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第2話 主人公の立場
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屋敷に戻ると、まだ執務室の灯りがついていた。
扉をノックすると、すぐに祖父の声がする。
「入れ」
中に入ると、祖父は机の書類から顔を上げた。
白髪の老人だが、その目は鋭い。
この商会を一代で築き上げた人物だ。
祖父は私を見ると、ふっと笑った。
「舞踏会はずいぶん騒がしかったらしいな」
どうやら話はもう届いているらしい。
私は苦笑する。
「ええ。婚約を解消してきました」
祖父は眉一つ動かさない。
「そうか」
それだけだった。
私は祖父の向かいに座る。
「アルベルト様は、幼馴染を優先なさいました」
「ほう」
「婚約者としては不適切な振る舞いでしたので、契約を終了すると伝えてきました」
祖父はゆっくり頷く。
「正しい判断だ」
祖父は昔から言っている。
契約を守らない相手とは取引するな。
それが商会の鉄則だった。
祖父は椅子に背を預ける。
「向こうは理解していたか?」
「いいえ」
私は小さく肩をすくめる。
「祖父の商会がどれほど領地に関わっているか、ご存じないようでした」
祖父は鼻で笑った。
アルベルト様の領地の港は、我が商会の物流で成り立っている。
交易船。
倉庫。
商人の流れ。
その多くが祖父の商会によるものだ。
「まあ、すぐ分かるだろう」
祖父は淡々と言った。
そして机の上の書類を指で叩く。
「それで」
祖父は私を見る。
「撤収するか?」
私は少しだけ考えた。
答えは、ほとんど決まっている。
「ええ」
私は頷く。
「契約がなくなった以上、取引を続ける理由はありません」
祖父は満足そうに笑った。
「よし」
短い言葉だった。
だがそれで十分だ。
祖父は続ける。
「ちょうどいい」
「隣国の話があったな」
私は思わず笑ってしまう。
祖父は何でも見通している。
数か月前、隣国の若い貴族が取引を持ちかけてきた。
港の整備。
税の優遇。
護衛の提供。
かなり良い条件だった。
ただ、その時は婚約があった。
婚姻と取引。
その契約があったから、保留にしていたのだ。
「どうする?」
祖父が聞く。
私は答えた。
「悪くない話だと思います」
祖父は頷く。
「そうだろうな」
そして、静かに言った。
「なら準備を始めろ」
「商売は、止まると腐る」
私は立ち上がる。
「分かりました」
扉に向かいながら、私はふと思う。
今ごろアルベルト様は、何をしているだろう。
まだ舞踏会で幼馴染と踊っているかもしれない。
……まあ、そのうち気づくだろう。
港から商船が消えた時に。
扉をノックすると、すぐに祖父の声がする。
「入れ」
中に入ると、祖父は机の書類から顔を上げた。
白髪の老人だが、その目は鋭い。
この商会を一代で築き上げた人物だ。
祖父は私を見ると、ふっと笑った。
「舞踏会はずいぶん騒がしかったらしいな」
どうやら話はもう届いているらしい。
私は苦笑する。
「ええ。婚約を解消してきました」
祖父は眉一つ動かさない。
「そうか」
それだけだった。
私は祖父の向かいに座る。
「アルベルト様は、幼馴染を優先なさいました」
「ほう」
「婚約者としては不適切な振る舞いでしたので、契約を終了すると伝えてきました」
祖父はゆっくり頷く。
「正しい判断だ」
祖父は昔から言っている。
契約を守らない相手とは取引するな。
それが商会の鉄則だった。
祖父は椅子に背を預ける。
「向こうは理解していたか?」
「いいえ」
私は小さく肩をすくめる。
「祖父の商会がどれほど領地に関わっているか、ご存じないようでした」
祖父は鼻で笑った。
アルベルト様の領地の港は、我が商会の物流で成り立っている。
交易船。
倉庫。
商人の流れ。
その多くが祖父の商会によるものだ。
「まあ、すぐ分かるだろう」
祖父は淡々と言った。
そして机の上の書類を指で叩く。
「それで」
祖父は私を見る。
「撤収するか?」
私は少しだけ考えた。
答えは、ほとんど決まっている。
「ええ」
私は頷く。
「契約がなくなった以上、取引を続ける理由はありません」
祖父は満足そうに笑った。
「よし」
短い言葉だった。
だがそれで十分だ。
祖父は続ける。
「ちょうどいい」
「隣国の話があったな」
私は思わず笑ってしまう。
祖父は何でも見通している。
数か月前、隣国の若い貴族が取引を持ちかけてきた。
港の整備。
税の優遇。
護衛の提供。
かなり良い条件だった。
ただ、その時は婚約があった。
婚姻と取引。
その契約があったから、保留にしていたのだ。
「どうする?」
祖父が聞く。
私は答えた。
「悪くない話だと思います」
祖父は頷く。
「そうだろうな」
そして、静かに言った。
「なら準備を始めろ」
「商売は、止まると腐る」
私は立ち上がる。
「分かりました」
扉に向かいながら、私はふと思う。
今ごろアルベルト様は、何をしているだろう。
まだ舞踏会で幼馴染と踊っているかもしれない。
……まあ、そのうち気づくだろう。
港から商船が消えた時に。
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