場所を見つけなければならない。」
その答えが、辺境伯としての道なのか――。
それを決めるのは彼ではなく、彼女自身だ。
翌朝、彼はルミナリエの部屋を訪れた。
ノックをすると、彼女が静かに「お入りください」と答える声が聞こえた。
部屋に入ると、彼女は窓際の椅子に座っていた。薄い朝の光が彼女の横顔を照らし、その表情にはまだ少しの疲れが残っている。
「ヴィクター殿。」
彼女は微笑を浮かべながら彼を見た。その微笑は柔らかいものだったが、どこか儚さも感じさせた。
「ご気分はいかがですか?」
彼は慎重に問いかけた。
「ええ……少し、落ち着きました。」
彼女は小さく頷いたが、その目はまだ不安を抱えているようだった。
ヴィクターはゆっくりと彼女の前に立ち、深く息をついた。
「ルミナリエ様、実は……王太子殿下から一つの提案をいただきました。」
彼女は驚いたように顔を上げた。
「提案……ですか?」
彼は短く頷き、言葉を選びながら続けた。
「辺境伯の地位を私に任せるというものでした。そして、その地へ向かう際に、あなたと共に新たな生活を築くことを提案されました。」
その言葉に、彼女は一瞬だけ瞳を見開いた。だが、すぐに視線を伏せた。
「辺境伯……。」
「それは、隣国との国境を守る重要な役職です。」
彼は真剣な声で説明を続けた。
「しかし、それは王宮での華やかな生活や、貴族たちとの関わりを全て手放すことを意味します。そこには孤独と戦いが待っています。」
彼女はじっと聞いていた。
ヴィクターは彼女の表情を見つめながら、さらに言葉を続けた。
「私は、それでも構いません。ですが……これは、あなたにとって決して軽い決断ではありません。あなたが望まれる道を選んでください。私はどのような選択でも、あなたと共に歩む覚悟です。」
彼の言葉には迷いがなかった。その目は、彼女の意思を尊重しようとする強い意志に満ちていた。
ルミナリエはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。その瞳には、迷いながらも小さな決意が見えた。
「私には……考える時間が必要です。」
その声は静かだったが、しっかりとした響きを持っていた。
「もちろんです。」
ヴィクターは微笑みながら答えた。
「あなたが決めるまで、私はお待ちします。そして、どんな決断でも、私は必ずあなたを守ります。」
彼のその言葉が、彼女の胸に深く響いた。
月明かりが石畳を淡く照らしているが、その光も彼の心を軽くすることはなかった。
「辺境伯……。」
その言葉が、彼の胸に重く響く。
それは大きな権威と責任を伴う地位だった。隣国との国境を守るという使命は、戦場での経験が豊富な彼にとって適任かもしれない。だが――それだけではなかった。
「王宮を去る……。」
彼は低く呟いた。
ルミナリエと共に辺境へ向かうという提案。それは彼が望んでいた「彼女と共に生きる」という夢を叶える道でもある。しかし、それが彼女にとって本当に幸せな選択なのか――それが分からない。
「彼女は王宮の中で、どれだけのものを犠牲にしてきたのだろう。」
彼女がこの場所で背負わされてきた孤独や悲しみを考えると、ここから離れることは彼女にとって救いになるのかもしれない。だが、それと引き換えに、彼女が王家の血を引く者としての誇りや象徴としての役割を失うのではないか――その不安が胸を締め付ける。
部屋に戻った彼は、窓際に立ち、外の景色をじっと見つめた。
かつて戦場で命を懸けた日々を思い出す。あの頃、彼の胸にあったのは「生き延びる」ことだけだった。だが、彼女を想うようになってから、その願いは変わった。
「私は彼女を守りたい。」
その言葉を何度も繰り返してきた。だが、守るだけでは足りないのではないかという思いが、今の彼の胸を締め付けている。
「守るだけでなく、彼女が幸せを感じられる場所を見つけなければならない。」
その答えが、辺境伯としての道なのか――。
それを決めるのは彼ではなく、彼女自身だ。
翌朝、彼はルミナリエの部屋を訪れた。
ノックをすると、彼女が静かに「お入りください」と答える声が聞こえた。
部屋に入ると、彼女は窓際の椅子に座っていた。薄い朝の光が彼女の横顔を照らし、その表情にはまだ少しの疲れが残っている。
「ヴィクター殿。」
彼女は微笑を浮かべながら彼を見た。その微笑は柔らかいものだったが、どこか儚さも感じさせた。
「ご気分はいかがですか?」
彼は慎重に問いかけた。
「ええ……少し、落ち着きました。」
彼女は小さく頷いたが、その目はまだ不安を抱えているようだった。
ヴィクターはゆっくりと彼女の前に立ち、深く息をついた。
「ルミナリエ様、実は……王太子殿下から一つの提案をいただきました。」
彼女は驚いたように顔を上げた。
「提案……ですか?」
彼は短く頷き、言葉を選びながら続けた。
「辺境伯の地位を私に任せるというものでした。そして、その地へ向かう際に、あなたと共に新たな生活を築くことを提案されました。」
その言葉に、彼女は一瞬だけ瞳を見開いた。だが、すぐに視線を伏せた。
「辺境伯……。」
「それは、隣国との国境を守る重要な役職です。」
彼は真剣な声で説明を続けた。
「しかし、それは王宮での華やかな生活や、貴族たちとの関わりを全て手放すことを意味します。そこには孤独と戦いが待っています。」
彼女はじっと聞いていた。
ヴィクターは彼女の表情を見つめながら、さらに言葉を続けた。
「私は、それでも構いません。ですが……これは、あなたにとって決して軽い決断ではありません。あなたが望まれる道を選んでください。私はどのような選択でも、あなたと共に歩む覚悟です。」
彼の言葉には迷いがなかった。その目は、彼女の意思を尊重しようとする強い意志に満ちていた。
ルミナリエはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。その瞳には、迷いながらも小さな決意が見えた。
「私には……考える時間が必要です。」
その声は静かだったが、しっかりとした響きを持っていた。
「もちろんです。」
ヴィクターは微笑みながら答えた。
「あなたが決めるまで、私はお待ちします。そして、どんな決断でも、私は必ずあなたを守ります。」
彼のその言葉が、彼女の胸に深く響いた。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話
鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。
彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。
干渉しない。触れない。期待しない。
それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに――
静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。
越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。
壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。
これは、激情ではなく、
確かな意思で育つ夫婦の物語。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない
柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。
バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。
カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。
そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。
愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる