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第10話 支え
午後、王妃殿下が執務室へ戻られたあと、私は書簡の整理に入った。
差出人ごとに束ね、優先順位を整え、返答の必要なものだけを別にする。単純な作業だが、これが乱れると全体の流れが滞る。
「エレノア、これを」
エルマが一通の封書を差し出した。
「東方の侯爵家からね。少し扱いが難しいの」
封を切らずとも分かる。封蝋の色と紋章で、相手の気質はある程度読める。
「返答は急がなくてよろしいかと。ただ、放置は避けたほうが」
「ええ、その通りね」
それだけで話は通じる。
無駄な説明はいらない。
やり取りが短いほど、全体の速度は上がる。
そのとき、扉が叩かれた。
入ってきたのは、別の部署の若い騎士だった。緊張した面持ちで一礼する。
「失礼いたします。王妃殿下にご報告が」
「内容は?」
エルマが問い返す。
「南側回廊にて、一時的に人の滞留が発生しました。現在は解消しておりますが、念のためご報告をと」
その報告を聞いた瞬間、私はわずかに目を伏せた。
時間を逆算する。
あのとき、ロイドが足を止めた場所だ。
もし、そのまま進んでいれば——
おそらく、問題はなかった。
だが、止まったことで流れが変わり、別の場所に人が溜まった。
結果として、別の騎士が動くことになった。
大きな問題ではない。
だが、無駄が増えている。
「ご苦労様。今後は南側も早めに確認を」
エルマが簡潔に指示を出す。
「はっ」
騎士が退出する。
その背を見送りながら、エルマが小さく息をついた。
「少しずつ、手間が増えているわね」
「はい」
私は短く答える。
「大きな問題ではありませんが」
「ええ。でも、こういうものは積もるのよ」
それ以上は言わなかった。
言わずとも分かる。
積もったものは、いずれ目に見える形になる。
夕刻。
廊下の端で、ロイドが上官と話しているのが見えた。
距離があるため言葉までは聞こえないが、上官の表情は穏やかではない。叱責というほどではないが、確認を重ねているような様子だった。
ロイドは姿勢を崩さず、受け答えも正確に見える。
だが、そのやり取りが少し長い。
以前なら、もっと短く済んでいたはずだ。
「……最近、細かい確認が増えているな」
通り過ぎる騎士が、小さく呟いた。
「ミスがあるわけじゃない。ただ、判断が遅れることがある」
「らしくないな」
私は足を止めず、そのまま通り過ぎた。
噂は、すでに一段進んでいる。
“違和感”から、“評価”へ。
夜。
自室へ戻り、灯りを落とす前に、私は一日の流れを思い返した。
何かが崩れたわけではない。
ただ、以前と同じようには回っていない。
それだけのこと。
けれど、その“だけ”が続けば、いずれ形になる。
評価は、一度崩れれば戻らない。
私は静かに息を吐いた。
ロイドがどうなるかは、もう私の関知するところではない。
ただ一つだけ確かなのは、これまで彼を支えていたものが、もうそこにはないということだった。
そして、それに代わるものも——
まだ、見つかっていない。
差出人ごとに束ね、優先順位を整え、返答の必要なものだけを別にする。単純な作業だが、これが乱れると全体の流れが滞る。
「エレノア、これを」
エルマが一通の封書を差し出した。
「東方の侯爵家からね。少し扱いが難しいの」
封を切らずとも分かる。封蝋の色と紋章で、相手の気質はある程度読める。
「返答は急がなくてよろしいかと。ただ、放置は避けたほうが」
「ええ、その通りね」
それだけで話は通じる。
無駄な説明はいらない。
やり取りが短いほど、全体の速度は上がる。
そのとき、扉が叩かれた。
入ってきたのは、別の部署の若い騎士だった。緊張した面持ちで一礼する。
「失礼いたします。王妃殿下にご報告が」
「内容は?」
エルマが問い返す。
「南側回廊にて、一時的に人の滞留が発生しました。現在は解消しておりますが、念のためご報告をと」
その報告を聞いた瞬間、私はわずかに目を伏せた。
時間を逆算する。
あのとき、ロイドが足を止めた場所だ。
もし、そのまま進んでいれば——
おそらく、問題はなかった。
だが、止まったことで流れが変わり、別の場所に人が溜まった。
結果として、別の騎士が動くことになった。
大きな問題ではない。
だが、無駄が増えている。
「ご苦労様。今後は南側も早めに確認を」
エルマが簡潔に指示を出す。
「はっ」
騎士が退出する。
その背を見送りながら、エルマが小さく息をついた。
「少しずつ、手間が増えているわね」
「はい」
私は短く答える。
「大きな問題ではありませんが」
「ええ。でも、こういうものは積もるのよ」
それ以上は言わなかった。
言わずとも分かる。
積もったものは、いずれ目に見える形になる。
夕刻。
廊下の端で、ロイドが上官と話しているのが見えた。
距離があるため言葉までは聞こえないが、上官の表情は穏やかではない。叱責というほどではないが、確認を重ねているような様子だった。
ロイドは姿勢を崩さず、受け答えも正確に見える。
だが、そのやり取りが少し長い。
以前なら、もっと短く済んでいたはずだ。
「……最近、細かい確認が増えているな」
通り過ぎる騎士が、小さく呟いた。
「ミスがあるわけじゃない。ただ、判断が遅れることがある」
「らしくないな」
私は足を止めず、そのまま通り過ぎた。
噂は、すでに一段進んでいる。
“違和感”から、“評価”へ。
夜。
自室へ戻り、灯りを落とす前に、私は一日の流れを思い返した。
何かが崩れたわけではない。
ただ、以前と同じようには回っていない。
それだけのこと。
けれど、その“だけ”が続けば、いずれ形になる。
評価は、一度崩れれば戻らない。
私は静かに息を吐いた。
ロイドがどうなるかは、もう私の関知するところではない。
ただ一つだけ確かなのは、これまで彼を支えていたものが、もうそこにはないということだった。
そして、それに代わるものも——
まだ、見つかっていない。
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