私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊

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第5話|ルイ

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ルイは、私の実子であり、公爵家の正統な嫡子だ。

八歳になったばかりだが、次期公爵としての教育はすでに始まっている。

朝の礼拝、基礎学問、歴史、算術。午後は馬術や剣術の基礎。
まだ幼いとはいえ、嫡子に許される猶予は長くない。

「本日の課題、終わりました」

夕刻、彼は執務室へ顔を出した。
書類を抱え、一礼するその姿は年齢よりも落ち着いて見える。

私は受け取り、答案に目を通す。

歴史の設問は簡潔で正確。
算術も誤りはない。
ただ正しいだけでなく、理由が書かれている。

「どうして、この戦で敗れたと思いますかと問われましたので、補給線が長すぎたからだと」

「理由は」

「兵は勇敢でも、食糧が尽きれば勝てません」

私は顔を上げた。

理解している。暗記ではない。

「よく考えましたね」

そう告げると、ルイはほんのわずかに目を細めた。
声を上げて喜ぶことはない。だが、評価を待っている。

それがまだ子どもなのだと分かる。

「本日の応接も、滞りありませんでした」

「見ていたのですか」

「はい。他家の子息は、私より母上をよく見ていました」

その言い方に、わずかに息が詰まる。

「そのようなことは口にしてはいけません」

「申し訳ありません」

素直に頭を下げる。

叱責としてではなく、心得として受け止める顔だった。

「ですが」

ルイは続ける。

「母上がいれば、公爵家は困りません」

何気ない口調だった。

母への信頼。
それだけの言葉。

私は一瞬、返す言葉を探す。

「あなたがいるからこそ、私は困りません」

そう告げると、ルイは控えめに笑った。

その笑みには遠慮がある。

「父上は、今日も離れにいらっしゃいますか」

問いは淡々としていた。

非難も、寂しさも、表には出さない。

「そうです」

「分かりました」

それだけで終わる。

父を待つ様子はない。
嫡子である自分が、当主に顧みられていないことを、もう理解しているのだ。

私は思う。

八歳の子どもが、ここまで静かであるべきなのだろうかと。

「母上」

呼ばれて顔を上げる。

「次期公爵として、私は相応しくありますか」

胸の奥が、わずかに締めつけられる。

「あなたは公爵家の嫡子です」

揺らぐべきではない事実だ。

「相応しいかどうかは努力で決まります。あなたは努力を怠っていません」

ルイは静かに頷いた。

「では、続けます」

その横顔には誇りがある。

本来なら、この子が守られるべき立場なのだ。

私は机の上の書類を閉じる。

守るべきものは、はっきりしている。

それだけは、揺らがない。
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