捨てられた聖女は黙って去りましたが、困るのはそちらでは?

藤原遊

文字の大きさ
2 / 6

第2話 選択

王宮の正門を抜けたところで、足を止めた。石畳はまだ昼の熱をわずかに残している。背後の扉が閉まる音が、遅れて静かに届いた。

振り返らないまま、口を開く。

「ディルク、あなたは来なくていいわ」

気配は一歩後ろにある。距離は正確で、いつもと同じだった。

「同行します」

間を置かずに返る。

私は振り返る。

「護衛任務は、ここまでのはずよ」

「いいえ」

短く否定される。

「教団の命令は、聖女リシェルの護衛です。場所は限定されていません」

迷いのない口調だった。確認ではなく、事実の提示に近い。

私は一歩だけ近づく。

「私はもう王子妃ではないわ」

「承知しています」

「聖女からも下ろされるかもしれない。それでも護衛するの?」

「はい」

即答だった。

言葉を重ねる余地はない。私は視線を外す。

「……そう」

それだけ応じて、歩き出す。石畳を踏む音が、規則的に続く。

数歩遅れて、同じ音が重なった。距離は変わらない。一定の間隔を保ったまま、ディルクが後ろにいる。

門を抜けると、空気が変わる。城内の整えられた匂いが薄れ、街の雑多な気配が混じる。

視線を感じる。好奇と警戒が半分ずつ混ざったものだ。

私は立ち止まらない。

「ディルク」

「はい」

「彼らに何も言わなかったのね」

わずかに間があく。

「……申し開きはしませんでした」

私は前を向いたまま続ける。

「不義の事実はなかったのに?」

「はい」

短い返答だった。

「必要ないと判断しました」

歩調は乱れない。後ろから同じ間隔で足音が続く。

「言っても無駄だと分かっていたのね」

「はい」

それで十分だった。

城壁の影を抜けると、日差しが強くなる。視界が開け、街道が遠くまで伸びているのが見えた。

私は足を止めずに言う。

「これから聖都へ向かう」

「了解しました。西の街道を取ります」

即座に返る。

「準備は」

「問題ありません」

必要なやり取りだけが交わされる。

王都の門はすぐ後ろにあるが、振り返る理由はない。戻る選択肢も、最初から用意されていない。

風が少し強くなり、外套の裾が揺れる。

隣にはいない。一定の距離を保ったまま、後ろにいる。

それでいいと思う。

私はそのまま街道へと足を進めた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ
恋愛
​「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」 ​婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。 泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。 ​「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」 ​汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。 「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。 ​一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。 自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。 ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。 ​「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」 ​圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!

追放された役立たず聖女、実は国家の回復システムでした。私が消えた途端に国は崩壊、今さら泣いても戻りません。元勇者の魔王様に独占されています

唯崎りいち
恋愛
「役立たずの聖女はいらない」と国王に追放された私。 だがその瞬間、国中の“宿屋で一晩寝れば全回復する仕組み”は崩壊した。 ――それは、私の力で成り立っていたから。 混乱する人間たちをよそに、私は元勇者だった魔王様に連れ去られる。 魔王様はかつて勇者として魔物を虐げていた過去を持ち、 今は魔物を守るために魔王となった存在だった。 そして私は気づく。 自分の力は、一人を癒すだけでなく――世界そのものを支えていたのだと。 やがて回復手段を失った勇者たちは崩壊し、 国王は失脚、国は混乱に陥る。 それでも私は戻らない。 「君は俺のものだ。一生手放さない」 元勇者の魔王様に囲われ、甘やかされ、溺愛されながら、 私は魔王城で幸せに暮らしています。 今さら「帰ってきて」と言われても、もう遅いのです。

聖女の力に目覚めた私の、八年越しのただいま

藤 ゆみ子
恋愛
ある日、聖女の力に目覚めたローズは、勇者パーティーの一員として魔王討伐に行くことが決まる。 婚約者のエリオットからお守りにとペンダントを貰い、待っているからと言われるが、出発の前日に婚約を破棄するという書簡が届く。 エリオットへの想いに蓋をして魔王討伐へ行くが、ペンダントには秘密があった。

婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました

Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。 「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」 元婚約者である王子はそう言い放った。 十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。 その沈黙には、理由があった。 その夜、王都を照らす奇跡の光。 枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。 「真の聖女が目覚めた」と——

「仕方ない」には疲れました ~三年続いた白い結婚を終わらせたら、辺境公爵の溺愛が待っていました~

ゆぷしろん
恋愛
 「仕方ない」と白い結婚に耐え続けていた伯爵夫人エリス。  彼女の誕生日、夫は幼なじみのセシリアを屋敷に連れ帰り、エリスが大切にしてきた猫を彼女に見せろと言う。冷めた晩餐の前で心が折れたエリスは、ついに離縁を宣言し実家へ戻った。  彼女の薬草知識と領地経営の才は、北方を守る公爵ディートリヒが目を留める。流行り病に苦しむ公爵領を救うため奮闘するエリスは、初めて努力を認められ、大切に扱われる喜びを知っていく。一方で彼女を失った元夫の伯爵家は傾き、身勝手な幼なじみの嘘も暴かれて――。  我慢をやめた傷心令嬢が、辺境公爵に溺愛され、自分らしい幸せを選び直す逆転愛されファンタジー。

【完結】 ご存知なかったのですね。聖女は愛されて力を発揮するのです

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 本当の聖女だと知っているのにも関わらずリンリーとの婚約を破棄し、リンリーの妹のリンナールと婚約すると言い出した王太子のヘルーラド。陛下が承諾したのなら仕方がないと身を引いたリンリー。  リンナールとヘルーラドの婚約発表の時、リンリーにとって追放ととれる発表までされて……。

共に過ごした時間は愛にはならなかった、ただそれだけ

木蓮
恋愛
セデルにはこれまでの記憶がない。 婚約者に再び恋をしたが彼は双子の妹に夢中で、セデルを「これまでの君とは違う」と遠ざける。 記憶を取り戻した時。セデルはかつての自分の想いを知り、婚約者に別れを告げた。

君は私が全力で守るから・・・

透明
恋愛
 王立高等学園のパーティーで公爵令嬢のリリアナはジュリアス王子から婚約破棄されてしまう。  王子の腕の中には平民の少女メロディが。  王子は言う。「君は私が全力で守るから。」  あれ?私を全力で守ってくれてたのは本当は誰だったの?