冷徹と噂の辺境伯令嬢ですが、幼なじみ騎士の溺愛が重すぎます

藤原遊

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魔物と魔族

辺境伯領に暮らす人々にとって、「魔物」は日常の隣にある恐怖であった。

魔物とは、森や山脈、大地の闇に潜む異形の存在を指す。
狼や熊に似た獣の姿を持つものもいれば、鉄の鱗や翼を備えた怪物、毒の霧を吐き出す植物のような存在もある。
共通するのは、人の命を糧とし、破壊を本能とする点である。

小規模な魔物の出現は、辺境の日常であった。
兵や狩人が討伐にあたり、村人たちは鐘の音で危険を知り避難する。
それでも、時にその均衡は破られる。

――スタンピード。

無数の魔物が一斉に溢れ出し、都市や村を呑み込もうとする現象。
その発生には一定の周期や規則はなく、原因すら解明されていない。
だが人々は恐怖を込めて「災厄」と呼んだ。

スタンピードに対抗できるのは、辺境伯家の結界である。
光の壁が展開され、城塞を覆うことで魔物の群れを退ける。
結界の維持には途方もない魔力を要し、直系の血を継ぐ者か、その影として生きる者たちが命を削りながら支える。
その犠牲の上で、領地は今日まで存続してきたのだ。

だが近年、人々をさらに震撼させる存在が姿を見せていた。

――魔族。

魔族は「知能ある魔物」と呼ばれる。
人と変わらぬ姿をとり、言葉を話し、魔物の群れを統率する。
その存在が確認されたとき、スタンピードは単なる自然現象ではなく、「意思ある災厄」としての相貌を露わにする。

魔族は美しさと恐怖を兼ね備えた存在とも言われる。
容姿は人に酷似していながら、その瞳の奥には異質の光が宿り、魔力の奔流が常に纏わりついている。
その笑みは妖艶で、同時に残酷さを孕み、人を惑わせる。

辺境伯家の記録によれば、魔族は過去数百年にわたり幾度も現れ、そのたびに多くの血が流された。
彼らは人を単なる「糧」としか見ていない。
しかし同時に、人の文化や戦略を理解し、時に愉悦をもって人の絶望を観察する。

魔族が関与するスタンピードは、必ず規模が拡大し、被害も甚大になる。
それは領民にとって「最も恐れるもの」であり、辺境伯家にとって「絶対に退けねばならぬ敵」であった。

魔物は日常の恐怖。
魔族は存在そのものが災厄。

人と魔の境界に立たされ続ける辺境の人々は、その恐怖を知りながらも、なお剣を取り、結界を築き、生きることを選んでいる。
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