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第一章 幼き日の誓い
5.5
轟音が夜空を裂き、結界にぶつかるたびに光が弾けた。
大人の兵たちですら息を呑むその場で、ただひとり幼い少女が小さな手で魔道具を握りしめ、全身を震わせながらも立っていた。
――エリシア様。
わずか五歳の子どもが、辺境伯家を守る結界を維持している。
本来なら、直系の跡継ぎか、その影が命を削ってやっと支える魔法だ。
それを、幼子が当然のように。
「……っ」
胸がぎゅっと締めつけられる。
私は乳母であり、護衛でもある。
泣き声を抱きとめていたあの腕で、今すぐにでも彼女を抱きしめたかった。
でも、それは許されない。
魔法の最中に触れれば、魔力の流れが乱れ、命にかかわるから。
だから私はただ祈る。
どうかこの子が、無事でありますように。
そのときだった。
彼女の口から、聞いたこともない旋律が流れ出した。
澄んでいて、どこか荘厳で……けれど言葉は、知らぬ響き。
辺境伯領の祈祷歌でも、王都で伝わる賛美歌でもない。
私が知る限り、この大陸のどの言葉でもなかった。
「……神の御言葉……?」
思わず、背筋が震えた。
兵たちの間にもざわめきが走る。
誰も理解できない歌詞。けれど、不思議と耳が離せない。
まるで世界そのものがその声に従い、結界に力を与えているようだった。
しかも――光だ。
結界の光は、通常なら黄金色。
けれどエリシア様の張った結界は、どこか緑がかっていた。
大地の息吹そのものを宿すような色。
「あり得ない……」
声にならない呟きが喉から漏れる。
こんな魔力量、この年齢で出せるはずがない。
どれほど才能に恵まれた直系であっても、せいぜい灯火程度の光しか扱えぬのに。
この子は、まるで神に選ばれてしまったかのようだ。
その才は祝福かもしれない。だが同時に――恐ろしい。
もし神々の手に招かれてしまったのだとしたら、この子の未来は人のものではなくなってしまうのではないか。
「エリシア様……」
手を伸ばしかけて、ぐっと拳を握りしめた。
今ここで止めれば、この子は死なずに済むかもしれない。
けれど、城も、民も――守られることはない。
私はただ祈ることしかできなかった。
この小さな主が、どうか今日を生き抜けるように。
どうか、このまま連れ去られることなく、この世界に留まってくれるように。
やがて、遠くから討伐を終えた辺境伯閣下とカイ様が戻ってこられた。
「もうよい」と声がかかる。
エリシア様は小さく頷き、魔道具を返し、ふっと結界が消えた。
その瞬間、広間にどよめきが広がる。
「聖女様かもしれぬ」「神が遣わされたのだ」――誰かがそう囁いた。
私は顔を上げた。
辺境伯閣下の冷徹な眼差しが、兵たちを一瞥する。
「王都への報告には、リシェルが結界を張ったと記す」
短く、それだけを告げられる。
私は深く頭を垂れた。
それでいい。この子を神々に奪わせはしない。
結界を解いたエリシア様は、少し息を乱しながらも元気そうに笑った。
その笑顔に、私はようやく涙を堪えられなくなる。
――どうか、神ではなく、人として生きられますように。
私の小さな主よ。
その未来を、必ず守り抜いてみせる。
大人の兵たちですら息を呑むその場で、ただひとり幼い少女が小さな手で魔道具を握りしめ、全身を震わせながらも立っていた。
――エリシア様。
わずか五歳の子どもが、辺境伯家を守る結界を維持している。
本来なら、直系の跡継ぎか、その影が命を削ってやっと支える魔法だ。
それを、幼子が当然のように。
「……っ」
胸がぎゅっと締めつけられる。
私は乳母であり、護衛でもある。
泣き声を抱きとめていたあの腕で、今すぐにでも彼女を抱きしめたかった。
でも、それは許されない。
魔法の最中に触れれば、魔力の流れが乱れ、命にかかわるから。
だから私はただ祈る。
どうかこの子が、無事でありますように。
そのときだった。
彼女の口から、聞いたこともない旋律が流れ出した。
澄んでいて、どこか荘厳で……けれど言葉は、知らぬ響き。
辺境伯領の祈祷歌でも、王都で伝わる賛美歌でもない。
私が知る限り、この大陸のどの言葉でもなかった。
「……神の御言葉……?」
思わず、背筋が震えた。
兵たちの間にもざわめきが走る。
誰も理解できない歌詞。けれど、不思議と耳が離せない。
まるで世界そのものがその声に従い、結界に力を与えているようだった。
しかも――光だ。
結界の光は、通常なら黄金色。
けれどエリシア様の張った結界は、どこか緑がかっていた。
大地の息吹そのものを宿すような色。
「あり得ない……」
声にならない呟きが喉から漏れる。
こんな魔力量、この年齢で出せるはずがない。
どれほど才能に恵まれた直系であっても、せいぜい灯火程度の光しか扱えぬのに。
この子は、まるで神に選ばれてしまったかのようだ。
その才は祝福かもしれない。だが同時に――恐ろしい。
もし神々の手に招かれてしまったのだとしたら、この子の未来は人のものではなくなってしまうのではないか。
「エリシア様……」
手を伸ばしかけて、ぐっと拳を握りしめた。
今ここで止めれば、この子は死なずに済むかもしれない。
けれど、城も、民も――守られることはない。
私はただ祈ることしかできなかった。
この小さな主が、どうか今日を生き抜けるように。
どうか、このまま連れ去られることなく、この世界に留まってくれるように。
やがて、遠くから討伐を終えた辺境伯閣下とカイ様が戻ってこられた。
「もうよい」と声がかかる。
エリシア様は小さく頷き、魔道具を返し、ふっと結界が消えた。
その瞬間、広間にどよめきが広がる。
「聖女様かもしれぬ」「神が遣わされたのだ」――誰かがそう囁いた。
私は顔を上げた。
辺境伯閣下の冷徹な眼差しが、兵たちを一瞥する。
「王都への報告には、リシェルが結界を張ったと記す」
短く、それだけを告げられる。
私は深く頭を垂れた。
それでいい。この子を神々に奪わせはしない。
結界を解いたエリシア様は、少し息を乱しながらも元気そうに笑った。
その笑顔に、私はようやく涙を堪えられなくなる。
――どうか、神ではなく、人として生きられますように。
私の小さな主よ。
その未来を、必ず守り抜いてみせる。
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