私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊

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第2話|夫の不在

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昼を過ぎる頃、屋敷の空気はひとつ落ち着く。

朝の指示が行き渡り、
使用人たちはそれぞれの持ち場へ散り、
来客への備えも整う。

大きな問題が起きなければ、このまま夕刻までは静かだ。

私は執務机に戻り、午前中に後回しにした書状へ手を伸ばした。

侍女が新しい紅茶を置きながら、ためらいがちに口を開く。

「旦那様は……本日も、あちらへお泊まりになるそうです」

あちら。

わざわざ名を出すまでもない場所。
最近では、隠すことすらしていない。

「そう」

それだけ答えると、侍女は一瞬だけ視線を泳がせた。
何か言葉を探している顔だった。

慰めだろうか。
同情だろうか。
それとも、怒ってほしいのかもしれない。

けれど残念ながら、どれも見当違いだ。

「夕食の準備は予定通りに。旦那様の分は不要です」

「……かしこまりました」

侍女は頭を下げ、静かに部屋を出ていく。

その背中が閉まるのを見届けてから、私はペンを取り直した。

腹立たしさがないわけではない。
最初の頃は、もちろんあった。

どこへ行くのか。
いつ戻るのか。
なぜ正妻の部屋に顔を出さないのか。

問い質したこともある。

けれど返ってきたのは、面倒そうな説明と、
「心配するな」という、何の解決にもならない言葉だけだった。

そこで理解した。

求められているのは、愛情ではない。
騒がないことだ。

波風を立てず、家を守ること。
それが正妻の役割なのだと。

それならば、私は優秀でいられる。

当主がどこで誰と過ごしていようと、
屋敷の運営に支障が出なければ問題はない。

社交の日程は管理している。
贈答の手配も抜かりない。
領地からの報告も滞りなく処理している。

困る者はいない。

……少なくとも、表向きは。

廊下の向こうで、侍女たちのひそやかな声がした。
すぐに気配が消える。

彼女たちは気を遣っている。
私に聞こえないように。

優しい人たちだと思う。

だから余計に、私は取り乱すわけにはいかなかった。

奥様が平然としている限り、
屋敷は平穏でいられる。

それがこの数年で身につけた処世術だった。

書類に視線を落とす。
数字は嘘をつかない。
必要な答えだけを返してくれる。

感情より、ずっと扱いやすい。

「お母さま」

不意に、柔らかな声が扉の向こうから聞こえた。

私は顔を上げる。

この屋敷で、その呼び方をするのは一人だけだ。

「入りなさい、ルイ」

扉が開く。

背筋を伸ばした、小さな公爵家の跡取りが、静かに一礼した。

その姿に、ほんの少しだけ胸が温む。

少なくとも私は、この子の前で恥じない母でいたいと思えた。

たとえ夫がいなくても。
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