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第16話「剥奪」
王城の小議場は、必要以上に静かだった。
外では昼の光が差しているのに、室内の空気は重い。
集められている者たちは、すでに結末を知っている。
王が席につくと、誰もが立ったまま頭を下げた。
その視線の先に、セドリックがいる。
王太子としてではない。
ただ一人の当事者として、壇の前に立っていた。
貴族会議の否決から数日。
王太子の権限停止も、すでに公示されている。
残っているのは、最後の判断だけだった。
王はゆっくりと書類を開く。
紙の擦れる音が、やけに大きく響いた。
声は低い。
だが、議場の隅まで届く。
「王太子セドリック」
名を呼ばれた当人は、まっすぐ父を見る。
王は淡々と読み上げる。
「貴族会議の採決、および王家としての判断を踏まえ、王位継承に関する措置を取る」
誰も動かない。
神殿の神官も、魔導士団の長も、各家の当主たちも、ただ言葉を待っている。
……息を詰めたまま。
王は続けた。
「王太子位を、ここに剥奪する」
短い宣言だった。
だが、その一言で、何かが確かに終わった。
議場の空気が、わずかに沈む。
王太子の剥奪は、王国の歴史の中でも数えるほどしかない。
それほどの決定が、いま下された。
セドリックは顔色を変えなかった。
……変えなかっただけかもしれない。
王は次の文書へ目を落とす。
「また、王家の一員としての待遇を改める。王都を離れ、地方領へ移封する」
それは追放ではない。
だが、王都の政治からは切り離される。
王は書類を閉じた。
「以上だ」
議場は沈黙した。
拍手も、ざわめきも起こらない。
ただ、結果だけがそこに置かれている。
王は息子を見た。
怒りも、嘆きもない。
ただ、決定を告げる王の目だった。
「終わりだ」
言葉は短い。
だが、それで十分だった。
しばらくの沈黙のあと、セドリックが口を開く。
「終わりではありません」
わずかに、空気が動く。
誰かが、ほんのわずかに顔を上げた。
セドリックは落ち着いていた。
「これは始まりです」
彼は続ける。
「制度は変わる。人の心が変わる限り、いずれ」
それは反論というより、
ほとんど祈りに近かった。
誰も応じない。
議論の場ではないからだ。
侍従長が一歩前に出る。
「手続きは本日より開始されます」
それが、形式上の締めだった。
会議は終わる。
貴族たちは静かに頭を下げ、順に退出していく。
言葉は交わされない。
やがて議場には、わずかな人間だけが残った。
セドリックの隣に、カミラが立っている。
彼女の顔は青い。
それでも、足は引いていなかった。
しばらくして、セドリックが小さく言う。
「怖いか」
カミラは、ためらってから頷いた。
「……怖いです」
少しだけ、声が揺れる。
それから、間を置いて。
「でも、逃げません」
セドリックは、わずかに笑った。
その表情だけが、この場に似つかわしくなかった。
「なら、大丈夫だ」
彼は言う。
「世界はまだ終わっていない」
窓の外で、結界の光が揺れていた。
昼でも分かるほど、今日は弱い。
それでも、消えてはいない。
その光を見つめながら、セドリックは動かなかった。
同じ頃、王城の奥の執務室では、魔導長が王に報告していた。
机の上には結界の記録盤が置かれている。
波形は細かく揺れていた。
崩れてはいない。
だが、安定しているとも言い難い。
魔導長は言う。
「補助調律で持ちこたえております」
一瞬、言葉を切る。
「しかし、負担は増え続けています」
王は波形を見つめたまま、動かない。
魔導長は続ける。
「この負担を半分にできる方が、ただ一人だけおります」
王はゆっくり目を閉じた。
その名を言う必要はない。
——リリアーナ。
しばらくして、静かに息を吐く。
窓の外で、結界光が揺れている。
まだ持ちこたえている。
……だが、その揺れは、確実に広がっていた。
外では昼の光が差しているのに、室内の空気は重い。
集められている者たちは、すでに結末を知っている。
王が席につくと、誰もが立ったまま頭を下げた。
その視線の先に、セドリックがいる。
王太子としてではない。
ただ一人の当事者として、壇の前に立っていた。
貴族会議の否決から数日。
王太子の権限停止も、すでに公示されている。
残っているのは、最後の判断だけだった。
王はゆっくりと書類を開く。
紙の擦れる音が、やけに大きく響いた。
声は低い。
だが、議場の隅まで届く。
「王太子セドリック」
名を呼ばれた当人は、まっすぐ父を見る。
王は淡々と読み上げる。
「貴族会議の採決、および王家としての判断を踏まえ、王位継承に関する措置を取る」
誰も動かない。
神殿の神官も、魔導士団の長も、各家の当主たちも、ただ言葉を待っている。
……息を詰めたまま。
王は続けた。
「王太子位を、ここに剥奪する」
短い宣言だった。
だが、その一言で、何かが確かに終わった。
議場の空気が、わずかに沈む。
王太子の剥奪は、王国の歴史の中でも数えるほどしかない。
それほどの決定が、いま下された。
セドリックは顔色を変えなかった。
……変えなかっただけかもしれない。
王は次の文書へ目を落とす。
「また、王家の一員としての待遇を改める。王都を離れ、地方領へ移封する」
それは追放ではない。
だが、王都の政治からは切り離される。
王は書類を閉じた。
「以上だ」
議場は沈黙した。
拍手も、ざわめきも起こらない。
ただ、結果だけがそこに置かれている。
王は息子を見た。
怒りも、嘆きもない。
ただ、決定を告げる王の目だった。
「終わりだ」
言葉は短い。
だが、それで十分だった。
しばらくの沈黙のあと、セドリックが口を開く。
「終わりではありません」
わずかに、空気が動く。
誰かが、ほんのわずかに顔を上げた。
セドリックは落ち着いていた。
「これは始まりです」
彼は続ける。
「制度は変わる。人の心が変わる限り、いずれ」
それは反論というより、
ほとんど祈りに近かった。
誰も応じない。
議論の場ではないからだ。
侍従長が一歩前に出る。
「手続きは本日より開始されます」
それが、形式上の締めだった。
会議は終わる。
貴族たちは静かに頭を下げ、順に退出していく。
言葉は交わされない。
やがて議場には、わずかな人間だけが残った。
セドリックの隣に、カミラが立っている。
彼女の顔は青い。
それでも、足は引いていなかった。
しばらくして、セドリックが小さく言う。
「怖いか」
カミラは、ためらってから頷いた。
「……怖いです」
少しだけ、声が揺れる。
それから、間を置いて。
「でも、逃げません」
セドリックは、わずかに笑った。
その表情だけが、この場に似つかわしくなかった。
「なら、大丈夫だ」
彼は言う。
「世界はまだ終わっていない」
窓の外で、結界の光が揺れていた。
昼でも分かるほど、今日は弱い。
それでも、消えてはいない。
その光を見つめながら、セドリックは動かなかった。
同じ頃、王城の奥の執務室では、魔導長が王に報告していた。
机の上には結界の記録盤が置かれている。
波形は細かく揺れていた。
崩れてはいない。
だが、安定しているとも言い難い。
魔導長は言う。
「補助調律で持ちこたえております」
一瞬、言葉を切る。
「しかし、負担は増え続けています」
王は波形を見つめたまま、動かない。
魔導長は続ける。
「この負担を半分にできる方が、ただ一人だけおります」
王はゆっくり目を閉じた。
その名を言う必要はない。
——リリアーナ。
しばらくして、静かに息を吐く。
窓の外で、結界光が揺れている。
まだ持ちこたえている。
……だが、その揺れは、確実に広がっていた。
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