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第29話 感情
リーシェが言葉を終えたあと、しばらく廊下には沈黙が残った。
エリオットはその沈黙を、急いで埋めようとはしなかった。
彼女の言葉は、決断ではなかった。
期待でも、要求でもない。ただ、今の立ち位置を差し出されたのだと理解していた。
エリオットは、これまで幾度となく貴族社会の縁談を見てきた。
立場、家格、利害。
そこでは、感情は最後に添えられる飾りのようなものだった。
だが、リーシェのそれは違った。
「今どこに立っているのかを知ってほしい」
その言葉が、胸の奥に静かに残っている。
彼女は選ぼうとしていなかった。
同時に、選ばれることにも縋っていなかった。
――それなら。
エリオットは、自分自身に問いを向ける。
自分は、どうしたいのか。
三男として生まれ、家を継ぐこともなく、他領地に仕える道を選んだ。
期待されすぎることも、縛られることもない代わりに、自分の選択は常に自己責任だった。
リーシェと共に働くようになってから、彼女がどれほど誠実に領地と向き合っているかを知った。
数字をごまかさず、感情に逃げず、人の話を聞く。
それは、能力以上に――人として信頼できる資質だった。
だが、だからこそ。
彼女を「必要だから」選ぶことだけは、したくなかった。
「……リーシェ」
彼女が振り返る。
その目には、探るような色も、縋るような不安もない。
ただ、待っている。
「あなたが怖いと言ったこと」
エリオットは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「それは、とても自然なことだと思います」
過去に受け取ってきたものが、歪んでいたなら。
次の一歩を慎重になるのは、当然だ。
「そして……それを、相手に押しつけなかった」
そこが、何より重要だった。
「だから、ひとつだけ伝えさせてください」
エリオットは、彼女をまっすぐに見た。
「私は、あなたの気持ちを聞いた上で、ここに立っています」
仕事仲間としてでも、家の都合としてでもない。
一人の人間として。
「あなたが答えを急がないように、私も急ぎません」
その言葉に、リーシェの表情がわずかに緩む。
「ただし」
一拍置いて、続けた。
「私自身が考える時間は、もらいます」
選ばれる側に甘んじるつもりはなかった。
それは彼女のためでもあり、自分のためでもある。
「それで、もし――」
言葉を区切り、慎重に続ける。
「あなたと同じ方向を見たいと思えたなら、そのときは、私から話します」
それは約束ではない。
だが、逃げでもなかった。
リーシェはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
その声には、安堵が滲んでいた。
誰かに決められなかったこと。
誰かを縛らなかったこと。
そのどちらもが、今の彼女にとって必要だったのだろう。
夕鐘の音が、再び遠くで鳴る。
エリオットはその音を聞きながら、胸の内で静かに思った。
――選ぶというのは、相手を手に入れることじゃない。
――同じ場所に立つ覚悟を持つことだ。
その覚悟が自分にあるのかどうか。
答えは、もう少し先でいい。
今はただ、彼女と並んで歩くこの時間を、誠実に重ねていこう。
エリオットはその沈黙を、急いで埋めようとはしなかった。
彼女の言葉は、決断ではなかった。
期待でも、要求でもない。ただ、今の立ち位置を差し出されたのだと理解していた。
エリオットは、これまで幾度となく貴族社会の縁談を見てきた。
立場、家格、利害。
そこでは、感情は最後に添えられる飾りのようなものだった。
だが、リーシェのそれは違った。
「今どこに立っているのかを知ってほしい」
その言葉が、胸の奥に静かに残っている。
彼女は選ぼうとしていなかった。
同時に、選ばれることにも縋っていなかった。
――それなら。
エリオットは、自分自身に問いを向ける。
自分は、どうしたいのか。
三男として生まれ、家を継ぐこともなく、他領地に仕える道を選んだ。
期待されすぎることも、縛られることもない代わりに、自分の選択は常に自己責任だった。
リーシェと共に働くようになってから、彼女がどれほど誠実に領地と向き合っているかを知った。
数字をごまかさず、感情に逃げず、人の話を聞く。
それは、能力以上に――人として信頼できる資質だった。
だが、だからこそ。
彼女を「必要だから」選ぶことだけは、したくなかった。
「……リーシェ」
彼女が振り返る。
その目には、探るような色も、縋るような不安もない。
ただ、待っている。
「あなたが怖いと言ったこと」
エリオットは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「それは、とても自然なことだと思います」
過去に受け取ってきたものが、歪んでいたなら。
次の一歩を慎重になるのは、当然だ。
「そして……それを、相手に押しつけなかった」
そこが、何より重要だった。
「だから、ひとつだけ伝えさせてください」
エリオットは、彼女をまっすぐに見た。
「私は、あなたの気持ちを聞いた上で、ここに立っています」
仕事仲間としてでも、家の都合としてでもない。
一人の人間として。
「あなたが答えを急がないように、私も急ぎません」
その言葉に、リーシェの表情がわずかに緩む。
「ただし」
一拍置いて、続けた。
「私自身が考える時間は、もらいます」
選ばれる側に甘んじるつもりはなかった。
それは彼女のためでもあり、自分のためでもある。
「それで、もし――」
言葉を区切り、慎重に続ける。
「あなたと同じ方向を見たいと思えたなら、そのときは、私から話します」
それは約束ではない。
だが、逃げでもなかった。
リーシェはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
その声には、安堵が滲んでいた。
誰かに決められなかったこと。
誰かを縛らなかったこと。
そのどちらもが、今の彼女にとって必要だったのだろう。
夕鐘の音が、再び遠くで鳴る。
エリオットはその音を聞きながら、胸の内で静かに思った。
――選ぶというのは、相手を手に入れることじゃない。
――同じ場所に立つ覚悟を持つことだ。
その覚悟が自分にあるのかどうか。
答えは、もう少し先でいい。
今はただ、彼女と並んで歩くこの時間を、誠実に重ねていこう。
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2021/08/08