虐げられ王女と忠誠の騎士〜運命を結ぶ婚約の物語〜

藤原遊

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王太子との会話を終えた後、ヴィクターは静かに廊下を歩いていた。
月明かりが石畳を淡く照らしているが、その光も彼の心を軽くすることはなかった。

「辺境伯……。」

その言葉が、彼の胸に重く響く。
それは大きな権威と責任を伴う地位だった。隣国との国境を守るという使命は、戦場での経験が豊富な彼にとって適任かもしれない。だが――それだけではなかった。

「王宮を去る……。」
彼は低く呟いた。

ルミナリエと共に辺境へ向かうという提案。それは彼が望んでいた「彼女と共に生きる」という夢を叶える道でもある。しかし、それが彼女にとって本当に幸せな選択なのか――それが分からない。

「彼女は王宮の中で、どれだけのものを犠牲にしてきたのだろう。」

彼女がこの場所で背負わされてきた孤独や悲しみを考えると、ここから離れることは彼女にとって救いになるのかもしれない。だが、それと引き換えに、彼女が王家の血を引く者としての誇りや象徴としての役割を失うのではないか――その不安が胸を締め付ける。

部屋に戻った彼は、窓際に立ち、外の景色をじっと見つめた。
かつて戦場で命を懸けた日々を思い出す。あの頃、彼の胸にあったのは「生き延びる」ことだけだった。だが、彼女を想うようになってから、その願いは変わった。

「私は彼女を守りたい。」
その言葉を何度も繰り返してきた。だが、守るだけでは足りないのではないかという思いが、今の彼の胸を締め付けている。

「守るだけでなく、彼女が幸せを感じられる場所を見つけなければならない。」

その答えが、辺境伯としての道なのか――。
それを決めるのは彼ではなく、彼女自身だ。

翌朝、彼はルミナリエの部屋を訪れた。
ノックをすると、彼女が静かに「お入りください」と答える声が聞こえた。

部屋に入ると、彼女は窓際の椅子に座っていた。薄い朝の光が彼女の横顔を照らし、その表情にはまだ少しの疲れが残っている。

「ヴィクター殿。」
彼女は微笑を浮かべながら彼を見た。その微笑は柔らかいものだったが、どこか儚さも感じさせた。

「ご気分はいかがですか?」
彼は慎重に問いかけた。

「ええ……少し、落ち着きました。」
彼女は小さく頷いたが、その目はまだ不安を抱えているようだった。

ヴィクターはゆっくりと彼女の前に立ち、深く息をついた。
「ルミナリエ様、実は……王太子殿下から一つの提案をいただきました。」

彼女は驚いたように顔を上げた。
「提案……ですか?」

彼は短く頷き、言葉を選びながら続けた。
「辺境伯の地位を私に任せるというものでした。そして、その地へ向かう際に、あなたと共に新たな生活を築くことを提案されました。」

その言葉に、彼女は一瞬だけ瞳を見開いた。だが、すぐに視線を伏せた。
「辺境伯……。」

「それは、隣国との国境を守る重要な役職です。」
彼は真剣な声で説明を続けた。
「しかし、それは王宮での華やかな生活や、貴族たちとの関わりを全て手放すことを意味します。そこには孤独と戦いが待っています。」

彼女はじっと聞いていた。
ヴィクターは彼女の表情を見つめながら、さらに言葉を続けた。

「私は、それでも構いません。ですが……これは、あなたにとって決して軽い決断ではありません。あなたが望まれる道を選んでください。私はどのような選択でも、あなたと共に歩む覚悟です。」

彼の言葉には迷いがなかった。その目は、彼女の意思を尊重しようとする強い意志に満ちていた。

ルミナリエはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げた。その瞳には、迷いながらも小さな決意が見えた。

「私には……考える時間が必要です。」
その声は静かだったが、しっかりとした響きを持っていた。

「もちろんです。」
ヴィクターは微笑みながら答えた。
「あなたが決めるまで、私はお待ちします。そして、どんな決断でも、私は必ずあなたを守ります。」

彼のその言葉が、彼女の胸に深く響いた。
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