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番外編
二人の日常
目を開けると、薄い朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。ゆっくりと身を起こすと、長く伸びた自分の髪が肩を滑り落ちる。まだ慣れない重さに、思わず指先で確かめてしまう。
(……ちゃんと、大人の身体に戻ったんだよね)
鏡の前に立つ。見慣れないけれど、どこか懐かしい輪郭。肩幅も、指の長さも、ほんの少しだけ感じる体力の違いも、全部“元の自分”のものだ。
胸の奥がじんわりと温かくなった、その時。
「リナ。起きているか?」
扉の向こうから、遠慮がちな声が聞こえた。
「う、うん。起きてるよ」
「……支度、手伝うか?」
その声音には、以前の“子ども扱い”のためらいとは違う、もっと深い戸惑いが混じっていた。扉越しでも分かるくらい、カイルは慎重だった。
「大丈夫。着替えられるよ」
そう答えると、小さく息を飲むような気配がした。
「……分かった。外で待ってる」
扉が静かに閉まる。その向こうで、誰かが深く呼吸を整える気配がしたのは……気のせいじゃない。
(カイルさん、やっぱりちょっと……緊張してる?)
頬がゆるむ。こんなに慎重に扱われて、嬉しくないわけがない。
身支度を終え、扉を開けると、カイルがまっすぐこちらを見た。淡い灰青色の瞳が一瞬で揺らぐ。
そして——ほんの一秒だけ、瞳の奥に金が滲んだ。すぐに逸らされたけれど。
「……その。よく、眠れたか?」
「うん。ありがとう」
それだけのやり取りで、空気が甘くなるのが分かった。
階段を降りるとき、カイルはなぜか私の半歩後ろを歩き、影のように寄り添ってくる。
「そんなに近いと、歩きにくいよ?」と笑うと、
「……落ちたら危ないから」と、真剣そのものの声が返ってきた。
(私もう、子どもじゃないのに)
胸の奥がさらに温かくなる。
廊下では騎士たちがひそひそ声で話していた。
「副団長、朝から番にべったべたじゃないか……」
「いや、分かるけどさ……分かるけどさ……!」
カイルの耳がみるみる赤くなる。
「聞こえてるぞ」と低く言った声まで赤くなっているのが分かって、私まで顔が熱くなる。
食堂の扉の前で、髪が少し乱れているのに気づいて、私は軽くかき上げた。その瞬間。
「っ……」
カイルが一瞬だけ息を呑んだ。瞳が危うく金に染まりかけて、すぐに逸らされる。
思わず頬が熱くなる。
「そんなに見られると……恥ずかしいよ?」
ぽつりと言うと、カイルは困ったように目を伏せたまま答えた。
「……すまない。でも……リナが、とても綺麗だから」
言葉の最後が少し掠れていて、まるで本音がこぼれ落ちたみたいだった。
心臓の鼓動が一気に跳ねる。
「……っ、そ……そんなこと急に言わないでよ」
「言わずにいられないくらい、綺麗なんだ」
淡い光の中で、カイルの灰青色の瞳が優しく揺れていた。幸せが胸の奥にじんわりと満ちていく。
食堂へ向かう途中、私はおそるおそる手を差し出した。繋ぎたい。でも、いきなりは恥ずかしい。だから、指先だけ。
カイルはその意図をすぐに理解した。
手のひらは繋がれない。
けれど、小さな指先だけそっと触れ合う。
それだけで十分だった。
大人として、この人の隣に立つ未来が、確かにここにある。
「カイルさん、行こ」
顔を向けると、彼は微かに笑って頷いた。
「……ああ。どこへでも、一緒に」
風が静かに吹き抜け、ふたりの影が寄り添うように伸びていく。
朝の光がやさしく二人を包み込み、甘い予感の中で一日が始まった。
(……ちゃんと、大人の身体に戻ったんだよね)
鏡の前に立つ。見慣れないけれど、どこか懐かしい輪郭。肩幅も、指の長さも、ほんの少しだけ感じる体力の違いも、全部“元の自分”のものだ。
胸の奥がじんわりと温かくなった、その時。
「リナ。起きているか?」
扉の向こうから、遠慮がちな声が聞こえた。
「う、うん。起きてるよ」
「……支度、手伝うか?」
その声音には、以前の“子ども扱い”のためらいとは違う、もっと深い戸惑いが混じっていた。扉越しでも分かるくらい、カイルは慎重だった。
「大丈夫。着替えられるよ」
そう答えると、小さく息を飲むような気配がした。
「……分かった。外で待ってる」
扉が静かに閉まる。その向こうで、誰かが深く呼吸を整える気配がしたのは……気のせいじゃない。
(カイルさん、やっぱりちょっと……緊張してる?)
頬がゆるむ。こんなに慎重に扱われて、嬉しくないわけがない。
身支度を終え、扉を開けると、カイルがまっすぐこちらを見た。淡い灰青色の瞳が一瞬で揺らぐ。
そして——ほんの一秒だけ、瞳の奥に金が滲んだ。すぐに逸らされたけれど。
「……その。よく、眠れたか?」
「うん。ありがとう」
それだけのやり取りで、空気が甘くなるのが分かった。
階段を降りるとき、カイルはなぜか私の半歩後ろを歩き、影のように寄り添ってくる。
「そんなに近いと、歩きにくいよ?」と笑うと、
「……落ちたら危ないから」と、真剣そのものの声が返ってきた。
(私もう、子どもじゃないのに)
胸の奥がさらに温かくなる。
廊下では騎士たちがひそひそ声で話していた。
「副団長、朝から番にべったべたじゃないか……」
「いや、分かるけどさ……分かるけどさ……!」
カイルの耳がみるみる赤くなる。
「聞こえてるぞ」と低く言った声まで赤くなっているのが分かって、私まで顔が熱くなる。
食堂の扉の前で、髪が少し乱れているのに気づいて、私は軽くかき上げた。その瞬間。
「っ……」
カイルが一瞬だけ息を呑んだ。瞳が危うく金に染まりかけて、すぐに逸らされる。
思わず頬が熱くなる。
「そんなに見られると……恥ずかしいよ?」
ぽつりと言うと、カイルは困ったように目を伏せたまま答えた。
「……すまない。でも……リナが、とても綺麗だから」
言葉の最後が少し掠れていて、まるで本音がこぼれ落ちたみたいだった。
心臓の鼓動が一気に跳ねる。
「……っ、そ……そんなこと急に言わないでよ」
「言わずにいられないくらい、綺麗なんだ」
淡い光の中で、カイルの灰青色の瞳が優しく揺れていた。幸せが胸の奥にじんわりと満ちていく。
食堂へ向かう途中、私はおそるおそる手を差し出した。繋ぎたい。でも、いきなりは恥ずかしい。だから、指先だけ。
カイルはその意図をすぐに理解した。
手のひらは繋がれない。
けれど、小さな指先だけそっと触れ合う。
それだけで十分だった。
大人として、この人の隣に立つ未来が、確かにここにある。
「カイルさん、行こ」
顔を向けると、彼は微かに笑って頷いた。
「……ああ。どこへでも、一緒に」
風が静かに吹き抜け、ふたりの影が寄り添うように伸びていく。
朝の光がやさしく二人を包み込み、甘い予感の中で一日が始まった。
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