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第17話 自覚
夜、執務を終えたあと、リーシェは一人で灯りを落とした部屋にいた。
机の上には、今日まとめた資料が整然と並んでいる。
仕事は順調だった。
判断は通り、意見も受け入れられている。
それなのに、ふとした拍子に思考が過去へ滑る。
あの屋敷での日々。
婚約者として過ごした時間。
思い出そうとしなくても、勝手に浮かんでくる。
リーシェは椅子に深く腰掛け、ゆっくりと息を吐いた。
――どれくらい、我慢していたのだろう。
問いは、自分を責めるものではなかった。
ただ、確かめるような感覚だった。
夜会で手を取られなかったとき。
会話の輪から自然に外されたとき。
判断の場で、自分の意見が必要とされなかったとき。
その一つひとつに、理由をつけてきた。
立場があるから。
状況があるから。
私が分かっていればいい。
そう思えば、納得できる気がしていた。
違和感を覚えても、
それを問題だとは認めなかった。
問題にしてしまえば、
何かを変えなければならなくなるから。
――選ばれないことよりも、
――その現実を直視する方が、怖かった。
リーシェは、そう気づく。
我慢していたのは、
相手の態度だけではない。
自分の感情を、ずっと後回しにしてきた。
悲しいと感じる前に理解しようとして、
悔しいと思う前に状況を整理していた。
それが、大人であることだと思っていた。
けれど――
それは、たぶん違った。
成熟なんかじゃない。
自分を小さく畳んで、
関係を壊さないようにしていただけだ。
「……無理をしていたのね」
声に出すと、思ったよりも軽かった。
責める響きはない。
後悔も、怒りもない。
……ただ、そうだったんだと思った。
あのときの私は、精一杯だった。
関係を壊したくなくて、
期待に応えたくて、
選ばれない理由を、自分の中に探していた。
それがどれほど苦しかったのか、
離れて、やっと分かる。
今は違う。
自分の感情を押し殺す必要がない。
意見を言えば、ちゃんと聞いてもらえる。
違和感を覚えたとき、
立ち止まって考えることができる。
――それが、特別なことではない。
ただ、人として扱われているだけだ。
リーシェは窓の外を見た。
夜の空気は冷えているが、澄んでいる。
あの頃の自分は、
ずっと息を詰めていたのだと、今なら分かる。
「もう、大丈夫」
その言葉は、誰に聞かせるでもなかった。
我慢してきた自分を、否定する必要はない。
間違っていたとも思わない。
ただ――
これからは、同じことを繰り返さない。
選ばれないことに耐えるのではなく、
選ばれない関係から、静かに離れる。
それを選べるようになったこと自体が、
前に進んでいる証だった。
リーシェは立ち上がり、灯りを落とす。
過去は消えない。
けれど、もう縛るものでもない。
胸の奥に残っているのは、
冷えでも痛みでもなくて。
――理解だった。
そしてそれは、
自分を責めないための理解だった。
机の上には、今日まとめた資料が整然と並んでいる。
仕事は順調だった。
判断は通り、意見も受け入れられている。
それなのに、ふとした拍子に思考が過去へ滑る。
あの屋敷での日々。
婚約者として過ごした時間。
思い出そうとしなくても、勝手に浮かんでくる。
リーシェは椅子に深く腰掛け、ゆっくりと息を吐いた。
――どれくらい、我慢していたのだろう。
問いは、自分を責めるものではなかった。
ただ、確かめるような感覚だった。
夜会で手を取られなかったとき。
会話の輪から自然に外されたとき。
判断の場で、自分の意見が必要とされなかったとき。
その一つひとつに、理由をつけてきた。
立場があるから。
状況があるから。
私が分かっていればいい。
そう思えば、納得できる気がしていた。
違和感を覚えても、
それを問題だとは認めなかった。
問題にしてしまえば、
何かを変えなければならなくなるから。
――選ばれないことよりも、
――その現実を直視する方が、怖かった。
リーシェは、そう気づく。
我慢していたのは、
相手の態度だけではない。
自分の感情を、ずっと後回しにしてきた。
悲しいと感じる前に理解しようとして、
悔しいと思う前に状況を整理していた。
それが、大人であることだと思っていた。
けれど――
それは、たぶん違った。
成熟なんかじゃない。
自分を小さく畳んで、
関係を壊さないようにしていただけだ。
「……無理をしていたのね」
声に出すと、思ったよりも軽かった。
責める響きはない。
後悔も、怒りもない。
……ただ、そうだったんだと思った。
あのときの私は、精一杯だった。
関係を壊したくなくて、
期待に応えたくて、
選ばれない理由を、自分の中に探していた。
それがどれほど苦しかったのか、
離れて、やっと分かる。
今は違う。
自分の感情を押し殺す必要がない。
意見を言えば、ちゃんと聞いてもらえる。
違和感を覚えたとき、
立ち止まって考えることができる。
――それが、特別なことではない。
ただ、人として扱われているだけだ。
リーシェは窓の外を見た。
夜の空気は冷えているが、澄んでいる。
あの頃の自分は、
ずっと息を詰めていたのだと、今なら分かる。
「もう、大丈夫」
その言葉は、誰に聞かせるでもなかった。
我慢してきた自分を、否定する必要はない。
間違っていたとも思わない。
ただ――
これからは、同じことを繰り返さない。
選ばれないことに耐えるのではなく、
選ばれない関係から、静かに離れる。
それを選べるようになったこと自体が、
前に進んでいる証だった。
リーシェは立ち上がり、灯りを落とす。
過去は消えない。
けれど、もう縛るものでもない。
胸の奥に残っているのは、
冷えでも痛みでもなくて。
――理解だった。
そしてそれは、
自分を責めないための理解だった。
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