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回想録
16
鐘の音がまだ大地を震わせている。
中庭では兵も民も入り乱れ、避難の列が急がれていた。
お祖母様――辺境伯夫人は毅然と声を張り、客人であるディアス兄妹を前に導く。
「アルフレッド様、イリーナ様、どうかこちらへ!」
「私たちも避難民の誘導を手伝います!」
王都の貴族であれば、まず自らの安全を優先するのが常だ。
だが二人は迷わず口を揃えた。その真剣な眼差しに、思わず胸の内が震える。
(……本当に、人が良い)
自分の感情をすべて脇に置くなら、そう言うしかなかった。
俺はすぐさま父上とともに甲冑を纏う。
鎧の重みが肩を沈ませるが、呼吸は乱れない。
剣を手に、戦場へ向かうその瞬間――。
「皆様、どうかこの祝福を」
振り返れば、アルフレッドが手を掲げていた。
柔らかな光が彼の掌から広がり、兵も避難民も含め、その場にいた全員を包み込む。
「……これは」
「ディアス侯爵家の血統魔法です。対象者の力を底上げし、僅かに幸運を引き寄せるもの」
その声音は、まるで祈りだった。
血統魔法――それは王都でも決して公にされない、一族の切り札。
それを惜しみなく、辺境伯家へ差し出した。
(……隠すことなく、与えてくるのか)
思わず息を呑む。
これで、辺境の兵は確かに力を得た。
彼はただ純粋に、この地の戦いを案じていたのだ。
その時、横にいたイリーナが小さく目を伏せた。
その影に、わずかな翳りが見えた。
(……そういえば、以前に血統魔法を使えないと言っていたか)
祖父――辺境伯が一歩進み、アルフレッドに深く頭を下げ、母上が言葉を紡ぐ。
「アルノルト殿のご子息に、これほどの助力をいただけるとは。辺境伯家を代表して、感謝を申し上げる」
アルフレッドは一礼し、穏やかな微笑を浮かべた。
その姿に、父上も母上も安堵の色を見せる。
……胸が軋む。
(本当に、良い人だ)
エリシアさえ関わらなければ。
その想いの人が彼女でさえなければ。
俺は心から、この人を認め、応援できただろう。
だが現実は違う。
胸の奥で嫉妬が渦を巻き、喉の奥を焼き付かせる。
それでも剣を強く握り、俺はただ前を見据えた。
――戦いが始まる。
中庭では兵も民も入り乱れ、避難の列が急がれていた。
お祖母様――辺境伯夫人は毅然と声を張り、客人であるディアス兄妹を前に導く。
「アルフレッド様、イリーナ様、どうかこちらへ!」
「私たちも避難民の誘導を手伝います!」
王都の貴族であれば、まず自らの安全を優先するのが常だ。
だが二人は迷わず口を揃えた。その真剣な眼差しに、思わず胸の内が震える。
(……本当に、人が良い)
自分の感情をすべて脇に置くなら、そう言うしかなかった。
俺はすぐさま父上とともに甲冑を纏う。
鎧の重みが肩を沈ませるが、呼吸は乱れない。
剣を手に、戦場へ向かうその瞬間――。
「皆様、どうかこの祝福を」
振り返れば、アルフレッドが手を掲げていた。
柔らかな光が彼の掌から広がり、兵も避難民も含め、その場にいた全員を包み込む。
「……これは」
「ディアス侯爵家の血統魔法です。対象者の力を底上げし、僅かに幸運を引き寄せるもの」
その声音は、まるで祈りだった。
血統魔法――それは王都でも決して公にされない、一族の切り札。
それを惜しみなく、辺境伯家へ差し出した。
(……隠すことなく、与えてくるのか)
思わず息を呑む。
これで、辺境の兵は確かに力を得た。
彼はただ純粋に、この地の戦いを案じていたのだ。
その時、横にいたイリーナが小さく目を伏せた。
その影に、わずかな翳りが見えた。
(……そういえば、以前に血統魔法を使えないと言っていたか)
祖父――辺境伯が一歩進み、アルフレッドに深く頭を下げ、母上が言葉を紡ぐ。
「アルノルト殿のご子息に、これほどの助力をいただけるとは。辺境伯家を代表して、感謝を申し上げる」
アルフレッドは一礼し、穏やかな微笑を浮かべた。
その姿に、父上も母上も安堵の色を見せる。
……胸が軋む。
(本当に、良い人だ)
エリシアさえ関わらなければ。
その想いの人が彼女でさえなければ。
俺は心から、この人を認め、応援できただろう。
だが現実は違う。
胸の奥で嫉妬が渦を巻き、喉の奥を焼き付かせる。
それでも剣を強く握り、俺はただ前を見据えた。
――戦いが始まる。
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