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第2話 決定
客間を出たあと、そのまま自室へ戻るつもりだったが、廊下の途中で足を止めることになった。
扉の前に控えていた使用人が、私に気づいて一礼する。
「旦那様がお呼びです」
予想していなかったわけではない。
頷いて、そのまま執務室へ向かう。
中に入ると、父は机の向こうで書類に目を落としていたが、私が入室するとすぐに視線を上げた。
「話は聞いた」
簡潔な言葉だった。
内容を確認する必要もないらしい。
「はい」
それだけ返すと、父は小さく頷く。
「今回の件については、あちらの判断を尊重する」
淡々とした口調で、結論だけが述べられる。
「妹の方が適しているということだ。家としても、その方が都合がいい」
同じ言葉が、形を変えて繰り返される。
「異論はあるか」
視線が向けられる。
「ありません」
即答すると、父はそれ以上問いを重ねなかった。
「では、そのように進める」
それで終わりだった。
沈黙が落ちる。
補足も説明もなく、ただ決定だけが残る。
「今後についてだが」
父が書類を一枚取り上げる。
「しばらく公爵家へ出てもらう。行儀見習いという形になる」
言葉は整っていたが、選択肢が提示されているわけではない。
「期間は未定だが、準備はすでに進めている」
視線を落とせば、机の上には関連する書類が揃っていた。
話が出たばかりではないことが分かる。
「出立は数日後になる」
「承知しました」
それ以上は必要なかった。
父は軽く頷き、再び書類へ視線を戻す。
会話はすでに終わっている。
一礼して部屋を出る。
廊下に戻ると、先ほどと変わらない静けさが広がっていた。
ただ、戻る場所はすでに決まっている。
自室へ向かい、扉を開けると、荷をまとめるための箱がいくつか用意されていた。
手配は早い。
机の上に置かれた小物を一つ手に取り、元の位置へ戻す。
必要なものと、そうでないものを分けるだけでいい。
扉の外で、控えめな気配が動く。
「入ってもよろしいですか」
妹の声だった。
「どうぞ」
短く返すと、扉が開く。
「……ごめんなさい」
入ってきた妹は、視線を合わせないままそう言った。
言葉はそれだけだった。
「謝る必要はありません」
返すと、妹はわずかに顔を上げる。
「でも」
続けようとして、言葉が止まる。
「決まったことです」
それ以上を遮るように言うと、妹は口を閉じた。
しばらくの沈黙のあと、妹は小さく一礼して部屋を出ていく。
残された空間で、再び手を動かす。
箱の中に、必要なものを収めていく。
持っていく物は多くない。
数日後には、この部屋を離れることになる。
その事実は変わらない。
手を止める理由はなく、迷う必要もない。
与えられた場所へ移るだけだ。
扉の前に控えていた使用人が、私に気づいて一礼する。
「旦那様がお呼びです」
予想していなかったわけではない。
頷いて、そのまま執務室へ向かう。
中に入ると、父は机の向こうで書類に目を落としていたが、私が入室するとすぐに視線を上げた。
「話は聞いた」
簡潔な言葉だった。
内容を確認する必要もないらしい。
「はい」
それだけ返すと、父は小さく頷く。
「今回の件については、あちらの判断を尊重する」
淡々とした口調で、結論だけが述べられる。
「妹の方が適しているということだ。家としても、その方が都合がいい」
同じ言葉が、形を変えて繰り返される。
「異論はあるか」
視線が向けられる。
「ありません」
即答すると、父はそれ以上問いを重ねなかった。
「では、そのように進める」
それで終わりだった。
沈黙が落ちる。
補足も説明もなく、ただ決定だけが残る。
「今後についてだが」
父が書類を一枚取り上げる。
「しばらく公爵家へ出てもらう。行儀見習いという形になる」
言葉は整っていたが、選択肢が提示されているわけではない。
「期間は未定だが、準備はすでに進めている」
視線を落とせば、机の上には関連する書類が揃っていた。
話が出たばかりではないことが分かる。
「出立は数日後になる」
「承知しました」
それ以上は必要なかった。
父は軽く頷き、再び書類へ視線を戻す。
会話はすでに終わっている。
一礼して部屋を出る。
廊下に戻ると、先ほどと変わらない静けさが広がっていた。
ただ、戻る場所はすでに決まっている。
自室へ向かい、扉を開けると、荷をまとめるための箱がいくつか用意されていた。
手配は早い。
机の上に置かれた小物を一つ手に取り、元の位置へ戻す。
必要なものと、そうでないものを分けるだけでいい。
扉の外で、控えめな気配が動く。
「入ってもよろしいですか」
妹の声だった。
「どうぞ」
短く返すと、扉が開く。
「……ごめんなさい」
入ってきた妹は、視線を合わせないままそう言った。
言葉はそれだけだった。
「謝る必要はありません」
返すと、妹はわずかに顔を上げる。
「でも」
続けようとして、言葉が止まる。
「決まったことです」
それ以上を遮るように言うと、妹は口を閉じた。
しばらくの沈黙のあと、妹は小さく一礼して部屋を出ていく。
残された空間で、再び手を動かす。
箱の中に、必要なものを収めていく。
持っていく物は多くない。
数日後には、この部屋を離れることになる。
その事実は変わらない。
手を止める理由はなく、迷う必要もない。
与えられた場所へ移るだけだ。
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