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第1話|円満解消のはずでしたのに、誤算があったようです
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成金伯爵家――
そう陰で囁かれる我が家は、ここ数十年で急速に財を成した。
祖父の代で商会を興し、父の代で物流と金融に手を広げた結果、
我が伯爵家は「金だけはある家」として、貴族社会に名を知られている。
もっとも、その出自を快く思わない者も多く、
社交界では今でも、私の背後で小声の囁きが止むことはない。
格式がない。
品位に欠ける。
結局は金でしか物を言えない家。
――そうした評価に、いちいち傷ついていたのは、もう昔の話だ。
私は成金伯爵家の令嬢として、
どう見られるかよりも「どう役に立つか」を選んできた。
そんな私が婚約していたのは、公爵家の令息だった。
名門中の名門。
王族に次ぐ家格を誇り、舞踏会では常に人の輪の中心にいる存在。
だが、帳簿を開けば話は別だ。
慢性的な赤字。
用途不明の出費。
返済期限の迫った借金。
見栄と体面だけでどうにか保っている、
典型的なジリ貧貴族。
――だからこそ、この婚約は双方にとって合理的だった。
公爵家は資金と実務を必要としていて、
我が伯爵家は家格と信用を必要としていた。
婚約成立後、私は公爵家の財政に深く関わるようになった。
帳簿を洗い直し、不要な支出を削り、
商会との契約を見直して利率を下げ、支払い期限を延ばす。
使用人の再編も行った。
感情論ではなく、仕事量と能力を基準に配置を変えた。
それらはすべて、
「婚約者としての務め」という名目で、
私が善意で行ってきたことだ。
「君は本当に優秀だな」
婚約者は、そう言って笑っていた。
けれど、その言葉に、
私個人への評価が含まれていたかどうかは、今となっては怪しい。
彼にとって私は、
“公爵家を回す装置”の一部だったのだろう。
そして今日。
王城で開かれた、穏やかな茶会の席で――
彼は唐突に切り出した。
「実は、隣国の王女殿下と縁談がまとまりそうなんだ」
周囲の貴族たちが、わずかに息を呑む気配が伝わってくる。
――ああ、なるほど。
私は驚かなかった。
最近の彼の態度や、広がっていた噂を思えば、想定内だ。
「まあ、それは素敵ですわ」
そう返すと、彼は一瞬だけ目を見開いた。
「……怒らないのか?」
「どうして? ご縁というものは、そういうものですもの」
成金の私より、王女。
家格も、政治的価値も、比べるまでもない。
私は穏やかに微笑んだ。
「では、私たちは円満に婚約解消ということでよろしいですね」
――その言葉が、空気を変えた。
彼の表情が、すっと冷えたのだ。
「いや、それは違う」
低く、はっきりとした声。
「これは婚約破棄だ。君の不出来が原因でな」
……は?
「君は、婚約者として至らなかった。
社交も、品位も、すべてが不足している。
だから私は、より相応しい相手を選んだ。それだけだ」
まるで、最初から用意していた台詞を読み上げるように。
周囲の視線が、じわりと私に集まる。
――なるほど。
隣国王女との縁談に、
“円満解消”という傷は残せない。
だから私に、有責を押し付ける。
私は一度、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうですか」
感情的になる気はなかった。
事実を整理するだけで、十分だった。
有責で婚約破棄されるのなら。
私は、もう公爵家の人間ではない。
つまり――
私が善意で管理していた財政も、
調整してきた契約も、
動かしていた商会の信用も。
すべて、引き上げる正当な理由ができた、ということ。
「分かりましたわ」
私は微笑み、静かに頭を下げた。
「では、これにて失礼いたします」
彼は、どこか勝ち誇ったような顔をしていた。
自分が正しい選択をしたと、疑いもせずに。
――その表情を、いつまで保っていられるかしら。
成金伯爵家令嬢は、
もう都合のいい婚約者ではありません。
そう陰で囁かれる我が家は、ここ数十年で急速に財を成した。
祖父の代で商会を興し、父の代で物流と金融に手を広げた結果、
我が伯爵家は「金だけはある家」として、貴族社会に名を知られている。
もっとも、その出自を快く思わない者も多く、
社交界では今でも、私の背後で小声の囁きが止むことはない。
格式がない。
品位に欠ける。
結局は金でしか物を言えない家。
――そうした評価に、いちいち傷ついていたのは、もう昔の話だ。
私は成金伯爵家の令嬢として、
どう見られるかよりも「どう役に立つか」を選んできた。
そんな私が婚約していたのは、公爵家の令息だった。
名門中の名門。
王族に次ぐ家格を誇り、舞踏会では常に人の輪の中心にいる存在。
だが、帳簿を開けば話は別だ。
慢性的な赤字。
用途不明の出費。
返済期限の迫った借金。
見栄と体面だけでどうにか保っている、
典型的なジリ貧貴族。
――だからこそ、この婚約は双方にとって合理的だった。
公爵家は資金と実務を必要としていて、
我が伯爵家は家格と信用を必要としていた。
婚約成立後、私は公爵家の財政に深く関わるようになった。
帳簿を洗い直し、不要な支出を削り、
商会との契約を見直して利率を下げ、支払い期限を延ばす。
使用人の再編も行った。
感情論ではなく、仕事量と能力を基準に配置を変えた。
それらはすべて、
「婚約者としての務め」という名目で、
私が善意で行ってきたことだ。
「君は本当に優秀だな」
婚約者は、そう言って笑っていた。
けれど、その言葉に、
私個人への評価が含まれていたかどうかは、今となっては怪しい。
彼にとって私は、
“公爵家を回す装置”の一部だったのだろう。
そして今日。
王城で開かれた、穏やかな茶会の席で――
彼は唐突に切り出した。
「実は、隣国の王女殿下と縁談がまとまりそうなんだ」
周囲の貴族たちが、わずかに息を呑む気配が伝わってくる。
――ああ、なるほど。
私は驚かなかった。
最近の彼の態度や、広がっていた噂を思えば、想定内だ。
「まあ、それは素敵ですわ」
そう返すと、彼は一瞬だけ目を見開いた。
「……怒らないのか?」
「どうして? ご縁というものは、そういうものですもの」
成金の私より、王女。
家格も、政治的価値も、比べるまでもない。
私は穏やかに微笑んだ。
「では、私たちは円満に婚約解消ということでよろしいですね」
――その言葉が、空気を変えた。
彼の表情が、すっと冷えたのだ。
「いや、それは違う」
低く、はっきりとした声。
「これは婚約破棄だ。君の不出来が原因でな」
……は?
「君は、婚約者として至らなかった。
社交も、品位も、すべてが不足している。
だから私は、より相応しい相手を選んだ。それだけだ」
まるで、最初から用意していた台詞を読み上げるように。
周囲の視線が、じわりと私に集まる。
――なるほど。
隣国王女との縁談に、
“円満解消”という傷は残せない。
だから私に、有責を押し付ける。
私は一度、ゆっくりと息を吐いた。
「……そうですか」
感情的になる気はなかった。
事実を整理するだけで、十分だった。
有責で婚約破棄されるのなら。
私は、もう公爵家の人間ではない。
つまり――
私が善意で管理していた財政も、
調整してきた契約も、
動かしていた商会の信用も。
すべて、引き上げる正当な理由ができた、ということ。
「分かりましたわ」
私は微笑み、静かに頭を下げた。
「では、これにて失礼いたします」
彼は、どこか勝ち誇ったような顔をしていた。
自分が正しい選択をしたと、疑いもせずに。
――その表情を、いつまで保っていられるかしら。
成金伯爵家令嬢は、
もう都合のいい婚約者ではありません。
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