真実の愛を見つけたそうなので、私は身を引きます

藤原遊

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第2話 決別

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「……真実の愛を、見つけたんだ」

婚約者はそう言ったきり、私の反応を待っていた。
否定してほしいのか、怒ってほしいのか、それとも理解してほしいのか。
どれも自分に都合がいい選択肢だということに、彼は気づいていない。

「相手は……」

言わなくても分かっている。
それでも私は、彼の口から聞く必要があった。

「君の妹だ」

静かな部屋に、その言葉が落ちる。
割れることも、跳ね返ることもなく、ただそこにある。
ずっと前から置かれていた物を、今さら確認しただけのようだった。

「驚かせてしまって、すまない。でも――」

彼は言い訳を始めた。
ここから先の言葉を、私は何度も想像してきたのだと思う。

「これは、裏切りじゃない。気づいてしまったんだ。本当に大切な人が誰なのかに」

真実の愛。
便利な言葉だ。
それさえ口にしてしまえば、どんな行為も「不可抗力」になる。

「妹は、弱いだろう?支えが必要なんだ」

「君は強い。ひとりでも立っていける」

「だから、君なら分かってくれると思った」

最後の一言で、すべてがつながった。
彼は私を信頼しているのではない。
私を「処理しやすい」と思っているだけだ。

「……それは、選別ですね」

ぽつりと漏れた私の言葉に、彼は首を傾げた。

「何が?」

「誰が守られるべきで、誰が我慢すべきかを決めている」

彼は困ったように笑った。

「大げさだな。そういう話じゃない。ただ、感情の問題で――」

「では、感情の話をしましょう」

私は椅子に腰掛けたまま、背筋を伸ばした。
逃げるつもりはない。
ただ、逃げる必要がなくなっただけだ。

「あなたは、いつから彼女を愛しているんですか?」

一瞬の沈黙。
その間に、彼は答えを選んでいる。

「……気づいたのは、最近だ」

最近。
それはいつでも使える、曖昧な逃げ道。

「では、最近になるまで、あなたは私を愛していましたか?」

彼は言葉に詰まった。
否定すれば残酷で、肯定すれば嘘になる。

「……愛していなかったわけじゃない」

その言い回しが、答えだった。

「そうですか」

私は頷いた。
思っていたより、心は静かだった。

「妹には、もう伝えたんですね」

「ああ。彼女は最初、戸惑っていた。でも……」

「でも?」

「君に申し訳ないと言っていた。だから、余計に――」

余計に、何なのか。
守りたくなったのか。
正当化したくなったのか。

「彼女は優しいんです」

私がそう言うと、彼はほっとしたように息を吐いた。

「分かってくれると思っていた」

分かっている。
だからこそ、ここまできた。

「妹は、悪くありません」

その言葉を口にした瞬間、私自身が少しだけ遠くなる。
これは彼らをかばうための言葉ではない。
事実として、妹は“悪者にならない立ち回り”を選んだだけだ。

「ただ――」

私は一度、言葉を切った。

「私は、選ばれなかった。それだけです」

彼は何か言おうとして、やめた。
その沈黙が、すべてだった。

「婚約は、解消しましょう」

「……本気か?」

「はい」

即答だった。
迷いは、もう使い果たしてしまった。

「君は、怒らないのか?」

怒りを期待するのは、免罪符が欲しいからだ。

「怒る理由がありません。あなたは、あなたが正しいと思う選択をした」

「……そうだ」

「私も、私の選択をします」

彼はしばらく黙り込んでから、慎重に言った。

「生活のことは……配慮する。君が困らないように」

最後まで、上からだった。

「結構です」

私の声は、驚くほど落ち着いていた。

「私は、あなたに“配慮される側”でいるつもりはありません」

彼は、そこで初めて戸惑った顔をした。

「妹にも、ちゃんと話します」

「もう、話してありますよね」

そう言うと、彼は視線を逸らした。

「……君が傷つかないようにと思って」

「ありがとうございます」

その礼が、どれほど皮肉に聞こえたか。
彼は気づかなかっただろう。

話し合いは、それで終わった。
感情的な衝突はない。
涙も、罵倒もない。

ただ、関係が整理されただけだ。

部屋を出ると、廊下の向こうに妹が立っていた。
最初から、聞いていたのだろう。

「お姉さま……」

彼女は、泣きそうな顔で私を見る。
完璧な被害者の表情。

「ごめんなさい。私……本当に、こんなつもりじゃ……」

「分かっています」

私はそう答えた。
分かっている。
あなたが「悪者にならない」つもりだということも。

「だから、心配しないで」

妹は目を見開いた。

「お姉さま……?」

「あなたは、あなたの選んだ幸せを大切にして」

それ以上でも、それ以下でもない。

「私は、身を引くから」

妹の唇が震えた。
彼女は、安堵したのか、困惑したのか、自分でも分からなかっただろう。

「……ありがとう」

その言葉を聞いた瞬間、私は確信した。

この人は、私を失ったことに気づいていない。
そして――
それは、彼も同じだ。

私は静かに歩き出した。
これから、片づけるべきものは多い。
けれど、不思議と足取りは軽かった。
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