虐げられ王女と忠誠の騎士〜運命を結ぶ婚約の物語〜

藤原遊

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王太子の部屋に灯る明かりは、夜の王宮の中でもひときわ明るかった。
彼は机に広げた地図を見つめながら、視線を落とす。

辺境伯の地――それは国境地帯を治める要職であり、王国の存続において極めて重要な役割を担う。だが同時に、それは孤独な役職でもあった。王宮での華やかな生活や権力争いの中心から離れ、敵国や蛮族と対峙する日々が続く。

王太子は深く息を吐き、椅子に寄りかかった。
「ルミナリエ様……。」

その名前を口にするたび、彼の胸には複雑な感情が湧き上がる。彼女は彼よりも年上であり、幼い頃から彼にとって特別な存在だった。自分がまだ王宮の事情も知らない幼い頃、彼女は母を亡くしながらも気高く生きていた。

彼はふと、幼い頃の記憶を思い返す。

ある日の昼下がり、王宮の廊下を歩いていると、ふと聞こえてきた声があった。それはルミナリエの声だった。彼女が小さな机に座り、膝に書物を広げていた。

「これ、面白いですね。戦争の記録がこんなにも細かく残されているなんて。」

彼は彼女に声をかけた。
「そんな記録を読んでいるんですか? 難しそうですね。」

「難しいですけど、でも重要です。」
ルミナリエは穏やかに笑い、言葉を続けた。
「国を治める者として、戦争や歴史を知らないわけにはいきません。」

その言葉を聞いて、彼は自分とは違う強さを感じた。幼いながらも、彼女は自分の立場を理解し、それに向き合おうとしていた。その姿は、彼にとって眩しかった。

しかし、その日々も長くは続かなかった。彼が母親の冷たい視線を受け、ルミナリエから距離を取るようになったからだ。


「年上だからこそ……か。」

王太子は独り言のように呟いた。彼女の強さ、気高さ――それは、王宮内の誰よりも際立っていた。それゆえに、彼女が王宮の外に出ることを決めるのは容易ではないだろう。

王妃の暗殺未遂が失敗に終わった今、彼女を王宮に残すことは、さらなる危険を生むだけだ。それを防ぐには、辺境伯の地を任せるしかない。だが、それにはデメリットが伴う。

王太子は、ヴィクターに真剣な表情を向けた。
「リオネル殿、話を聞いてください。」

「なんなりと。」

「辺境伯という地位は、華やかな王宮生活とは無縁です。それに、周辺貴族への命令権を持つ立場ゆえに、周囲の貴族たちからは敵視される可能性もあります。」

ヴィクターは黙って聞いていた。その目には迷いの色は見えない。

「さらに、王宮の権力争いには参加できません。それは、ある意味で国政への影響力を失うことを意味します。」

王太子の声は低く、慎重だった。
「それでも、あなたは彼女と共にその地位を引き受ける覚悟がありますか?」

ヴィクターは静かに頷いた。
「もちろんです。私は権力を求めていません。彼女と共に穏やかに生きられるのであれば、それ以上の望みはありません。」

その言葉に、王太子はふと目を伏せた。彼の胸には、ほんの少しの寂しさがあった。
幼い頃、彼女ともっと話をしていれば、自分は彼女の人生に何か意味を与えられただろうか。だが――。

「分かりました。」

彼は顔を上げ、冷静に言葉を続けた。

「ルミナリエ様にその話を伝えてください。そして、彼女の意思を尊重してください。私の思いは……それで十分です。」
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