愛を選んだ夫と離縁しました。本物の聖女である私は娘と南国で暮らします

藤原遊

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第13話「可決ならず」

貴族会議は、静かに始まった。

王城の円形議場には、各家の当主と代理が並んでいる。中央には長い机が据えられ、王がその上座に座る。王妃は一段後ろ。記録官、侍従、そして魔導士団の席が控えていた。

空気は重い。
声を出している者は誰もいないのに、すでに議論が始まっているような緊張があった。

王は形式的な挨拶を省いた。

「資料を」

短く命じる。

宮廷魔導長が立ち上がり、提出された書類の束を机の中央へ置いた。
厚い紙束だった。結界の記録、補助調律の負荷、夜間警備の増員、交易路護衛費の推移、そして商人組合からの請願。

魔導長は声を張らない。

「王太子殿下による聖女制度変更以降の推移を、記録通りに報告いたします」

紙を一枚めくる。

「結界出力は、就任以前に比べ平均三%低下。数値自体はまだ安全圏内ですが、補助調律の回数は倍増しております」

議場のどこかで椅子が小さく鳴る。

魔導長は続ける。

「これに伴い、魔導士団の負担が増大。夜間警備の強化が必要となり、護衛費が上昇しております」

別の紙が置かれる。

「交易路の遅延は現在三件。商人組合より、治安維持費増加に対する補助要請が届いております」

記録官がその請願書を読み上げる。

“最近、夜の外出を控える者が増えております。市場の閉場時刻も早まり、流通に影響が出始めております——”

読み上げが終わると、議場に沈黙が落ちた。

誰もすぐには発言しない。

それは怒りでも否定でもなく、計算だった。
ここで誰が口を開くのかを、互いに測っている。

やがて、椅子が引かれる音がした。

セドリックが立ち上がる。

彼は堂々としていた。
この場が敵地であることなど、最初から承知している顔だった。

「恐れが、国を曇らせている」

静かな声だったが、よく通る。

「愛によって選ばれた聖女を疑うのは、人の不安です。女神の意思ではない」

議場の視線が一斉に向く。

セドリックは続ける。

「制度は長く続いた。しかし、それが正しいとは限らない。血によって聖女を縛る仕組みは、ただの慣習に過ぎない」

魔導士団の席に、わずかな緊張が走る。

「カミラは祈りを届かせた。女神は応えた。それがすべてです」

彼の言葉は迷わない。

「愛は血を上回る。信じる者は救われる」

沈黙。

誰も拍手しない。

しかし誰も嘲笑もしない。

ただ、聞いている。

王はその様子を見てから、静かに口を開いた。

「採決を行う」

余計な言葉はない。

議場の中央に置かれた石盤に、各家の印が順に刻まれていく。
賛成。反対。

石の音が、小さく響く。

その音だけが、時間を刻む。

やがて最後の印が刻まれた。

記録官が数を数える。
誰も息をしていないようだった。

「……賛成、九」

一拍置く。

「反対、二十七」

数字は静かだった。
だが、その静けさが重い。

制度変更は、可決されなかった。

議場の空気が動かない。

勝った者も、安堵しない。
負けた者も、怒鳴らない。

ただ、結果だけがそこにある。

セドリックは立ったままだった。

そして、ゆっくりと言う。

「それでも、私は信じる」

その言葉には怒りがない。
確信だけがあった。

王は視線を上げる。

「信じるだけでは、国は守れぬ」

短い返答だった。

誰も続けない。

議場は静まり返ったまま、次の決断を待っている。

王は椅子から立ち上がった。

まだ宣言はしない。
だが、誰もが理解していた。

王太子の権限が、このままでは済まないことを。

沈黙のまま、会議は閉じられた。
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