「妹で足りると言われたので、私は身を引きます

藤原遊

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第3話 提案

呼び出されたのは、その日の午後だった。

使用人に案内されて応接間へ入ると、婚約者は椅子に腰掛けず、室内を行き来していた。普段なら座ったまま用件を済ませる人だが、今日は落ち着かないらしい。私の姿に気づくと足を止め、言いかけた言葉を一度飲み込んでから口を開く。

「少し話がしたい」

整えた言い方だが、余裕はない。

「何でしょう」

向かい合うと、短い間が落ちる。言葉を選んでいるのが分かる。

「……例の件だ。いくつかの商会が条件の見直しを求めてきている。中には、契約の打ち切りを申し出ているところもある」

事実だけを並べているが、声は硬い。

「優先供給の件が原因だと聞いている」

そこでようやく、こちらを見る。

「一時的な措置で構わない。条件を調整できないか。形式はこのままでいい、運用で融通を利かせてもらえれば——」

言い終える前に、言葉が弱くなる。求めている内容は分かる。外したはずの条件を、別の形で戻したいのだろう。

私は首を横に振る。

「お受けできません。あの条件は婚約に付随する取り決めとして外しましたので、例外は設けられません」

婚約者の表情がわずかに強ばる。

「形式の話をしているのではない」

声が一段だけ強くなる。

「取引が崩れれば、そちらにも影響は出るはずだ」

「出ません」

間を置かずに答える。

「鉱山の収益は母方の家のものです。どの商会にどのように卸すかは、こちらで決めます。そちらの事情で左右されるものではありません」

言葉が途切れる。反論が浮かばないのか、飲み込んだのかは分からない。

「……分かっているのか」

低く押し出すように言う。

「このままでは、取引がいくつも失われる」

「承知しています」

視線は外さない。

「それは、そちらの判断の結果ですので」

沈黙が長く続く。やがて、婚約者が小さく息を吐いた。

「……分かった」

納得ではなく、ここで区切るという響きだった。

私は軽く頭を下げ、そのまま部屋を出る。

廊下に出ると、妹が壁にもたれて待っていた。こちらを見るなり、気軽に問いかけてくる。

「どうだった? うまくいかなかったの?」

「交渉は成立しておりません」

そう答えると、妹は少し考えるように首を傾げる。

「どうして? 条件を少し戻すだけでしょう。それで全部丸く収まるのに」

理解していない顔のまま言う。

私は答えずに歩き出す。

背後で、納得のいかないような小さな息が落ちた。
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