婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

第二部 辺境の地

第10話 傭兵シグルド

村の外周を見回っていると、風の向きがほんのわずかに変わった。

“誰かがいる”。

私は魔力を薄く張り、声をかける。

「……出てきて」

木立の陰から、黒衣の男がするりと現れた。

「やっぱり気づかれるか。
　聖女様が相手じゃ隠密は難しいな」

低い声。抑えた笑み。
魔王戦で何度も私たちを救った斥候――シグルドだった。

「契約は終わったはずよね？」

「終わったから来たんだよ。
　好きに動ける身ってのは、案外暇なんだ」

言葉は軽いのに、歩き方には一切の無駄がない。
“本物の斥候”の動き。

「で、お前（エリシア）が辺境に来たって聞いた。
　まあ……様子見くらいは、するだろ？」

淡白な言い方だが、その奥に何かを含む。
ただし、シグルドは決して踏み込まない。

後ろからレオンが現れ、シグルドを見ると軽く手を上げた。

「遅かったな。来てくれて助かる」

「そっちこそ。
　お前がここにいるなら、戦力面は心配ない」

二人のやり取りは短い。
けれど、互いを“仲間として認めている”のが伝わる。

私はシグルドに向き直る。

「ここに残るつもり？」

「残る価値はある。
　この土地はまだ荒れてるし、人手が足りない」

彼の視線が村へと流れる。
防壁の穴、森の瘴気、未整備の畑。
一瞬で全てを把握したようだった。

「斥候の仕事は山ほどある。
　……だから、ここで働くさ」

その言い方は簡素で、押しつけも情もない。
だが、シグルドなりの“答え”だと分かった。

ミアが駆け寄り、不安そうに彼を見上げる。

「シグルドさん、本当にここに？」

「仕事だって言ったろ。
　それに、お前も頑張ってるみたいだしな」

ミアは少し赤くなって俯く。
シグルドは気づいていないふりで視線を逸らした。

レオンが私の隣に立つと、
シグルドはちらりとレオンを見やった。

何も言わない。
けれど、ほんの一瞬だけ目が和らいだ。

その静かな視線に、
“理解”と“距離感”がすべて詰まっていた。

私は胸の内でひとつ息を整え、シグルドに告げる。

「あなたが来てくれたなら、心強いわ。
　一緒に、この領地を立て直しましょう」

「了解。
　じゃあまずは、森の瘴気の流れを確認する」

言うが早いか、シグルドは影のように森へ消えた。

無駄がなく、思いだけを置いていくような去り方。

その背中を見送りながら思う。

――この人は、誰より控えめで、誰より優しい。